運送引受義務と「正当な理由」
道路運送法第13条では、一般旅客自動車運送事業者に対し「正当な理由なく旅客の運送引受けを拒んではならない」と定めている。
これは、タクシー事業者には原則として乗車希望者を受け入れる義務があるということを意味する。ただし、法が想定する「正当な理由」に該当する場合は、拒否が認められる。
具体例としては、定員を超える乗車希望、危険物の持ち込み、極端な悪天候による運行困難、または運賃に反する無理な交渉などが挙げられる。
また、酩酊状態で暴れるおそれのある乗客や、極端に不衛生で他の乗客に迷惑をかける恐れのある場合も、正当理由とみなされうる。健康上の理由では、介助者のいない重病人や指定感染症患者なども対象となる。ただし、単にマスクを着けていないといった理由での乗車拒否は原則として認められていない。
これらに該当しない拒否は違法行為となり、道路運送法第98条に基づき100万円以下の罰金が科される可能性がある。さらに、営業停止などの行政処分が下されることもあるため、事業者側のリスクは小さくない。
行政の対応と苦情通報制度

国土交通省や地方運輸局では、違法な乗車拒否を抑止するため、行政指導や通報制度を整備している。東京や大阪などの都市部には、タクシーセンターと呼ばれる第三者機関が存在し、乗務員の研修や業務評価、苦情処理などを担う。
不当な拒否に遭遇した場合、乗客は車両ナンバーや時間、場所などの情報をもとにタクシーセンターや運輸支局に通報することができる。通報が事実であると確認された場合、運転手への指導や、所属会社に対する減点措置が取られる。これらは行政処分の評価項目に直結するため、事業者側にも実質的なペナルティとなる。
障害者・高齢者への乗車拒否と国の指導

とりわけ社会的に問題視されているのが、車いす利用者や視覚障害者などに対する差別的な乗車拒否だ。2018年11月、国土交通省は「UDタクシーによる運送の適切な実施について」と題した通達を出し、「車いすユーザーの拒否は明確に違法」であると明言した。タクシー事業者に対しては、障害者差別解消法に基づいた研修の実施も求めている。
実態調査を行っているDPI日本会議によれば、2019年の全国調査で約27%、2023年の調査では34.9%の乗車拒否が確認された。地方では4割を超える拒否率も見られ、地域格差も深刻である。とはいえ、東京都内では取り組みの成果が現れており、拒否率が17.2%から8%へと大幅に改善した例もある。
視覚障害者の盲導犬同伴による乗車拒否も後を絶たない。2022年には196件もの事例が報告されており、法的保護を受けている盲導犬への理解不足が依然として課題となっている。
国や地方の統計を見ると、乗車拒否に関する苦情件数は全体としては減少傾向にある。バブル期には、長距離客を優遇する目的で近距離の客を断る事例が多く、社会問題化したこともあった。しかし現在では業界の規制強化や需要の変化により、露骨な拒否は減少したとされている。
一方で、白タク行為や悪質な拒否が観光地を中心に残存しており、警察による取り締まりが続いている。とくにインバウンド需要が回復する中、違反件数が増加しているとの指摘もある。
違法とグレーゾーンの境界線
法律に違反する乗車拒否の典型は、行き先や距離に応じて好き嫌いで断る行為だ。行き先を聞いて「遠いから無理」「近いから採算が取れない」といった理由で断るのは、明確な違法となる。
ただし、判断の難しいグレーな領域も存在する。たとえば、嘔吐するおそれのある酩酊客や、著しく不潔な乗客については、どこまでが正当な拒否と認められるのか線引きが曖昧である。また、乗車後に暴力的言動を見せた場合に途中で降ろす判断も、運転手にとっては慎重を要する対応だ。
さらに、乗客側の誤解が原因で「拒否された」と感じるケースもある。営業区域外の目的地、停車禁止場所、迎車中のタクシーなど、運転手に法的義務がない状況を誤って拒否と捉えるケースも少なくない。現場ではこうした誤解が少なくないため、乗客側にも基本的な理解が求められる。