渋滞はどこから生まれるのか

渋滞にはいくつかの種類がある。たとえば、工事によって道路が物理的に狭まる「工事渋滞」、事故の影響が波及して発生する「事故渋滞」、そして車両の絶対数が多すぎることで起きる「交通集中渋滞」などが代表的だ。
なかでも注目すべきなのが、「減速波」と呼ばれる現象である。これは先頭車両のわずかな減速が、後続車に次々と連鎖的に伝わり、やがて何もない地点で車列が停止するというものだ。いわゆる「ゴースト渋滞」とも呼ばれ、道路上に明確な原因がないにもかかわらず、突如として発生し、長時間にわたって解消されないこともある。
この減速波の背景には、運転者による急ブレーキや、過度に詰まった車間距離がある。言い換えれば、一台一台の運転が不規則であるほど、交通の全体像は簡単に乱れてしまうということだ。
あおり運転が引き起こす“人為的な減速波”
あおり運転とは、他の運転者に対して心理的・物理的な圧力を与える行為である。たとえば、後方から執拗に車間を詰めると、前を走るドライバーは過剰に反応し、必要以上にブレーキを踏んでしまうことがある。それをきっかけとして、減速の波が後続車に伝播し、結果的に渋滞の引き金となる。
2016年に米・カリフォルニア大学が発表した研究では、一定の速度と車間距離を保ちながら走行する“ペースカー”が1台存在するだけで、減速波の発生頻度を大きく抑えられることが実証された。実験では、周囲の車が不規則な加減速を繰り返す中で、一定速度を維持する車両が全体の流れを安定させる役割を果たしていた。
つまり裏を返せば、あおり運転のように意図的な速度変化や急接近を繰り返す行為は、周囲に不要な減速を強いる“人為的なボトルネック”にほかならない。渋滞はときに、たった一台の短気なアクセル操作から始まっているのだ。
車間距離と一定速度が“見えない信号”になる

渋滞を緩和するには、運転者一人ひとりが交通の流れを「協調的に捉える視点」を持つことが欠かせない。ニューヨーク州のドライバーズマニュアルでは、防衛運転の基本として「安全な車間距離」と「一定速度の維持」が強調されている。これらは事故を防ぐだけでなく、全体の流れを滞らせないための“見えない信号”としても機能している。
なかでも重要なのが、「ブレーキを踏まずに済む走行」だ。たった1台の急ブレーキが、後続の複数台に連鎖的な減速を強いる。それが“波”となり、100m先、200m先のドライバーまでも巻き込む。車間距離をしっかり保つという行為は、単なる安全措置ではなく、後方の車に余白を与えるための「思いやり」と言える。
交通は物理的な仕組みと道路構造によって成り立っている。しかし、それを乱す最大の要因は、しばしば人間の感情だ。あおり運転の背景には、遅い車への苛立ちや、優位性を誇示したいという心理がある。だが、その欲求に任せた行動は、結果として自分自身も含めた交通全体を滞らせる。
渋滞は、「抜こうとする人」が増えたときに起きる。自己都合で流れを断ち切る車が増えるほど、全体の“効率”は著しく低下する。それは高速道路に限らず、一般道でも変わらない。
だからこそ、1台1台が穏やかに、そして予測可能に動くことが重要になる。渋滞の本質的な緩和には、交通インフラよりも先に、「気持ちの設計」が求められている。
混雑をつくるのは、ルールではなく感情だ

2024年現在、日本でもあおり運転に対する罰則は強化され、ドライブレコーダーの普及も進んでいる。ただし法制度や装置の導入によって危険を抑止することはできても、交通の流れそのものを滑らかにするには限界がある。
今後、自動運転技術が「一定速度」と「適切な車間距離」を自律的に制御する時代が到来するかもしれない。しかし、そうした未来が現実になるまでは、私たち一人ひとりが“速度のゆらぎ”を意識し、それを抑えることでしか、渋滞の発生を防ぐ術はない。
求められているのは、「早く着く」ことではない。「止まらずに進む」ことこそが、渋滞を生まない最も現実的な解決策なのだ。