「高齢者マーク」とは何か?

高齢者マークとは、道路交通法第71条の5に基づいて導入された標識で、70歳以上の運転者が任意で車両に貼ることができる目印である。導入当初の1997年には橙と黄色の「もみじ型」デザインが採用され、2011年には四つ葉型の「高齢運転者標識」へと変更された。
このマークには法的な義務はないが、75歳以上で一定の認知機能検査を受けたドライバーには、運転免許更新時に掲示が推奨されている。また、標識の表示がある車に対しては、周囲の車両が幅寄せや割り込みなどの行為を控えるよう、配慮義務も明記されている。
制度上は「安全運転に対する社会的配慮を促すもの」と位置づけられているが、その一方で“貼ること”に心理的な抵抗を示す高齢ドライバーも多い。背景には、「高齢者」として扱われることへの違和感や、自信を持って運転している人にとってのネガティブな印象があると考えられる。
なぜ“敬遠”されるのか?認知と誤解のズレ

制度の意図と、当事者や周囲の認識との間にはギャップがある。特に「高齢者マーク=運転が危ない」という短絡的な見方が広まっていることで、マークを掲示することが“レッテル”のように感じられているケースもある。実際、マークの掲示を避けることで保険料や運転評価に影響があるわけではなく、制度としてはあくまで「周囲の配慮を促すサイン」にとどまっている。
また、車両販売店や整備士など、業界関係者のあいだでもマークの意味が曖昧に理解されている場合もある。標識が単なる“年齢の象徴”としてではなく、「運転環境の多様化への対応策」として再認識される必要があるだろう。
表示する国、しない国、海外における高齢者マーク事情
海外における、日本の高齢者マークに相当する制度は、国によって大きく異なる。
アメリカでは、日本のように高齢者マークの表示を義務付けたり推奨したりする制度は存在しない。年齢による一律の対応を避け、個々の運転能力に応じて免許を管理することが基本的な方針となっている。ただし、運転免許の更新制度は州によって異なる。多くの州では高齢ドライバーに対して視力検査や実技試験、医師の診断書提出などを求める対面的なアプローチが取られている。たとえばカリフォルニア州では、70歳以上の高齢者はオンラインでの免許更新が認められておらず、DMV(運輸局)での対面手続きが必須とされている。
またドイツやフランスをはじめとする欧州諸国でも、高齢者であることを車体に表示する制度は採用されていない。プライバシーの尊重や年齢差別の回避といった観点から、こうした制度はむしろ敬遠される傾向にある。その代わりに、75歳以上のドライバーに対して定期的な健康診断や適性検査を義務づける制度が設けられており、運転能力を評価することで安全を確保する仕組みが整備されている。外部に向けた可視化よりも、内部的な能力管理を重視している点が特徴といえる。
イギリスにも、高齢運転者向けの標識は存在しない。75歳を超えると、医師の診断書が必要となる場合があり、健康状態の自己申告制度が導入されている。政府は、「安全が確保されている限り運転を続けるべきだが、自信がなくなったときは自ら運転を見直すべきだ」とするソフトな啓発方針を打ち出しており、強制力を伴わない形での行動変容を促している。このような背景から、高齢者マークのような車体への表示制度は導入されていない。
一方で、日本と制度や文化が近い韓国や台湾では、高齢者マークに類似した表示制度が一部導入されている。韓国では、65歳以上の運転者に対して「고령운전자 표지(高齢運転者標識)」の使用が推奨されており、専用ステッカーが配布されている。
台湾でも、75歳以上のドライバーには医療チェックの受診が義務づけられており、一部の自治体では高齢者用のマグネット表示を配布する例も見られる。ただし、日本のように全国統一で法的に義務づけられた表示制度が存在するわけではない。
高齢ドライバーと社会の“すり合わせ”に向けて

2024年現在、日本の高齢者(65歳以上)人口は全体の約29%を占めており、免許保有者数も年々増加している。高齢運転者による事故件数は減少傾向にあるが、社会的注目度は依然高く、「高齢者=運転不安」というイメージは根強い。
こうした状況において、高齢者マークは単なる目印ではなく、「高齢ドライバーの存在を可視化し、社会がどう向き合うか」を問い直す装置でもある。今後は、マークの表示方法やデザイン、義務化の是非といった制度設計だけでなく、周囲の運転者や社会全体の意識改革も求められる。
たとえば、高齢者マークに限らず「障がい者マーク」や「初心者マーク」など他の標識との統一的理解を進めることは、道路上でのコミュニケーションを円滑にするうえで有効だろう。高齢者マークの“今”を考えることは、安全運転の未来を考えることでもある。