近年、沈静化の兆しを見せていた自動車の盗難が、再び増加傾向にある。警察庁の統計によれば、2024年の自動車盗難認知件数は6,987件に達し、前年の6,289件から実に698件の増加を記録した。
とりわけ懸念されるのは、単なる盗難件数の増加だけでなく、その手口が高度化・巧妙化している点である。電子的なセキュリティ対策をかいくぐる新たな手法が登場し、これまで「安全」とされていた車両までもがターゲットになりつつある。
狙われやすいのは“高級SUV”と“人気車種”

2024年の盗難被害データを車種別に見ると、特定のモデルに被害が集中している実態が明らかになっている。中でも被害件数が最も多かったのはトヨタ「ランドクルーザー」で、688件もの盗難が報告されており、犯罪集団のターゲットとして注目されていることがうかがえる。
次いで多かったのが、同じくトヨタの「アルファード」(289件)、「プリウス」(235件)、「レクサスLX」(100件)、「レクサスRX」(89件)といった人気車種が続く。これらの車両に共通するのは、いずれも海外市場での需要が高く、輸出すれば高値で売買できる点だ。
特に高級SUVは、中東やアジアを中心に需要が根強く、闇ルートでの海外転売が後を絶たない。また、商用利用が多いハイエースのような実用車も、パーツ取り目的で狙われやすい傾向にある。
被害が集中する地域とは?都市圏を中心に高リスク

車の盗難は全国で発生しているが、特に被害件数が多い地域には明確な傾向がある。2024年における自動車盗難認知件数が最多だったのは愛知県で1,247件。次いで、大阪府(892件)、千葉県(654件)、埼玉県(587件)、東京都(523件)と続いており、いずれも関東・中部圏の都市近郊が上位を占めている。
これらのエリアは、高級車や人気車種の保有台数が多く、なおかつ高速道路や港湾施設が近いことから、盗難後の“運び出し”がしやすい環境にあるとみられる。
また、都市部の密集した住宅街では、防犯カメラの死角が多いことや、住民の目が届きにくい深夜帯の盗難が目立つ。加えて、通勤や買い物などで一時的に車を離れる時間帯も狙われやすく、短時間での犯行が可能なプロの窃盗団が活動していることがうかがえる。
地域によっては自治体と警察が連携し、重点警戒エリアのパトロール強化や防犯啓発活動を展開しているが、それでも盗難リスクは依然として高い。車を所有するドライバーにとっては、住んでいる地域の盗難傾向を把握し、対策を講じることがますます重要となっている。
防犯装置をすり抜ける巧妙な手口に警戒を
自動車盗難の手口は年々高度化しており、もはや窓ガラスの破壊やキーシリンダーのこじ開けといった古典的な手法は主流ではない。現在では、スマートキーの電波や車両の電子制御システムを悪用する“ハイテク型”の犯行が中心となっている。とくに注意が必要なのが「リレーアタック」と「CANインベーダー」だ。
リレーアタックは、スマートキーの利便性を逆手に取った手口である。犯人グループは、住宅の玄関先などに置かれたスマートキーが発する微弱な電波を特殊な中継装置で受信・転送し、あたかも鍵が近くにあるように車両を誤認させ、ドアロックを解除・エンジン始動を行う。鍵自体を盗まなくても、存在を偽装できてしまうのが特徴だ。
この手口は、犯行に要する時間がわずか数分と短く、音も立てずに車両が持ち去られる。とくに夜間、自宅敷地内や路上に駐車した車両は狙われやすく、防犯意識が低い家庭ほど標的にされる傾向がある。
さらに近年急増しているのが「CANインベーダー」と呼ばれる手法だ。これは車両の通信ネットワークであるCAN(Controller Area Network)に外部から不正にアクセスし、車内操作をエミュレートしてドアロックの解除やエンジン始動を可能にするものである。
犯行グループは、バンパー裏などに露出する配線に専用装置を接続して通信を乗っ取り、正規の制御信号を模倣する。この方法はリレーアタック対策を施した車両であっても突破される可能性があり、特に新型車や高級SUVを狙った被害が全国で報告されている。
これらの“ハイテク盗難”は、物理的な痕跡を残さないのが厄介だ。防犯カメラに映っても、犯人はフルフェイスのヘルメットやフード付き衣類、手袋で身元を完全に隠し、特定を困難にしている。このような高度化した手口に対抗するには、「鍵をかける」だけでは不十分である。スマートキーの電波遮断や複数の防犯装置の併用、監視性の高い駐車環境の確保など、多層的な対策が求められる時代に入っている。
今すぐできる!効果的な盗難対策
自動車盗難の巧妙化が進むいま、防犯対策は単一の手段では心もとない。鍵をかける、アラームを鳴らすといった基本的な対策だけでは、ハイテク機器を駆使する犯行には太刀打ちできない。重要なのは、複数の対策を組み合わせて層を重ね、盗難の手間とリスクを最大限に引き上げることにある。
まず、目に見える抑止力として有効なのが物理的なロックだ。ハンドルやペダルに固定器具を取り付けることで、たとえ侵入されても車を動かすことができないという状態をつくる。タイヤを完全に固定するタイプのロックも有効で、特に長時間の駐車には安心感がある。こうした対策は、「この車は手間がかかる」と犯人に思わせること自体に意味がある。
さらに近年は、見えない防犯手段、すなわち電子機器による対策も進化している。エンジンをかけるには正規のキーが必要なイモビライザーは、現代の車には多く搭載されているが、CANインベーダーのような手口には無力な場合もあり、万全とはいえない。そうしたリスクに備え、GPSトラッカーによる位置追跡装置を備えることで、万が一盗難に遭っても早期発見の可能性が広がる。さらに、こじ開けや振動を感知して警報を発するセキュリティアラームは、音を嫌う犯人にとっては強い心理的プレッシャーとなる。
スマートキーの電波を悪用するリレーアタックにも、具体的な対策が必要だ。鍵を金属製の箱や電波遮断ポーチに保管するだけでも、防御力は大きく向上する。玄関先に無造作にキーを置くことは避け、できるだけ建物の中心部など外部から電波を拾われにくい場所に保管することが望ましい。
そして意外に見落とされがちだが、車をどこに停めるかという環境そのものも重要な防犯要素だ。自宅に防犯カメラや人感センサー付きの照明を設置するだけで、犯行の心理的ハードルはぐっと上がる。近年は賃貸住宅でも設置可能な簡易型カメラが普及しており、対策のハードルは低い。可能であれば、屋内のシャッター付きガレージや機械式の立体駐車場を利用することで、リスクを一段と軽減できる。
盗難犯は、手間のかかる車を嫌う。「この車は狙いにくい」と思わせる仕組みを多層的に施すことが、最も確実な予防策である。技術が進化する一方で、盗む側も進化しているという前提に立ち、ユーザー側の備えもまたアップデートが欠かせない。
車を守るためには「見せる防犯」、「隠す防犯」、「環境ごとの配慮」という三方向からのアプローチが必要不可欠なのだ。
盗難被害に遭ったときの対応フロー

万が一、愛車が盗まれてしまったとき、冷静かつ迅速な初動が鍵を握る。特に近年では、盗まれた車両が海外へ転売されたり、短時間で解体されてしまうケースもあり、対応の遅れがそのまま車両回収の難しさにつながる。だからこそ、事前に対応フローを把握しておくことが重要だ。
まず、最初に行うべきは警察への通報である。盗難に気づいた時点で、速やかに最寄りの警察署へ連絡し、可能であれば現地へ赴いて被害状況を詳しく説明する。車種やナンバー、車体番号、車両の色や特徴、さらには盗難の日時や場所など、できる限り具体的な情報を伝える必要がある。届け出が受理されれば、「盗難届受理番号」が発行され、その後の保険手続きにも不可欠な情報となるため、必ず控えておきたい。
次に、自動車保険を契約している保険会社への連絡も早急に行うべき対応のひとつだ。車両保険に加入している場合、多くは盗難も補償の対象となる。保険によっては、盗難後30日以内に車が発見されなければ全損扱いになる場合や、GPS装置の有無によって免責額が異なるケースもあるため、契約内容をあらかじめ把握しておくと対応がスムーズである。
車両にGPSトラッカーを搭載していた場合は、そのサービスの提供会社やアプリを通じて、現在地の追跡を依頼することが可能だ。GPSによるリアルタイム追跡は、盗難からの早期発見に大きく寄与するだけでなく、犯人の検挙や証拠保全にもつながりやすい。
また、見落としがちなのが、車内に残されたカード類の対応である。ETCカードやクレジットカード、キャッシュカードなどが車内にあった場合には、それらの悪用を防ぐためにも、ただちに各カード会社に連絡を入れ、使用停止の手続きを取らなければならない。さらに、ローンやリースで車を所有している場合には、契約先の金融機関やリース会社への報告も忘れてはならない。今後の支払い対応や補償の流れについては自己判断せず、正式な指示を仰ぐことが望ましい。
こうした一連の対応は、いざというときに慌てないための知識として備えておくべきである。車を守る対策と同様に、万が一の際にどう動くかを考えておくことも、ドライバーにとって重要な「備え」のひとつといえるだろう。
防げる盗難、守るのは“日常の備え”
自動車盗難は、年々手口が巧妙化し、どれだけ高性能なセキュリティシステムを備えていても“絶対に安全”とは言い切れない時代になっている。特に特定の人気車種や、輸出ニーズの高いモデルは常に犯罪者のターゲットとなりうる。
2024年のデータを見る限り、盗難件数は依然として高水準にあり、都市部だけでなく郊外や地方でも被害が確認されている。つまり「自分には関係ない」と思い込むことが、最大のリスクだ。
だからこそ重要なのは、「複数の対策を講じる」こと、そして「盗難されにくい環境を整える」ことだ。ハンドルロックやスマートキーの電波遮断ケースといった物理的・電子的対策を併用し、駐車環境にも配慮する。GPSによる追跡装置やセンサー連動の防犯カメラを導入すれば、万が一の発見率も格段に高まる。
また、保険や盗難対応のフローを事前に把握しておくことも、「いざ」というときの精神的・経済的ダメージを軽減する備えとなる。
車は単なる移動手段ではなく、日々の暮らしを支える大切な財産だ。その価値を守るためにも、防犯意識を日常に根付かせ、盗まれにくい生活習慣を築いていくことが求められている。