デジタルメーターが生まれた時代背景と当時の流行
1980年代の日本は、高度経済成長を経てバブル景気へと突入しつつある時代だった。経済が拡大し、人々の生活水準も上がるなかで、「最新」「ハイテク」「未来的」という言葉が社会のキーワードとなっていた。
家庭ではビデオデッキや電子レンジ、カセットからCDへと移り変わる音楽再生機器など、新しい家電が次々と普及した。腕時計は針式からデジタル式へ、電話は黒電話からプッシュホンへと進化し、電卓やゲーム機もデジタル表示が当たり前になっていった。こうした日常の「デジタル化」の流れが、自動車の世界にも波及していったのである。
車の世界では、直線的なデザインや空力を意識したシャープなスタイルが流行し、テレビCMや雑誌広告では「未来感」を前面に打ち出すモデルが目立った。トヨタ「クラウン」や、いすゞ「ピアッツァ」といった車種は、単なる移動手段ではなくステータスシンボルとして憧れの存在となり、その内装に輝くデジタルメーターは「ハイテクを持つことが格好いい」という価値観を象徴していた。
当時の若者文化もデジタルメーター人気を後押しした。ディスコやカラオケボックスが流行し、ファッションではショルダーパッドやワンレン、ボディコンといった派手で未来的なスタイルが好まれた。こうした「派手で目立つもの」「新しさを強調するもの」が受け入れられる時代に、数字が光るスピードメーターはまさに時代にマッチした存在だったといえる。
デジタルメーターを採用した代表的なモデルたち

1981年に登場したいすゞ「ピアッツァ」は、デジタルメーターを語る上で外せない存在だ。イタリアの著名デザイナー、ジウジアーロが手掛けた流麗なスタイルと相まって、まるで未来のスポーツカーを思わせる雰囲気をまとっていた。特にデジタルメーター仕様では、数字が鮮やかに浮かび上がる表示が「宇宙船の計器のようだ」と話題になり、当時の若者たちの憧れを集めた。
続いて1983年に発売されたトヨタ「クラウン ロイヤルサルーン」でも、デジタルメーター仕様が登場した。長年“お堅い高級セダン”の代名詞だったクラウンが、ハイテク志向を打ち出したことは驚きをもって受け止められた。クラウンはビジネス用途や役員車としての需要が多かっただけに、「伝統と革新の融合」を象徴する試みとして注目を集めたのである。
この流れに続き、多くの人気モデルにもデジタルメーターが採用された。スポーティーかつ高性能な車種に積極的に導入された背景には、「デジタル=未来的で先進的」というイメージを強く訴求したいメーカーの狙いがあったといえる。
1980年代半ばのショールームでは、デジタルメーター搭載車が並び、雑誌広告やテレビCMでも「次世代感」を強調する表現が目立った。実際、「このままデジタルが主流になるのでは」と予想されたほどであり、当時のカーライフにおける大きなトピックとなっていた。
デジタルメーターが一度消えてしまった理由
1980年代に一世を風靡したデジタルメーターだったが、そのブームは長くは続かなかった。最大の理由は視認性の問題にある。アナログメーターは針の位置を一瞬見るだけで「だいたい時速60キロ」と直感的に分かる。一方、数字で表示されるデジタルは「57」「62」と細かく確認する必要があり、運転中には目の動きが増えてしまった。結果として「カッコいいけれど実用的ではない」という声が増えていったのだ。
次に大きな要因となったのがコストの高さである。当時のデジタル表示は蛍光表示管を使用しており、製造コストも修理費用も高額だった。アナログメーターなら数千円で修理できるところが、デジタルでは数万円規模になることも珍しくなく、ユーザーにとっては維持しにくい装備だった。
さらに、ユーザーの嗜好も流れを変えた。当初は「未来的で格好いい」と歓迎されたデジタルだが、結局のところ運転中に求められるのは「直感的で安心して確認できる見やすさ」だった。ハイテク感を演出するには効果的でも、毎日の運転に寄り添うにはアナログの方が優れていたのである。
こうした理由から、1990年代に入るとデジタルメーターを搭載する車は急速に減少し、気がつけば市場からほぼ姿を消していた。つまり、技術的には先進的でありながらも、当時の使い勝手やコスト面では時代が追いついていなかった装備だったといえる。
現代でデジタルが再び増えている理由

90年代に姿を消したデジタルメーターだが、21世紀に入ってから再び注目を集めるようになった。その背景にあるのは液晶ディスプレイの進化である。
昔のデジタルは単純に数字を表示するだけで、情報量も限られていた。ところが現在のフル液晶メーターは、スピードや回転数だけでなく、ナビゲーションの地図や安全運転支援システム(ADAS)の警告、燃費やEVのバッテリー残量といった多彩な情報を一つの画面にまとめて表示できる。表示レイアウトもカスタマイズ可能で、ドライバーの好みに合わせて切り替えられるのも魅力だ。
また、EVやハイブリッド車が普及したことも大きい。これらの車では「エンジン回転数」のような従来の情報よりも、「充電残量」や「航続可能距離」といった新しい指標の方が重要になる。こうした複雑なデータを分かりやすく表現するには、アナログよりもデジタルが適しているのだ。
アナログとデジタル、時代に合わせて変わる車の顔

自動車のメーターは長らくアナログ式が基本で、針の動きで直感的に情報を伝える役割を担ってきた。しかし1980年代には一時的にデジタルメーターがブームとなり、いすゞ「ピアッツァ」やトヨタ「クラウン ロイヤルサルーン」などが“未来的な装備”として注目を集めた。
とはいえ、視認性の問題やコストの高さから人気は続かず、90年代にはほとんどの車から姿を消した。それでも液晶技術の進歩やEV・ハイブリッドの普及によって、21世紀の今、再びデジタルが主流に戻りつつある。
つまりメーターの形は単なるデザインの流行ではなく、その時代の技術や社会のニーズを映し出す“車の顔”といえるだろう。アナログの直感性とデジタルの多機能性、それぞれの強みを生かしながら、これからのクルマもまた新しい表情を見せていくに違いない。