音で語るブランドの個性。排気音デザインの真髄

現代の自動車開発において、排気音のデザインはもはや単なる付随的な課題ではなく、戦略的な重要性を持つ領域だ。

高級車メーカーのNVHエンジニアは、車のサウンドは視覚に次ぐ第二の知覚経験だと語る。彼らの仕事の中でも重要視されるのは、エンジン本来の特性を活かしながらも、各ブランドのアイデンティティを音で表現することだ。

例えば、スポーツカーであれば迫力と興奮、高級セダンであれば落ち着きと上質感など、それぞれの車が持つ個性を音で表現する必要がある。つまり車のエンジンのサウンドは、偶然生まれたものではなく意図的にデザインされた「音の個性」なのだ。

そして、排気音デザインの最前線では単なる音量や音質だけでなく、アクセルの踏み込み量に応じた音の変化や、エンジン回転数による音色の変化までが設計対象となる。

2010年代からはデジタル技術も積極的に駆使されるようになり、車室内のスピーカーでエンジン音を増幅したり、特定の周波数を強調したりする「アクティブサウンドデザイン」も一般化している。

自然か人工か。エンジン音のデザイン論争

車の排気音デザインには、大きく分けて二つのアプローチがある。一つは自然主義的アプローチで、エンジン本来の音を活かし、マフラーや共鳴器を調整することで理想的な音を引き出す方法だ。

もう一つはテクノロジーを活用したアプローチで、エレクトロニクスを用いて音を増幅、修正、時には創出することまである。このテクノロジーを活用したアプローチは、2010年代から急速に普及しているが、自動車愛好家たちの間では「偽物のエンジン音」として議論の的になることもある。

2011年型BMW M5

BMWの「M5」が2011年にエンジン音を車内スピーカーから再生するシステムを採用した際は、「純粋なエンジン音を汚す行為だ」との批判も寄せられた。

一方、排気音デザインの専門家はというと、音のキュレーションであり、偽物を作ることを目的としたものではないと反論する。彼らによれば、マフラーの形状変更はもちろん、電子的な音の加工に関しても目的は同じだという。目的はあくまでも、その車にふさわしいドライバーに感動を与えるサウンドスケープを創造することなのだ。

実際、近年の調査では、車の購入決定において「エンジン音の魅力」を重視する消費者が少なくないことも明らかになっている。エンジン音は機能面だけでなく、感性的な価値創造の手段として重要性を増しているのだ。

EV登場によって生まれた需要。新時代のサウンドデザイン

電気自動車(EV)の普及は、排気音デザインの世界に革命をもたらしている。内燃機関を持たないEVには、当然ながら従来のようなエンジン音は存在しない。騒音という観点から見ると、この静けさはEVの大きなアドバンテージである一方、メーカーにとっては新たな課題でもある。

アウディのe-tronやポルシェのタイカンなど、高級EVブランドは人工的な駆動音を設計し、静かすぎることによる運転感覚の希薄化を防いでいる。これらはもはや「排気」音と呼べるものではないが、電気モーターの特性を活かした未来的な音響デザインが模索されているようだ。

一方、安全面からは別の課題も生じている。EVの静かさは、歩行者の車両接近の認識を妨げる危険要素となりうる。そのため、欧州連合では2019年7月から、低速走行時に歩行者向けの警告音を発する車両接近通報装置「AVAS(Acoustic Vehicle Alerting System)」の装着が義務づけられた。この警告音もまた、音響デザイナーたちの新たな活躍の場となっている。

膨大な時間をかけ一つの音を生み出す技術者たち

自動車の音を設計するNVHエンジニアたちは、機械工学や音響学の知識を持ちながらも、音楽家のような感性を併せ持つ専門家だ。彼らの中には音楽的なバックグラウンドを持つ者が少なくない。楽器演奏の経験や音楽制作の知識を活かしてサウンドをデザインしている者も多くいる。

その仕事は無数のパラメータを微調整しながら、理想の音を追求する気の遠くなるような作業だ。一つの自動車モデルのサウンドチューニングに、信じられないほどの時間を費やすことも珍しくない。作業環境は、最新の音響解析装置と無響室に囲まれた先端的な実験室である一方、最終的な判断は人間の耳に委ねられる。

科学的な分析と芸術的な創造性。NVHエンジニアは、その境界線上で精密な音を作り上げる、まさに現代のサウンド職人と言えるだろう。