脱・温暖化その手法 第60回 ―これからの太陽電池 その2 金属基板型CIS太陽電池とは―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

金属箔を基板にして新たなCISが登場

前回は有機材料を用いた、ペロブスカイト型太陽電池を取り上げた。この太陽電池は寿命、効率、価格の面で実用化にはまだ間がありそうである。

今回は金属箔型CIS太陽電池について述べる。私はこの電池が次の世代の現実的な太陽光発電の主役になりうると考えている。

かつて出光興産の子会社のソーラーフロンティアはガラス基板上を用いたCIS型太陽電池を量産する世界最大の会社であった。しかし本質的な製造コストはシリコン型に迫るものの、巨大な設備で作られる中国製の太陽電池との価格競争で敗れ、その生産から撤退したという経験がある。

これに対して新たなチャレンジャーが現れ、電気を通す金属箔を基板にした性能、放熱性、コスト、軽量性、耐衝撃性などの点で有利であるCIS太陽電池を作るスタートアップ企業を創業した。この会社は(株)PXPといい、本社を相模原市に置いている。同社は薄膜太陽電池のエキスパートが集まり2020年に発足した。その設立の目的はソーラーパネルのデバイス研究と量産技術の研究開発及び製造販売としている。

年間を通じての発電電力量はシリコン型を凌ぐ高性能

そもそもCIS型太陽電池であるが、銅(Cu)、インジウム(In)、セレン(Se)の化合物を使う太陽電池である。その製法は約50μmのチタンの薄い箔にスパッタリングで数μmのCISを成膜し、ここで光を吸収し、その上にバッファ層(N型半導体)で太陽電池を形成し、その上に透明電極を付けて電流を外部に取り出す。さらに、これらを保護するために150から400μmの多層プラスチックで覆っている。

フレキシブルソーラーパネルの構造
銅(Cu)、インジウム(In)、セレン(Se)から成る化合物の
約3μmの薄膜を50μmのチタン箔にスパッタリングで製
膜する。その上に、バッファ層、透明電極を製膜すること
で、CIS型、フレキシブル太陽光発電パネルを作ることが
できる。パネル保護のためにプラスチックフィルムで覆わ
れる。

スパッタリングは真空中で薄い金属膜を作る技術で、高電圧でイオン化したアルゴンなどの分子を高速で原材料に照射し、そのエネルギーで表面から飛び出す金属や化合物を基板に当てることで薄い膜を作るという技術である。CIS型太陽電池もこの技術で薄い太陽光発電用の膜が作られる。

フレキシブルソーラーパネルの実物写真
サイズはB5判ほど。

CIS型太陽電池の電圧は約0.6Vなので高い電圧を得るためにはこれを直列に接続して使用する。

CIS型太陽電池はシリコン型に比べると太陽光から電力を得る変換効率はわずかに劣る。しかし、夏の高温時でも変換効率はシリコン型のように下がらず、製造時よりも時間が経過すると効率が少し向上する効果があるため、年間を通じての発電電力量はシリコン型をしのぐ場合が多々報告されている。

私はこのチタン箔を基板にしたCIS型太陽電池が将来地球全体のエネルギーをまかなうことができる太陽電池となると期待しているが、その理由はフレキシブルであること、軽量であること、製造コストが安価であることの3点である。しかも、CIS太陽電池はソーラーフロンティアでガラスを基板にした太陽光パネルを大量生産して、市場での評価において、性能、製造価格、寿命ともにシリコン型に劣らないことが証明されているためである。PXPによるCIS型太陽光パネルでは金属箔の表面がパネルになるわけなので当然フレキシブルであるし、軽量になるが、その重さはPXPからの資料では0.5~0.8kg/m2としている。私は第57回と58回で気球発電について述べているが、この時の想定ではパネルの重さは1kg/ m2としているのは、このPXPからの資料を参考に余裕を持たせて、この重量になると仮定していた。

CIS型フレキシブルソーラーセルを軽く曲げた状態。
フレキシブルソーラーパネルをパイプに巻き付けた状態。
CIS型フレキシブルソーラーセルを強く曲げた状態。

そして安価であるということについては利用する材料がごくわずかであるとともに、製法がスパッタリングという一般的な技術が用いられることによる。その結果、太陽光発電の価格は他の発電法に比べて最も安価になると考えている。

大規模な投資次第で金属箔型CISに高い可能性が

PXPであるが、創業以来開発を続けており、開発装置の購入から搬入の期間が予定より長かったことで計画に遅れが出ていたとのことであった。2023年3月10日に同社に講演をお願いしたが、その時はB5サイズのパネルが完成していて実物を見せて頂いた。この今後の予定では今年中に量産性検証のパイロットラインを完成させるとのことである。それ以後はCIS型とペロブスカイト型を2層構造にする、より高効率のパネルの開発に進むことにする予定としている。2層構造にすることが有効な理由は、ペロブスカイト型は青からオレンジにかけての太陽光を効率よく吸収するのに対して、CISは赤から赤外線にかけての光を効率よく吸収するためである。その結果、太陽光からの変換効率は約30%になるとの予測である。

ここまで2種類の新しい太陽電池を取り上げてきた。この中でペロブスカイト型については既に多くの企業が参加し政府からの巨額な資金援助もある。金属基板型CIS太陽電池はガラス基板型で既に大量生産がされている実績があるため、実用化が確実なことは見えている。しかし、現在のところPXPの1社だけが自らの資金調達で開発を行なっている状況である。ここに広範な投資が行なわれることで、急速に太陽光発電が主役の時代が来ることを期待している。こうして、次世代型太陽光発電が利用できるようになると、新しい電力供給システムが必要になる。次回はこのシステムについて述べることにする。

Eliica組み立て中の一風景
Eliicaの組み立て中に、テストドライバーを務めて下さった
片山右京氏が、シート、ステアリング、ペダルの位置を確認
し調整している時の写真。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…