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豊田式木製人力織機 佐吉翁の想い
貞宝工場は製品や製品の一部の生産を受け持つのではなく、製品の設備、型、工法づくりの開発を担っている。2021年に設立されたスタートアップスタジオは、モノづくりの拠点として開設された。ラウンジと呼ばれるスペースには各種工具に加え、過去に先人たちが作り出した物が展示されている。新しいモノづくりをするときに、アイデアや気づきをもらいながらイメージを含ませるためで、工房としての機能も備えている。
トヨタのモノづくりの原点ともいえるのが、豊田式木製人力織機だ。トヨタグループの創業者である豊田喜一郎の父、佐吉が24歳のときに作り上げ、1891年(明治24年)に特許を取得した機織り機である。現代の木型の職人が記念館に残る現物を元に忠実に再現したそう。再現作業に取りかかってみると、「ここはどうしてこうなっているのだろう?」と疑問の湧く箇所がいくつもあったという。
例えば、腰を掛ける板の角度。前方に10度傾いているが、調べてみると、佐吉の母が座った際、足の先にある2本の踏み木にうまく体重が乗る角度になっているという。水平だと踏み木にうまく体重が乗らないことがわかったのだそうだ。
豊田式木製人力織機は、それまで両手で行なっていた横糸の挿入を、片手で筬(おさ)を前後させるだけで行なえるようにしたのがハイライト。これを実現するリンク機構が特許だ。そのリンク機構にはアジャスターがついており、腕の長さの違いに合わせられるようになっていることがわかったという。母を楽にするためだけではなく、機織りをするすべての人に楽になってもらいたいという思いが込められている。「誰かの仕事を楽にしたい。みんなの笑顔のために」の思いは豊田式木製人力織機に込められており、トヨタは現在もその思いを継承しながら、モノづくりに挑戦している。
手治具、からくり、デジタル技術でモーターを
その事例のひとつが、モーターの製造設備だ。貞宝工場では前述したように、設備、型、工法づくりの開発を担っている。モーターや水素タンク、全固体電池を含む電池といった、世の中にない製品をつくるための設備を開発している。「無」から「有」を生み出すための最初のステップは、過去の人々の知見や新たな創意工夫、知恵を結集し、アイデアを募ることだ。
そのアイデアの中からモノになりそうなものを手治具(てじぐ)によって形にする。ワークショップでは、2015年に発売された4代目プリウスが搭載したモーターの銅線をどうやって円管に巻き付けていくのかについて説明があった。アイデアをリアルにする際は、設計者だけでなく組付の技能者と一緒になり、ポンチ絵(スケッチ)を描き、検討を重ねていく。
その次のステップが手治具だ。アイデアを評価する手づくりの装置のことである。実演があったのは、コの字に成形されたコイルを円管に巻き付ける手順。速く巻いたほうがいいのか、ゆっくり巻いたほうがいいのか。挙動をつぶさに観察しつつ、製品に傷がつかないよう、そしてきれいに巻けるよう、手の感触を大事にしながら評価していくという。
手治具で評価し、うまくいくと判断された発想は、デジタル技術を使い、現場の技能者とアイデアを出し合い、“からくり”を織り交ぜながら、欲しい機能を安く作れるよう量産設計に落とし込んでいく。貞宝工場からは、モーター以外にも電池や水素タンクなど、年間120台、累計4000台以上の設備や治具を出荷しているという。貞宝工場が生み出した設備が、世界中で、トヨタのモノづくりに貢献しているというわけだ。