目次
元祖に立ち返った『カリスマ的なシンプルさ』
新型ミニ・クーパーはBEVもICEも、そして内外装共に、非常にシンプルなデザインが印象的だ。ミニ・ブランドのデザインディレクター、オリバー・ハイルマー氏はその理由を次のように語る。
「5年ほど前に新世代ミニの開発を始めたとき、(元祖ミニ開発者の)アレック・イシゴニスに立ち返った。彼が生み出したものは破壊的だった。当時の市場にあったものなど気にとめることもなく、純粋に目指す目的に合わせてミニを作ったのだ」
「そして元祖ミニは多くのセレブリティを魅了し、イシゴニスが予期していなかったカリスマ的なオーラを放つようになった。これを新型に取り込みたい。『カリスマ的なシンプルさ』を目指そう。必要なものに焦点を絞り、不可欠なものだけを残す。それこそが本当に強いキャラクターを生み出すと考えた」
小さな例を挙げれば、先代のフロントコーナーにあったエアインテークが新型にはない。先代ではそこから入った風を前輪表面に流す「エアカーテン」と呼ばれる技術を採用し、空力性能を高めたはずだったが・・。
「空力研究を進めて、それはもう必要ないとわかった。技術的・視覚的に必要であれば残すけれど、そのエアインテークは必要ないので取り去った。シンプル化にとても役立ったと思う」とハイルマー氏は説明してくれた。
シンプルにするのは「シンプル」ではない
クルマのカタチは三次曲面で包まれている。テスラのサイバートラックのように平面構成のフォルムに割り切れば話は別だが、常識あるデザイナーはそんなことはしない。だから例えば、三次曲面と三次曲面が交わるところに現れるラインをどう美しく通すかに悩んだりする。広い曲面を折れ線で分割すると解決できることも多いが、線の要素が増えてしまう。
シンプルなカタチを実現するための作業は、けっしてシンプルではない。それをハイルマー氏に問い掛けると、「その通りだ。要素を減らすほど、すべての小さなサーフェスにより注意を注がなくてはいけない」。
「例えば」と彼が指差したのは、BEV版のヘッドランプの上あたり。「クレイモデルを使ってデザインを開発していくとき、このエリアに多くの注意を払った。シンプル化のためにヘッドランプの追加のリングを取り去ったので、ここには三方向からの面の流れが交錯する。それをパーフェクトに、正確にやらねばならなかったからね」
先代までのミニは深絞り形状のボンネットを丸く切り欠き、そこにボディ付けのヘッドランプを埋め込んだデザイン。それゆえボンネットの切り欠きにリング状のメッキモールを付けていた。新型のICE版は先代と同じ構成なので黒いリングが存在するが、BEV版にはそれがない。ボンネットを丸く切り欠くのをやめたからだ。その結果、ボンネット、フェンダー、バンパーという三方向からの面の流れを、ヘッドランプでダイレクトに受け止めなくてはいけなくなった。
新型のICE版を見ると、黒いリングのすぐ外側に折れ線を回している。この折れ線で三方向からの面の流れを断ち切ることで、リングの外周形状をきれいに整えているのだ。しかしリングがないBEV版はそれができない。リングを廃止した結果、面の流れをより慎重にコントロールしなければならなかった。シンプル化しながら完成度を高めるのは、手間がかかる作業なのだ。
シンプルでも付加価値のあるインテリア
「インテリアも同じだ」とハイルマー氏。「ステアリングホイールとセンターのアイコン、トグルバーだけあればよいという基本的なアイデアに至ったとき、エンジニアは我々のその提案を信じてくれなかった」
センターのアイコンとは直径240mmの円形ディスプレイのこと。元祖ミニが丸いメーターをセンター配置していたことに由来する。その下のトグルバー(レバー型のスイッチ)と共に、BMW開発になった01年のミニからずっと継承してきた「ミニらしさ」だ。
もちろんダッシュボードやセンターコンソールも必要なのだが、ハイルマー氏が大事にしたのはステアリングホイールとセンターディスプレイ、トグルバー。「エンジニアから『それだけでは成り立たない。あれもこれも必要だよね』を言われたけれど、『とにかく飛び込んでみよう』と言って、それをやり通した。タフだったけどね」とハイルマー氏。何がタフだったかと言うと・・。
「シンプルにしようとするときのリスクは、それがシンプルに見えるだけで終わってしまうことだ。要素を減らすことで安っぽくみえてはいけない。そんな思いがあって、ダッシュボードにニット素材を張ることを決めた。これが温かさ、付加価値、質感をもたらしている」
新型のダッシュボードは、ICEもBEVもリサイクルされたポリエステル繊維によるニット素材で包まれている。それだけでなく、カタチもまったく同じに見えるのだが、そこは後の話題にしてエクステリアに戻ろう。
どちらもクーパーだから同じに見えるようにした
エクステリアのICE版とBEV版の違いは、ボンネットの開口線やヘッドランプのリングだけではない。そもそもプラットフォームが異なり、ディメンションも違う。
「ICEのプラットフォームは先代に由来する。技術的にはかなり進化したけれど、先代ベースだ。BEVは新しい電気自動車専用プラットフォームであり、ミニ・エースマンと共用する」
エースマンは22年にコンセプトカーとしてデビュー。近く量産型が正式発表されるはずで、3ドアのミニ・クーパーとファミリー向けのカントリーマンの間を埋める5ドアのBEVとなる(新型カントリーマンはBMW X1と同じプラットフォーム)。
プラットフォームが違うにもかかわらず、新型ミニ・クーパーのICE版とBEV版はとても似ている。初見では違いに気付かないほどだ。「イエス。我々はICEとBEVそれぞれに、目的に合ったアーキテクチャーを手に入れた。そしてデザイン視点での我々のゴールは、それらを同じに見えるようにすることだった」とハイルマー氏。
「プラットフォームが異なれば、デザインは違う方向に進みがちだが、どちらもミニ・クーパーだから、できるだけ似させるように対処した。トリッキーな仕事だったけどね」
全長はBEV版のほうが15mm短いが、ホイールベースは30mm長い。つまりオーバーハングが短いわけだ。「後席に座ると、ホイールベースの違いを感じてもらえると思う」とハイルマー氏と語る。
BEV版はホイールアーチ・モールも廃止
新型のBEV版はホイールアーチの黒いモールがなくなった。2001年に登場したBMW製初代ミニは、元祖ミニのパッケージングの高効率さをそれよりずっと大きなボディで表現するために、大径タイヤだけでは足らずに黒いモールを採用してオーバーハングを短く見せた。それが今日まで続いてきたのだが・・。
「電動バージョンでは、ホイールアーチ・モールを取り去ることができた」とハイルマー氏。これもシンプル化の大きな要素であることは言うまでもない。「ICEはプラットフォームが違うので、できなかったけどね」。
プラットフォームの違いが、モールを取り去るかどうかの決断を分けた。そのひとつの要因はBEV版のほうがオーバーハングが短いことだが、ハイルマー氏はさらにこう続ける。
「BEVはウインドシールドの丸みが強い。元祖ミニのように短いボンネットを実現したかったからだ」。BEV専用プラットフォームを活かしてオーバーハングもボンネットも短くできたから、モールを取り去る決断に至った。20年以上も続いてきた要素がなくなったので、「ミニらしくない」と思う人もいるかもしれないが、その場合はICE版が選択肢になるだろう。
ミニらしさを進化させるコンバイナー式HUD
なるほどコンソールはBEV版とICE版で少し違うように見えるが、ダッシュボードはどこが違うのか? 「同じに見えるようにデザインしたし、どちらもスペースを無駄にしていないことがアドバンテージだ」とハイルマー氏。「ダッシュボードの高さも違うが、お客様の80%から90%は違いに気付かないだろう」
ちなみにBEV版もICE版もコンバイナー式のヘッドアップディスプレイ=HUDを備える。BMWは視線移動を最小化できるHUDを積極的に採用してきたメーカーだが、ウインドシールドに反射させるのではなく、透明スクリーンのコンバイナーを使って虚像表示するのはミニだけだ。
先代もコンバイナー式だったが、それは「ミニの特徴として、ウインドシールド傾斜が立っているからだ」とハイルマー氏。ウインドシールドに反射させるタイプのHUDでは、反射角の関係で光源である液晶ディスプレイのレイアウトが難しい。そしてコンバイナー式を採用することで、前述の丸いウインドシールドも実現できた。曲率の強いウインドシールドで反射型のHUDを使うと、投影される虚像が歪んでしまう。
そうした条件があるなかでもHUDにこだわったのは、もちろんシンプル化のためだ。視線移動を最小化するためにドライバーの正面に情報表示するが、メーターパネルは置かない。だからセンターの円形ディスプレイの存在感が際立つ。不可欠なものだけを残して個性を強める、という『カリスマ的なシンプルさ』の神髄が、まさにここに表現されているのだ。