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100%自社製、F1のテクノロジーをロードカーに応用したエンジンとは?
90度のバンク角を持つ3.0L・V6ツインターボエンジンの「ネットゥーノ」は、2020年にデビューしたスーパースポーツカー、MC20に搭載されることで世に出た。マセラティの自社開発エンジンである。最大の特徴は、プレチャンバーイグニッション(PCI)を適用していることだ。
PCIは点火プラグの電極まわりを副室(プレチャンバー)と呼ぶ小部屋で覆った構造を持つ。圧縮行程でこの中に入った混合気(狙いどおりに入れるには高度な技術が必要)に着火すると、副室に設けられた小さな穴からジェット噴流が噴き出し、主室の混合気を瞬時に燃焼させる。電極まわりから火炎が伝播していく従来の燃焼に比べて燃焼速度は格段に速く、そのぶん燃焼エネルギーが効率良く圧力に変換されて出力アップにつながる。
厳密に言うともっと高度な技術が組み合わせられているが、F1やSUPER GT GT500クラスに投入されているレーシングエンジンにとって、PCIはスタンダードな技術だ。それをマセラティは量産車のエンジンに適用したのである。他に例はなく、画期的なことだ。
プレチャンバーをロードカーでは世界初採用。2本のプラグで弱点を克服
レーシングエンジンはレーシングエンジンで特有の課題があるのと同様、PCIを量産エンジンに適用するには特有の課題が立ちはだかる。冷間時の始動性確保やアイドリングなど、低回転低負荷で安定的に燃焼させるのが難しい。これらの課題を解決するため、ネットゥーノは副室の外、つまり主室にも点火プラグを設けた。つまり、気筒あたり2本の点火プラグを持つ。
また、幅広いレンジで出力、トルク、燃費、エミッション性能を満足させるため、ポート噴射と直噴(吸気バルブ側に配置)を併用している。ウェイストゲートは負圧式ではなく電動。下世話な言い方をすれば、大変お金のかかったエンジンである。
このネットゥーノ、マセラティの量産モデルではスーパースポーツカーのMC20に適用されたのを手始めに、SUVのグレカーレ、FR4シータークーペのグラントゥーリズモに搭載された。エンジンはクルマのキャラクターに合わせて仕様が変えられている。
MC20(試乗車は開閉ルーフを持つチェロ)はカーボンモノコックの中央部にネットゥーノを搭載する。つまりミッドシップ。写真の展示用エンジンはまさにMC20が搭載するユニットで、背が低く、横に広いのがわかるだろうか。オイル潤滑システムはドライサンプであり、右バンク脇にオイルを強制回収するスカベンジポンプを抱えている。車両ミッドに搭載するため左右方向にスペースの余裕があり、ターボチャージャーは比較的余裕のある配置。最高出力は463kW(630ps)、最大トルクは730Nmで、量産3モデルのなかでは最大のスペックを誇る。組み合わせるトランスミッションは8速DCTだ。
グラントゥーリズモは実用的な後席を備える2ドアクーペだ。ネットゥーノはフロントに縦置きに搭載し、8速ATを組み合わせる。後輪だけでなく前輪にもトルクを配分する4WDだ。最高出力361kW(490ps)、最大トルク600Nmを発生するモデナと、最高出力404 kW (550 ps)、最大トルク650Nmを発生するトロフェオがあり、試乗したのは高出力版の後者だった。
グラントゥーリズモに搭載されるネットゥーノはウエットサンプである。両脇をサスペンションタワーに挟まれる都合上、ターボチャージャーはMC20に比べるとタイトな配置。エンジンルームを覗き込むと、前車軸よりも完全に後方に搭載されているのがわかる。前方に空いた空間からステアリングギヤボックス(ZF製電動EPS)が丸見えだ(前引きである)。
グレカーレのトップグレードに位置するトロフェオのパワートレーンはグラントゥーリズモと共通で、4WDであり、8速ATとの組み合わせであり、ウエットサンプだ。MC20のネットゥーノとグラントゥーリズモ/グレカーレのネットゥーノの相違点は、後者がオンデマンドシリンダー、つまり気筒休止システムを備えていることである。低車速低負荷時など特定の条件下では右バンクの3気筒が休止し、より高効率に運転する。
ネットゥーノは力強く官能的なサウンドを奏でる
コースにはウエット部分が残っていたため、ESC(横滑り防止装置)の介入頻度が低下するコルセ(イタリア語で「レース」の意)のドライブモードは使用が禁止され、デフォルトのGTとスポーツモードのみの使用が強く推奨された。
グラントゥーリズモに乗って先導を務めるグレカーレ(全高1660mm)の後ろを走っていると、目線の低さを意識する。グラントゥーリズモ(GT)は本来、長距離ドライブに適したパフォーマンスとラグジュアリーなムードを兼ね備えた車両を意味するネーミングだ。攻めていないせいもあるだろうが、サーキットを走っているときでさえ優雅なムードを失うことはない。
ムードが一変するのは、ドライブモードを「スポーツ」に切り換えた後だ。アクティブエグゾーストバルブが開いて勇ましいサウンドが響く効果は大きく、気分が高揚する。この官能的なサウンドを手に入れるだけでも、グラントゥーリズモを手に入れる価値はあるとさえ感じた。クルマの動きはあくまでなめらかで、流れるようにコーナーをクリアしていく。ペースを上げても、本来の意味でのグラントゥーリズモらしさを失うことはない。
MC20チェロに乗り換えると、先導するグレカーレは見上げるようだ。スペック表を確認してみたら、グラントゥーリズモの全高が1410mmなのに対し、MC20チェロは1215mmしかない。約200mmも全高が違えば景色が違って当然だ。
グラントゥーリズモと同じネットゥーノを積んでいるはずなのに、MC20で味わうそれは、まるで印象が異なる。走り出した途端、思わず「おぉぉ」と感嘆の声を漏らしていた。キャビンの後ろにあるエンジンが奏でるメカノイズがダイレクトに耳に飛び込んでくるため、ネットゥーノの存在がより濃密に感じられる。アクセルペダルの動きに即応してエンジンのサウンドと加速Gがシンクロして襲ってくるのが印象的で、これはタマラナイ。
「グラントゥーリズモいいなぁ」と思ったが、MC20チェロに乗ったら、もっと良かった。スポーツモードに切り換えると、とくにサウンドの面での刺激は倍増する。トルコン+遊星歯車を用いた自動変速機構のグラントゥーリズモに対して湿式多板クラッチのDCTという動力伝達系の違いもあり、MC20はよりスポーティな味わいだ。そういう演出もしているのだろうが、操舵に対する鼻先の動きも軽く、ミッドシップスポーツを操っている幸福感に満たされる。
グレカーレに乗り換えたら、グラントゥーリズモやMC20と同じペースで周回しているにもかかわらず、さっきは楽にクリアしていたコーナーがややチャレンジングなコーナーに感じられた。もちろん、2車に対して重心が高く、車両重量が160〜280kg重い諸元のせいである。
といってヤワでは決してない。先導するグレカーレをグラントゥーリズモやMC20チェロで追いかけていたときは、「ずいぶんカッコイイ(安定した)姿勢でコーナーをクリアしていくなぁ」と惚れ惚れとした思いで眺めていた。スポーツモードに切り換えて鞭をくれたときのグレカーレの走りは、「おいおい、SUVがこんな走りしていいの?」と突っ込みを入れたくなるほどにスポーティだ。
グラントゥーリズモ、MC20、グレカーレに共通していたのは、応答性の高さである。低速コーナーからの立ち上がりでアクセルペダルを深く踏み込み、全開加速を試みた際、間髪入れずに背中を蹴飛ばすような強烈な加速態勢に入る。そしてその加速が息切れすることなく、官能的なサウンドを伴って長く続く。ネットゥーノは柔軟性が高く、力強くて、官能的なサウンドを奏でる。走りのキャラクターは違っても、そこは共通している。