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■マスキー法を初めてクリアしたシビックCVCC登場
1973(昭和48)年12月12日、ホンダは前年にデビューしたコンパクトカー「シビック」にCVCCエンジンを搭載した「シビックCVCC」を追加することを発表(発売は翌日)。ホンダが独自に開発したCVCCエンジンは、当時世界一厳しい米国排ガス規制(通称、マスキー法)を世界に先駆けてクリアした低排ガスエンジンである。
世界戦略車としてデビューしたシビック
1972年にデビューした初代シビックは、“俊敏なベイシックカー、世界の街にスタート!”のキャッチコピーで、世界市場に進出することを前提にしたコンパクトカーである。
車高が低い台形のベーシックな2ドアファストバックスタイルながら、ホイールベースを長くして室内空間を確保した合理的なパッケージングを採用。発売当初のパワートレインは、60psを発生する1.2L直4 SOHCエンジンと4速MTの組み合わせ、駆動方式はエンジン横置きFFレイアウトを採用。
特にハイパワーエンジンではないが、車重が600kgと軽量なので低燃費と小気味よい走りの両立を実現。車両価格は、スタンダードが42.5万円、ハイデラックスが49.5万円と手頃な価格で人気を獲得、好調な販売で滑り出した。
ホンダCVCCエンジンを有名した米国マスキー法
米国大気浄化法改正案は、米国のエドマンド・マスキー上院議員が提案したことから、通称“マスキー法”と呼ばれ、1970年に両議院で可決され、その年の12月31にニクソン大統領の署名で制定された。
その内容は、1975年以降に製造される自動車の排ガス(NOx、HC、CO)を、1970年~1971年基準の90%以上減少させるというもの。世界一の自動車市場である米国に進出するためには、この厳しい規制をクリアする必要があり、自動車メーカーは排ガス低減対策の開発を急いだ。
しかし、そのハードルは高く規制適合は困難とされた中、ホンダは独自に開発したCVCCエンジンによって世界で初めてマスキー法をクリアするという偉業を成し遂げたのだ。
驚異的な低排ガスを実現したCVCC
1972年10月に、ホンダは新開発の低排ガスCVCCエンジンを公に発表した。CVCC(Compound Vortex Controlled Combustion:複合過流調整燃焼)エンジンは、副室付燃焼室で希薄燃焼を実現した画期的なエンジンだった。
CVCCでは、副室で点火着火した火炎がトーチノズルを通して主燃焼室に噴流となって噴出、これにより主燃焼室に強い渦流が起こり、全体として希薄な混合気でも安定した燃焼が成立し、有害成分のNOx、HC、COを低減できるのだ。触媒などの特別な浄化装置は不要で、エンジンのシリンダーヘッドの交換のみで対応できることも大きなメリットである。
ホンダは、その年の12月に米国EPA(環境保護庁)による立ち合い試験を受けて、晴れてマスキー法適合車第1号の称号を獲得したのだ
躍進したCVCCエンジンとホンダ
そして、翌1973年12月のこの日、排気量を1.5Lに拡大したシビックCVCCモデルがデビューを果たした。車両価格はスタンダードが59.5万円、デビュー時の1.2Lシビックが42.5万だったので、17万円ほど高額である。当時の大卒初任給は5.6万円程度(現在は約23万円)だったので、シビックCVCCは単純計算では現在の価値で224万に相当する。
大排気量の大型車が当たり前の米国に1973年に進出、コンパクトカーが受け入れられるかは未知数だったが、シビックは、世界一クリーンで燃費は一般的な米国車の半分程度という強みで、日米でたちまち人気モデルとなった。
ちなみに、マスキー法は米国ビッグ3(GM、フォード、クライスラー)などの自動車メーカーから実現困難と主張され、施行について紛糾。内容の修正が続き、1973年には実質的な廃案に追い込まれた。メーカーの大反対に加え、1973年に起こったオイルショックが規制廃止の追い風になったのだ。
一方の日本では、廃案同然となったマスキー法と同レベルの排ガス規制を段階的に導入。1978年には、マスキー法と同レベルの“昭和53年規制”を施行。日本の各メーカーは、ホンダのCVCCエンジンに続いて独自の技術開発によってこの規制をクリアして、日本の技術の高さを実証した。
結果として、マスキー法が燃費の良いクリーンな日本のコンパクトカーが米国で大躍進するキッカケとなったのだ。
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ホンダは、1960年代にはスーパーカブの世界的なヒットやロードレースでの活躍で2輪車としてブランドを確立していた。一方4輪車については、シビックの成功によって先進的な4輪自動車メーカーというブランドイメージも築き上げることに成功したのだ。
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