「近SAM(キンサム)」は、防空・迎撃を行なう地上勢力には陣地や拠点を守る最終防衛線
陸上自衛隊が装備する「93式近距離地対空誘導弾」は、低空を飛ぶ目標の撃墜を行なう地対空誘導弾、いわゆるミサイルだ。1993年(平成5年)に初年度調達を行い制式化、実用化を始めたことから「93式~」と名付けられた。部内での通称は「近SAM(キンサム)」。「近」は名称の近距離の頭文字で、SAMは「Surface-to-Air Missile」の略で、地対空ミサイルの意味になる。
この近SAMの実弾射撃訓練を取材した。場所は青森県下北半島、太平洋に面した六ヶ所対空射撃場だ。目標となる標的機を飛行させ、これを撃墜するのである。実射訓練の概要と撃墜のようすは次のとおりだ。
まず海岸近くに近SAMを前進させ射撃陣地を作る。車両にはネットなどで偽装が施され、射撃準備が整う。すると、陣地から数キロ先の正面海上、高度数百メートルの空中に2つの小さな輝点が現れた。輝点は標的機の両翼に装着されたサーチライトが点灯したものだった。目標は海上からこちらへ突っ込んでくるわけだ。
近SAM発射班の班長はヘルメットに着けた専用ゴーグル越しに目標を視認した。
すぐさま、ロックオンと発射を行なう発射手に対してミサイル発射を指示する。
発射手はごく短時間に目標の評定とミサイルの導通など活性化を行なうと、力強い発射の号令とともに発射ボタンを押した。
高機動車に積載されたキャニスターから発射されたミサイルは白煙を曳きながらグングン上昇する。そして山なりに緩やかな弾道を描きながら、推進炎の光が遠ざかる。
発射から数秒後、遠方の海上の雲間に爆発炎が赤く大きく煌めいた。
やや遅れて、射撃場全体に野太い爆発音が轟いた。命中である。
射撃目標のRCAT(模型低速標的機)の全長は約4mだ。飛行中は大空に溶け込み、肉眼では簡単に見失ってしまう「点」のような大きさでしかない。この標的機に近SAMのミサイルは正面から突進し、直撃している。この性能には驚いた。
近SAMは、93年の配備開始から現在までに約110セットを調達、全国の陸上自衛隊師団・旅団の高射特科大隊や高射特科隊に配備されている。配備先の陸自の特科(トッカ)という戦闘職種の部隊は、いわゆる大砲(野砲)を運用する「野戦特科」と、近SAMのような誘導弾を運用する「高射特科」からなる。
本装備は視程内防空の要、つまり肉眼などで見える範囲の防空装備として重視されるものだ。搭載されている国産の小型対空ミサイルは、赤外線と可視光画像による追尾方式を採用し、非常に高い命中精度を誇る。そして、ミサイル発射機を高機動車に搭載しているのが近SAMの最大特徴だ。機動性がよく、展開や撤収も素早く行なえるフットワークの良い装備で、味方の陣地や軍事施設、原発など重要防御拠点の近距離即応防御に向いている。
地対空ミサイルSAMとは、近現代の戦争映画の、とくに航空作戦を描いたシーンで登場する。それは、敵地を低空飛行中の戦闘機などのコックピット内で警報が鳴り、パイロットなどが「SAM!」と叫びながら緊急回避を行なう緊迫した場面である。あのとき、地上から放たれ、白煙を曳きながら急速接近するミサイルが地対空ミサイルだ。対地攻撃などを行なう航空機にとっては大きな脅威である一方、防空・迎撃を行なう地上勢力には陣地や拠点を守る最終防衛線、ゴールキーパーのような存在の兵器なのだ。
SAMは、携帯対空ミサイルや肩撃ち式対空ミサイルとも呼ばれる。歩兵が持ち運べ、肩に担いで構えて発射する。敵機に対して即応反撃できる便利な火力だ。各国軍で昔からさまざまなタイプが開発運用されてきているが、旧世代の小型対空ミサイルは赤外線センサーのみの追尾方式で、航空機の排気熱を感知するため狙いを定めるのは目標航空機の後方のみに限定される。航空機の防御装置であるフレア(自己発火する火工品)などに欺瞞妨害されることも多く、命中させられないことも多かったそうだ。しかし、近SAMは赤外線に加えて目標のイメージ映像を記憶して追尾する方式なので逃げ切ることは難しいという。