ご存知のようにヘリコプターは垂直に離発着でき、空中で静止すること(ホバリング)ができる。この利点を生かし、人員や装備、物資を空中輸送して状況を進める手法を「ヘリボーン(Heliborne)」という。「ヘリボン」とも発音されることもある。言葉は「エアボーン(Airborne)」に由来するようで、意味は航空機を使って人員や物資を長距離輸送したり、相手の背後に部隊を展開させたりすることなどを指す。
具体的には落下傘を装備した人員が輸送機から降下して行なう急襲的な作戦を表すことが多いように思う。そしてヘリボーンは文字どおりこれをヘリコプターでやることを指している。ヘリで運んだ人員を降ろしてスピーディな作戦を展開することだ。空輸展開としての歴史は古く、第一次世界大戦の1910年代にはエアボーンの具体的な手法の研究が行なわれ試行されていたという。
ヘリボーンのイメージは各種の戦争映画に見られる。有名なものでは「地獄の黙示録」や「ブラックホークダウン」などだろうか。前者はベトナム戦争当時の米軍の作戦内容を描いたシーンで、海上から侵入した米軍ヘリが沿岸地域を急襲するもの。大音量で音楽を鳴らし地上を攻撃、地域を制圧した。ヘリで急襲し圧倒するさまを描いている。後者は内戦のソマリア市街地へUH-60ブラックホークヘリなどで侵攻したシーンで、人員をロープで降下させているとき、地上からの攻撃を避けようとしたさい、降下中の人員が落下してしまう。結果的に降下制圧作戦中に複数のUH-60ヘリが墜落してしまう。ヘリボーン手法の弱点部分を描いている。これら2本の映画からヘリボーンの利点や不利な部分を理解することができる。
ヘリボーンは素早く行なうことが重要だ。着陸する場合も短時間に人員や物資を降ろして迅速に離陸したい。ならばホバリングしながらロープ等を伝って人員を降ろせば着陸するよりも早い(というより降着地点の状況に影響を受ける部分を抑えられる)。そこで編み出されたのが「リペリング」(ラペリングとも発音される)という降下手法だ。
リペリング降下はホバリング中のヘリからロープを下ろし、人員は降下ハーネス等に接続したカラビナや降下器具にロープを絡め、降下速度等を調節しながら地上へ降りる方法だ。一人あたり一本のロープを使い、複数本のロープを使えば同時複数の降下が行なえる。
さらに高速性と大量降下を狙ったのが「ファストロープ降下」などと呼ばれる手法で、太いロープを伝い、手足の摩擦力のみで制御して降下する手法だ。一本のロープを順次複数の人員が伝って降りることで、ごく短時間に大量の人員を降ろすことができる。映画「ブラックホークダウン」ではこれが描かれていた。
そもそもヘリで空輸した人員や物資等を陸上へ降ろす、または揚収するには着陸したり、落下傘で降下・投下させたり、ウインチの一種であるホイスト装置を使ったりと、状況に合わせていくつかの手法が取られる。リペリング/ファストロープ降下は積んだものを降ろす手法の中でスピーディさを求めた結果トンがったものになった。垂直離発着やホバリングが可能なヘリの特性を利用し、状況により使い分けることでヘリボーンは発展し、その利点を追求することができるようになったと思われる。
自衛隊もヘリボーンを駆使し、人員や物資の輸送、空中投下などによる空陸一体の展開手法を積み重ねてきている。陸上自衛隊では主に普通科(歩兵部隊)を空輸する、火砲や車両等もヘリで運び戦力を増勢投入する方法は定番手法だ。陸自唯一の落下傘部隊「第1空挺団」はエアボーン/ヘリボーンが必須でもある。救難・レスキュー面を見れば前回ご紹介したとおり、捜索と救助にヘリの特性がマッチする。なかでも航空自衛隊の救難隊は海上や山岳地での捜索・降下・救助等にハイレベルで対応している部隊だ。
応用面を見れば消火活動もある。巨大なバケツを吊り下げ海や湖などから水を汲み、火事現場まで運び、投下する。山林火災等の消火活動に出張るのは自衛隊ではパワーのあるCH-47J/JAヘリが派遣されることが多い。また消防の消火ヘリなどと呼ばれる機体には放水装置と貯水タンクを内蔵するヘリもある。東京消防庁航空隊には消火装置を装備した大型ヘリがあって、高層ビル火災の空中消火にも対応できるという。こうした運用もヘリの飛行特性があればこそだ。
ヘリを使い、リペリング降下による救助方法を究めているのが海上保安庁特殊救難隊だと思う。海難事故に対応する救助専門集団で、東京・羽田空港に基地を置く。同じく羽田に置かれた同航空隊と協働することで全国展開する。
特殊救難隊のリペリング降下は独特だ。前進するヘリから目標点へ向け降りてゆく「スライドリペリング降下」という手法を確立し磨き上げている。これは海難という状況下での被災船や災害現場の特性に合わせ編み出されたもの。海に浮かぶ船は常時揺れており、そして気象海象状況の悪い時に事故は起きることが多い。つまり強風や波浪の大きい環境で揺れる船や事故現場の海へ、定点保持の難しくなったヘリから降下する必要があるわけだ。目標地点へ風向きなども考慮しながらジリジリと前進するヘリから降下しはじめ、降下速度などを調整しながらも高速で目標地点へ降りる。変化し続ける風浪の合間、ごく短時間にワンチャンスを生かした降下手法といえる。降下手法の研究発展や、ロープや専用降下器、救助資器材の開発なども欠かさない集団だ。