アルカナに搭載されるハイブリッドシステム“E-TECH”のメカニズムについてルノーのエンジニアから説明を受けているとき、これがなんのために開発され、どのように機能するのか、私にはまるで理解できなかった。それでも、やがて排気量1.6ℓの自然吸気4気筒エンジン、ふたつの電気モーター、エンジンと電気モーターを変速するためのギヤボックスなどで構成されていることがおぼろげながらわかってきたが、最後まで飲み込めなかったのが「どんな効果を狙ったものなのか?」という点にあった。
それが一気に氷解されたのは、「E-TECHは小型ディーゼルエンジンの代替パワープラントとして誕生した」というひと言を聞いたときのことである。
2000年代初頭まで、フランスを筆頭とする南ヨーロッパではディーゼル・エンジンを搭載したコンパクトカーが庶民の足として大いにもてはやされていた。最新のターボディーゼルエンジンは低速域で力強いだけでなく、高速道路でのロングクルージングでも優れた省燃費性を発揮するため、経済性を重視する層から絶大な人気を博していたのだ。
ところが2011年以降、ヨーロッパにおけるディーゼルモデルのシェアは徐々に減少していく。これは排ガス規制の強化により高価な排ガス後処理装置が必要となった結果、コンパクトクラスではコスト的に釣り合いが取れなくなり、各メーカーのラインナップからコンパクトなディーゼルモデルが姿を消していったことが最大の要因だった。
もっとも、市場からコンパクトなディーゼルモデルが消えたからといって、「街中で乗りやすく、高速道路でも燃費のいい」コンパクトカーへの需要までなくなったわけではない。それどころか、その後の燃料価格の高騰を考えれば、需要はむしろ高まったと捉えるほうが正しいはずだ。
ルノーのエンジニアたちは、こうした状況をなんとかして打破したいと考えていたのだろう。当時、優れた省燃費性で次第に市場を次第に拡大していったのがハイブリッドシステムだったが、一般的なパラレル式ハイブリッドは重く大きい上に高価で、コンパクトカーに適用してもメリットは小さかった。一方でコンパクトカーにも採用例が増えてきたシリアル式ハイブリッドは低速域では優れた省燃費性を発揮するものの、高速域での燃費改善効果は薄い。「かつてのコンパクトディーゼルのように、小型車にも搭載できて高速域でも省燃費効果が高いハイブリッドシステムを生み出せないだろうか?」 ルノーのエンジニアたちがそう考えたのは、したがってごく自然なことだったといえる。
まず、基本となるパワープラントには前述のとおり排気量1.6ℓの自然吸気4気筒エンジンをチョイス。これは、コンパクトカーへの搭載が容易なことに加え、高速道路をクルージングするような状況でも高い熱効率を達成するために選ばれたと考えられる。
このエンジンの効率をさらに高めるために組み合わされたのが4段ギアボックスである。流行の多段ギアボックスを選択しなかったのは小型軽量であることを重視したほか、ハイブリッドシステムの搭載が前提となるため、多段ギアボックスでなくても十分なドライバビリティと熱効率を実現できると判断されたからだろう。
ハイブリッドシステムだから駆動用電気モーターは必要不可欠だが、そのサイズをコンパクトにするために駆り出されたのが、EVやシリアル式ハイブリッドでは珍しい2段ギアボックスだった。このおかげで、コンパクトカーのエンジンルームへの搭載が可能になったといっても過言ではない。
普通のエンジニアであれば、エンジンとモーターの間に摩擦式クラッチを搭載し、モーターだけで走行するときはエンジンを切り離して効率改善を図ったはず。しかし摩擦式クラッチはサイズが大きく、ダイレクト感を削ぐ恐れがある。そこでルノーのエンジニアたちが思いついたのが、摩擦式クラッチに代えてドグクラッチを組み合わせることだった。
レーシングカーにも広く用いられているドグクラッチは、メカニズムがシンプルでコンパクトな上に、実質的に歯車同士が噛み合うのと同じ形となるためにダイレクト感が強く、スポーティな走りを演出できる。一方で、その弱点はクラッチを断続する際に大きなショックを発生させてしまうこと。駆動力を金属部品の噛み合いによって伝達するので当然といえば当然のことだが、一般的な乗用車でこれを許容するわけにはいかないだろう。
この問題を解決するのが、メインの駆動用モーター(49ps/205Nm)とともに搭載されたHSG(20ps/50Nm )だった。HSGはスタータージェネレーターとして用いられるほか、エンジン出力軸の回転数を制御するにも活用される。すなわち、ドグクラッチで駆動用モーターとエンジンを連結する前に、HSGによってエンジンの回転数を駆動用モーターと同調させることにより、ドグクラッチ締結時にショックを発生させないようにしたのだ。これこそコペルニクス的な逆転の発想であり、E-TECHを実現するうえで必要不可欠なアイデアだったといえる。
そんなE-TECHを搭載したアルカナを走らせると、どんな感触なのか。ここでは駆動系の印象を中心とするインプレッションをお届けすることにしよう。
まず、プッシュスイッチを押してシステムを立ち上げてもエンジンは始動しない。この辺は既存のストロングハイブリッドやEVなどと同じ。Dレンジを選んでスロットルペダルを踏み込んでもエンジンはかからず、モーターの力でアルカナはするすると走り始める。もちろん、このときキャビンは静寂に包まれたまま。発進時の身のこなしも実にスムーズで心地いい。
市街地を走行するイメージでそのままスロットルペダルを踏み込んでいっても、40km/h前後までエンジンがかかることはない。やがて車速が50km/hに迫ろうかとしたところで、ようやくエンジンが始動した。ただし、前述したHSGの見事な働きにより、エンジン始動時のショックは皆無。こうして、モーターからエンジンへのバトンタッチはスムーズに完了したのである。
もっとも、エンジンが始動してからもアルカナの車内は静かなまま。とてもCセグメントとは思えない静粛性である。ハイブリッドモデルであるがゆえに、遮音は入念に行なわれたようだ。
そこからさらに加速していっても、アルカナは必要にして十分な動力性能を発揮しれくれた。およそ1.5tの車重に対して148Nmの最大大トルクが確保されているのだから、遅くて仕方がないということはもちろんない。それどころか、必要に応じて205Nmの駆動モーターが随時アシストしてくれるので、ドライバビリティは文句なしに優れている。同じ理由により4段ギアボックスで予想される弱点もまるで看取できなかった。この日は限られた環境のなかでの試乗となったが、それでも特設コースでのパイロンスラロームなどを含め、E-TECHの完成度に不満を覚えることは一度もなかった。
肝心の高速燃費に関して今回は計測できなかったものの、高速巡航時にはスターター・ジェネレーターで積極的に発電を行なうことでエンジン負荷を高めてポンピングロスを低減するとともに、バッテリーが一定レベルまで充電されればエンジンを停止してモーター駆動にすることで、純粋な1.6ℓ自然吸気エンジンを上回る熱効率を達成していると予想される。その意味では、ルノーのエンジニアたちが目指した「小型ディーゼルエンジンの代替パワープラント」という目標は、かなりのレベルで実現されたと見ていいはずだ。
フランス本国ではPHV仕様も登場済みのE-TECH。コンパクトカーの高速燃費を改善するテクノロジーのひとつとして、多くのユーザーから選ばれることになりそうだ。
■ルノー アルカナ R.S.LINE E-TECH HYBRID 全長×全幅×全高:4570×1820×1580mm ホイールベース:2720mm 車両重量:1470kg エンジン形式:直列4気筒DOHC 排気量:1597cc ボア×ストローク:78.0×83.6mm 最高出力:69kW(94ps)/5600rpm 最大トルク:148Nm/3600rpm メインモーター形式:交流同期電動機 メインモーター最高出力:36kW(49ps)/1677-6000rpm メインモーター最大トルク:205Nm/200-1677rpm サブモーター形式:交流同期電動機 サブモーター最高出力:15kW(20ps)/2865-10000rpm サブモーター最大トルク:50Nm/200-2865rpm 電力用主電池:リチウムイオン トランスミッション:4速AT(内燃機)/2速(電動機) 駆動方式:FF(前輪駆動) 指定燃料:無鉛プレミアム 燃料タンク容量:50ℓ WLTCモード燃費 コンバインド:22.8km/ℓ 市街地モード:19.6km/ℓ 郊外モード:24.1km/ℓ 高速道路モード:23.5km/ℓ サスペンション形式:ⒻマクファーソンⓇトーションビーム ブレーキ:ⒻベンチレーテッドディスクⓇディスク タイヤサイズ:215/55R18 車両価格:429万円