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今回から数回に渡り、昨年末に開催されたホンダアクセスによる福祉車両試乗会の模様を紹介していきます。
ホンダアクセスによる福祉車両試乗会での試乗レポート。その第1回は下肢だけで運転操作ができる「Honda・フランツシステム(以下、フランツシステム)」。このシステムは、両上肢(手や腕)の不自由なドライバーが両下肢だけで運転操作できる運転補助装置。どんな装備が追加され、そしてその運転フィールはいかほどのものか、リポートします。
現在50代以上の年齢の読者なら、下肢だけで運転するといえば、1981年の映画「典子は、今」に主演したのんちゃんこと辻典子(現姓、白井)さんが、その放映の数年後に自動車を運転するシーンが報道されたのを憶えている人がいるかもしれません。
じつはあのときが、日本で初めて下肢のみでの運転に対して運転免許が発行された歴史的なとき。
そしてその傍らにあったのが、このフランツシステムを装着した2代目ホンダ・シビックだったのです(その開発経緯については、ホンダのWEBサイト内にコラムがあるので関連記事として文末にリンクを掲示します)。
それから約40年、ホンダは欠かすことなく、フランツシステム装着車を継続してそのラインアップに加えています。
今回、そのフランツシステム装着車に試乗しました。
試乗車は、登場したばかりのHonda FIT e:HEV。
なにしろ、このフランツシステム装着車は、運転のすべて、車内環境をコントロールすることのすべてを下肢で操作します。
そもそも、まずエンジン始動はどうするのか? Dレンジへのシフトチェンジは? ウインカーレバーはどうするの?
いろいろな疑問がわきますが、そのあたりも含めて細かい動作は操作しつつ画像で説明しつつ、お伝えしていくことにして、さっそく試乗してみることにします。
ひとつひとつが驚きがあるような書き方をしてしまいますが、下肢ですべてをこなすドライバーにしてみれば、それが日常です。
たぶん「当たり前じゃん」と言われることですが、そのあたりはご容赦いただきたいということで、それではレッツゴー。
ドアを開けるのがツライ
ひと通りのレクチャーを受けたあと、試乗車の前に案内されます。
ココは自動車教習所の教習コース。
走行しているクルマも、試乗会のスタッフでコントロールされているので、安心です。
はじめて運転するフランツシステムに対面した私以外……。
「まずは脚でドアノブを引いてドアを開けて下さい」
ああ、そうですよね。
手は使わない。
あのN-BOXやフリードやステップワゴンの「足払いでドアオープンするシステム」ハンズフリースライドドアが欲しいです。
オデッセイのジェスチャーコントロール・パワースライドドアではなく……。
すみません。
なんとか開けることはできましたが、閉める動作は叶いませんでした。
ドアを開けると、シートベルトがドアについてくる。
これは北米仕様車で昔装着されていたパッシブシートベルトと同じ。
着座してドアを閉めると自動的にシートベルトをした状態になるもの。
この装備、オプションとなっています。
下肢で閉められるドライバーもいらっしゃいますので。
そして、運転席周り、おもに膝下を見回すと、そこには……
・見慣れたステアリングホイール
・左足用の靴がついたステアリングペダル
・その横に並び、ワイパーやウインカー、ハザードなどのアイコンのついたスイッチボタンが並ぶ縦長の箱
・おおよそセンター寄りにブレーキペダル
・並んで、アクセルペダル
・その後方若干ドア寄りフットレストのようなシフトペダル
などが並んでいます。
当たり前だけれど、全部下肢で動かします。
翻って、一般的な自動車の運転操作を考えると、オートマチック車ならばアクセルとブレーキ、それに足踏み式ならパーキングブレーキの操作くらいが、下肢が担ってきた操作。
それ以外は、上肢の動作で行ってきたわけなので、そのすべてが足のそばに配されているということに。
こなた左足が担当するのはステアリングワークのみ
にもかかわらず、左足が担当するのはステアリングワークのみ。
ちょっと大きなサイクルセンターや交通公園などにあった子供用の足漕ぎカート、そのペダルを思い出してください。
そして、その足漕ぎカートのギアボックスから左足用のクランク&ペダルだけが生えているところを想像してください。
そのペダルを回すとクルマが前後進するのではなく、ステアリングが左右に切れるという寸法です。
このクランクを助手席側ドアを開けて正面から見る。
そして左に回せば、ステアリングが左に切れる、右に回せば右に切れる。
そうそう、そういうことです。
実際の右足の回転方向としては、自転車や足漕ぎカートで前に進むために漕ぐ方向が左への転舵。
かかと側、後ろに回す方向が右への転舵となります。
この動作は、ペダルを引き上げる動作が入るので、確実に操作するためにペダルに固定された靴を履いて行ないます。
かなた右足はダンスのステップを踏むかのよう
言ってみれば、連続的に動作が必要なステアリング操作を担う左足は、ひたすらその任務を果たし続けると。
いっぽうで必然的に、右足は多くの作業を担当することになります。
走り出しまでの操作を上げれば……
・ブレーキペダルを固定する
・エンジンスタータースイッチを押してエンジンをかける
・シフトレバーを動かしてDレンジにする
・ウインカーを出す(このあたりはタイミングで前後しますね)
・固定したブレーキペダルを解除しつつブレーキを踏む
・アクセルを踏む
・ウインカーを戻す
ブレーキペダルを固定するというのは聞き慣れない操作ですが、ブレーキペダルの上部にロックペダルが付いていて、一緒に踏み込むとブレーキペダルが踏み込まれた状態で固定される仕組みです。
古くからあるパーキングブレーキが後輪ブレーキと一体のクルマでかつ、ブレーキレバーが付いたクルマで、ブレーキレバーを引いた状態のようなものですね。
これでDレンジなどにシフトが入っているときでも、クルマが動き出さないようになります。
右足の指先でプッシュスタートボタンを押せ!
今クルマは、Pレンジで、ブレーキがかかっている状態。
まあAT乗りの皆さんならば、いつもの状態ですね。
ここで、エンジンスタートボタンを押します。
試乗車はステアリングにちょっと隠れたダッシュボード上、ノーマルと同じ位置にありました。
そう、そこをプッシュです。
靴を脱いで膝を折り曲げて、足の親指でプッシュです。
エンジンがかかりました。
なかなかの大勢ですがクリアです。
ドアを閉めるよりはカンタンかもしれません。
次はPレンジからDレンジへシフトチェンジ。
サイドシル近く、シート直下にある足用シフトペダル(オプション)を操作して希望のシフトポジションにシフトを入れます。
右にペダルを押すとロックが解除され、シーソー型のペダルを上下することでシフトが変わります。
動作にシンクロして、シフトレバーも動きます。
ここまでブレーキロックが効いている状態です
シフトをDレンジに入れたら、右足をブレーキペダルに戻し、ブレーキペダルだけを踏み込むとブレーキロックが解除されます。
これでクルマはクリープ走行し始め、アクセルを踏み込めば加速していくという状態に。
タイミングをみてウインカースイッチを押して戻すという感じですね。
ちなみにウインカースイッチは、右ドア奥のパネルに右ウインカースイッチが、足用コンビネーションスイッチパネル側面に左用があり、靴のサイドを使ってプッシュするという感じです。
そしてオートでストップしないので、もう一度押します。
あとはドライブルートに応じて、アクセル・ブレーキ・ウインカーなどを適宜右足で操作し続けることになります。
走り出してしまえば、アクセルペダルから少し足を離してウインカーを操作するという隙はありますし、このクルマの操作に慣れれば、スイッチを押してペダルに戻るくらいは息をするようにできそうです。
それでも、ペダルから足を離して操作しなくてはならないスイッチがあるので、ブレーキペダルを踏んでいなければならないシチュエーションで、ミッションクリアするためにロック機構がある、という感じでした。
その段取り、順番が飲み込めるまではすこし手間取りそうです。
いっぽうの左足はというと……
右足がいつもよりせわしなく様々な操作をクリアしていく中、左足はひたすら操舵を続けています。
この操舵、ステアリングについて、舵を入れていても走行していると直進状態に戻るセルフステアリングのような機構がないので、舵を入れた分は、戻す必要があります。
左コーナーならば、コーナー入り口で切り始めにゆるく舵を当て、その後コーナーのRに沿って深く切り増し、その後戻していくという操作をします。
これを足でやると、自転車を漕ぐ方向にペダルを回していき、そして反対方向に巻き戻していくような動作になります。
当初舵角と足の回転のシンクロ率がわからず戸惑いましたが、試乗車は1対1のようで、上肢での操作で回さなければならないときは下肢でもぐるぐると回すことになります。
上肢でのステアリング操作で、持ち替えがあるくらいの交差点の左折で、ペダルをぐるっと回してこないとならないので、少し大変に感じました。
でも、これも慣れの部分かと思います。
最初は「少し回したらステアリングは大きく切れてくれるといいのに」という気がしていましたが、慣れてくると初動で大きな舵角があると過敏になることもあるかもしれないと思うに至り、コレでいいのだと思うようになりました。横Gがかかった状態で保舵して旋回しつつ、段差超えで身体が揺すられる局面などで、下肢が振れてしまい、それが大きく舵角に反映されると危険かもしれない……など。
とまれ、ホンダといえばの、ステアリング機構VGS(Variable Gear ratio Steering:車速応動可変ギアレシオステアリング)があってもいいのかもしれません。
そんなこんなで教習所のコースを数周してみましたが、最後は慣れてきて余裕が出てきました。
普段と異なるインタフェースで、運転するという状況だったので慣れないからやりにくいということを感じたわけで、もともとこのインターフェースで運転しなさいと言われれば、理にかなったレイアウトなのだとわかりました。
自動運転レベル2の車線維持とACCがついている!
ところで今回の試乗車は、右膝のあたりにスイッチのセットがあります。
これはHonda SENSINGのスイッチ。渋滞追従機能付アダプティブクルーズコントロール(ACC)、車線維持支援システム(LKAS)のもの。高速道路での走行時に使用ができます。こういった装置によるドライバーの負担軽減の恩恵は、誰もが享受できるとありがたいものなので、装備されているとうれしいものですね。
新型フィットシリーズのフランツシステム装着車について、取材した2021年6月3日に発表、11月4日に発売開始となったのですが、取材した2021年の年末時点ですでに2桁の問い合わせが入っていたそうです。職場への通勤の足にという需要もあり、なくてはならない1台となっていることがわかります。
最初の1台が登録されてから約40年。運転する本人だけでなく、その家族や友人、仕事仲間、多くの人々の生活を支えてきたフランツシステム。今後もさまざまな人々のカーライフ、そしてその先にある生活に彩りを与えていくことでしょう。
なお、このフランツシステムを装備した教習用レンタカーをホンダで用意しており、必要があれば貸し出しができる準備があるそうです。
素晴らしい。
そしてもうひとつ、ブレーキをロックし、シフトをPレンジに入れ、つま先でボタンを押してエンジンを切るところまではできたのですが、最後に室内側のドアノブを足で開けることができませんでした。またチャレンジしたいです。