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先代ノートe-POWERの大ヒットで「デザインってなんだろう思った」
日産自動車は2016年11月に、発電用エンジンとモーターを組み合わせたe-POWER(イーパワー)搭載モデルをノートに追加した。ノート自体は12年9月から販売されていたが、e-POWERの追加によって息を吹き返し、16年11月の新車販売台数ランキング(軽自動車を含む)では1位を獲得。17年3月には歴代ノートを含めて過去最高となる2万4383台を販売し、16年度下期は8万3311台を販売してコンパクトセグメント(排気量1600cc以下)の1位を記録した。
この動きを複雑な思いで眺めていたのはデザイナーたちだった。ある日産のデザイナーは、「デザインってなんだろう思った」と正直な気持ちを吐露した。デビューから4年が経過していたノートが突然売れ出したのは、デザインの効果とは考えづらく、100%モーターで走るe-POWERの効果と分析するのが妥当だったからだ。
しかし、デザイナーたちは腐るどころか、悔しさをばねに奮起した。e-POWER専用モデルとなる新型ノートでは、中身の進化にふさわしい新しさを表現しようとした。e-POWERが搭載される前のノートはいってみればガラケー。第2世代e-POWERを搭載する新型ノートはスマホ。それくらい進化の幅は大きい。そう捉えてモチベーションを高め、デザインに取り組んだという。
新型ノートが発表されたのは20年11月(発売は12月)だった。21年6月には、上質さにこだわったノート・オーラが発表された(発売は8月)。基準車となるオーラのデザインが先にまとまり、それをベースに化粧直ししたのがオーラかというとそうではなく、2台のデザインは同時並行だったという。しかも、すぐ近くで新型クロスオーバーEV(電気自動車)のアリア(21年6月発表)のデザイン作業が進んでいた。オーラのチーフデザイナーを務める村林和展さんは次のように説明する。
「ノートとオーラに関しては、かなりアリアのプロジェクトが引っ張ってくれました。アリアは次のEVのシンボルだという意気込みでデザインに取り組んでいました。最初から現在の形があったわけではなく、どう見てもお褒めいただけるようなものではない過程も経て最終形に至っています。その過程が我々のプロジェクトにも波及したと感じています」
確かに、アリアとノート、オーラはデザインに共通性を感じる。好印象を抱くのは筆者に限らないだろう。と同時に、「なぜ、日産のデザインは突然よくなった?」という疑問も湧く。その疑問を村林さんにぶつけてみると……
「新しいZを発表しました(21年8月)が、このクルマからも感じられるように、『一度過去を振り返ってみよう』という動きが社内でありました。今までもそういう振り返りはあったのですが、今回はそれが顕著にあり、やっぱりDNAって大事だね、という話になりました。その代表例がZです。黄色いZ32はシンプルで良かったねと」
アリアは真っさらの新型車なので、フェアレディZのように過去のモデルからDNAを受け継ぐわけにはいかない。では、どのDNAを受け継いだかといえば、東京モーターショーに出展されたショーカーだ。村林さんは初代セフィーロのベースになったARC-X(87年)や、アーバン・スモールカーのコンセプトを掲げたBOGA(89年)を引き合いに出した。
“タイムレス・ジャパニーズ・フューチャリズム”?
「まさに今、クルマ業界全体がシンプルでクリーンな方向に向かっているところですが、オレたち80年代にやっていたじゃないかと、改めて気づかされました。インテリアではモダンリビングと言っていたティアナ(03年)もいいし、キューブ(02年:2代目)もいい。オレたち、いいのを持っていると。そこから抽出した結果がアリアで、ノートやオーラに降りてきた。『日産良くなったね』と言われるのは、このあたりが一番大きなベースになっていると思います」
もちろん、過去の引用だけで新しさを表現できるわけではない。現代の日産らしいシンプルさや、クリーンだと感じさせるポイントはどこにあるのだろうか。
「当時はあまり意識していなかった日本的な美意識みたいなものを、今の世代ではより意識しています。“タイムレス・ジャパニーズ・フューチャリズム”と表現していますが、ぶっちゃけて言えば、日本人ってシンプルなものに対する美意識があるよねと。その観点でものづくりをシンプルにしようと。もともとクルマは欧州から来たものですが、我々の美意識でやろうと。欧州車はクルマをスカルプチャー(彫刻)として作り、後からパーティングラインを入れる感じです。我々はパーティングラインがあることを前提にし、シンプルに作っています。日本の建築を見ると、和紙と木枠でできた障子など、ひとつひとつのエレメントはしっかり作り込まれていますが、全体がそろったときにシンプルで締まっている。そんな感じでクルマができたらいいよね、という思いです」
“モダンリビング”のティアナと同様、木目調パネルを採用したのがオーラの特徴だ。その木目調パネル、通常は4工程程度で仕上げるが、オーラの木目パネルは15工程を費やして仕上げているという。担当したデザイナーが説明する。
「私はティアナも担当していました。オーラではそのときの気分をできるだけ出したいと思いました。木目についてはセグメントが下がってくると、高級車とは違った木目が合うようになり、ホームインテリア寄りになる。どのあたりを使うのがオーラにふさわしいか議論した末、ホームインテリア寄りではあるのですが、それよりも高級な方向にチャレンジしました。触感にもこだわっており、フイルムに凹凸を付ける技術をうまく使って手触りの良さを出しています」
インストルメントパネルやセンターコンソールにツイード調表皮を使っているのもオーラの特徴である。一部のスマートスピーカーのように、高性能な機能を布で覆うことで、ソフトで暖かみのある未来感を表現するのが狙いだ。この結果、クールなエクステリアとの対比も生まれた。
日産の新しいデザインは過去のDNAを参照しつつ未来を志向しているが、どぎつい未来にはなっていない。「前の形を知っている方が見ると、びっくりするかもしれません」と村林さんは言う。確かにそのとおりだ。もちろん、いい意味で。