広島のマツダ本社敷地内の、本社ビルとは川を挟んだ淵崎という地区にある試作倉庫。古びた建屋の一角に、それは静かに佇んでいた。85年秋にフランクフルトショーでデビューし、翌月の東京モーターショーにも展示された「MX-03」スリーローター・ターボを積むコンセプトカーが、37年の時を超えてついにその姿を現したのだ。
前回の企画で、81年のコンセプトカー「MX-81」がイタリアでレストアされた経緯をレポートした。それを取材するなかで、マツダ・ブランドのアンバサダーを務める山本修弘(2月10日付けで定年退職)から「実はMX-03も保存していますよ」と聞かされたことが、今回の広島行きにつながった。
マツダはMX-03から4年半後の90年、スリーローターを積む初の量産車としてユーノス・コスモを発売。レーシングカーでは4ローターも開発し、1991年のルマンで優勝という快挙を成し遂げている。そうしたマルチローター化の原点になったのが、他でもないMX-03だ。これはもう取材するしかない。さっそく広報担当に段取りを付けていただいて、広島に飛んだという次第である。
将来の高級クーペに向けたハイテク・コンセプトカー
37年にわたって倉庫で眠っていたMX-81は、ルーフの塗装が割れ、ヘッドランプは黄ばみ、内装は薄汚れていた。しかし東京モーターショーで見た勇姿を思い起こすには、充分なコンディションだ。
MX-03はCd=0.25という空力的なクーペボディにスリーローター・ターボを積み、その駆動力を油圧多板クラッチを介して前後輪に伝える4WDを採用。操舵システムには速度に応じて逆位相から同位相に変化する4WSを備える。後輪の前に貼られた「444」のステッカーは、「4WD=4×4」に4WSを加えたという意味だ。
ボディサイズは全長4510mm、全幅1800mm、全高1200mm。同じ1985年にデビューした2代目=FC型RX-7より、長さと幅はふた回りほど大きく、全高は70mmも低い。この低全高で乗降性を確保するために、ドアを開けるとスプリングの力でルーフの一部が跳ね上がる仕組み・・が組み込まれているのだが、スプリングを支えるルーフ側の鉄板が腐食し、残念ながら今はそれが作動しない。
ステアリング機構には極低速では60度の舵角でフルロックとなる速度感応式の可変ギアレシオを採用。操縦桿スタイルのステアリングはそれを活かしたデザインだ。さらに表示系にはデジタルメーターやヘッドアップディスプレイを使うなど、当時の先進技術を余すところなく盛り込んでいた。
将来の高級クーペに向けて、マツダの意欲を示したMX-03。それが90年のユーノス・コスモとして結実した。MX-03とユーノス・コスモを直接的に結ぶ要素はスリーローターだけ。デザインの考え方も異なるが、MX-03というチャレンジが、ユーノス・コスモの下敷きになったことは想像に難くない。
ボンネットは前ヒンジで開く。エンジンルームはアルミ部品を中心に錆が広がっていた。レストアを考えると、錆が表面だけでとどまっていることを祈らざるをえない。なにしろこのクルマだけのために作られたエンジンだ。MX-81のレストアでは「動かす」ことを優先して量産ファミリア・ターボのエンジンに換装したが、MX-03の低いボンネットに量産ユーノス・コスモのスリーローターが収まるかどうか・・。
スリーローターはもちろんフロントミッドに搭載されている。その前に置かれたラジエーターは大きく前傾し、それを通過した空気をボンネットに刻まれたスリットから排出するというレーシングカーのような構成だ。
スリットの右側にはNACAダクトがある。米国NASAの前身であるNACA(発音はナカ)が開発した高効率なインテーク形状がNACAダクトで、70年代頃からレースカーで多用されていた。MX-03のNACAダクトはエンジンルーム内のインタークーラーへ冷却風を導くものだ。
リヤにはトランクリッドと一体成形されたスポイラーがある。ここだけはFRP製で、その他のボディパネルはバンパーを含めて鉄板だ。デザイナーが描いた形状をベースに木型を作り、それに合わせて鉄板を叩き出していく。イタリアのベルトーネがデザイン/製作したMX-81と同じようなプロセスを、MX-03も辿った。
MX-03が日本デビューした85年の東京モーターショーで、当時マツダの東京スタジオに駐在していたデザイナーから「社内の職人技を後世に伝承することが、このプロジェクトのひとつの狙いだった」と聞いた記憶がある。残念ながら以後のマツダのコンセプトカーのボディはFRP成形になっていったが、職人技は現代のモデラーに受け継がれて魂動デザインを支えている。
インテリアは高いセンターコンソールで左右に仕切られている。ドライバー席は操縦桿スタイルのステアリングとスティック状のシフトレバー(4速AT)など、現代の感覚でもモダンな雰囲気。助手席側のインパネは大きくえぐられた湾曲面を描き、膝前空間の広さを稼いでいる。
1200mmという低全高の2+2クーペだが、インパネを撮影するため後席に乗り込んでみると、身長174cmの筆者の頭が天井に触れることはない。さすがに「体育館座り」にはなるが、膝前スペースにも余裕があった。
思いのほか現実的なパッケージングは、開発陣の本気度を窺わせるもの。85年当時のハイテクと職人技を盛り込みながら、マツダの人たちは将来の高級クーペに向けてどんな思いを抱いていたのだろう? 次回の第二章はスリーローターに焦点を当てる。今回の取材実現に尽力いただいたアンバサダーの山本修弘は、実はこのMX-03のスリーローター・ターボを設計したその人だったのだ。