長年憧れ続けたクルマを手に入れる喜びは何者にも代え難い。若い頃に抱いた想いを中高年になってから実現させた人たちの多くが、「いつかは」と心に誓ってきたことだろう。だからこそ近年になって国産旧車の相場が上がったとも言えるが、逆に長年維持し続けてきた人も同等数存在する。
国産旧車が底値だった時代に入手して、自ら修理やメンテナンスを繰り返してきたというマニアたちを数多く取材してきた。どれだけ良いクルマだったとしても、20年30年と乗り続けるにはクルマの価値以上の何かを感じていなければ難しいはずだ。長年維持しているマニアたちはどのよう考えて乗り続けているのか、探ってみたい。
例えばこのヨタハチことトヨタスポーツ800はどうだろう。現車のオーナーは前回の記事「涙なしには語れない初代コロナマークⅡとの再会劇!」に登場した髙橋寿さんが長年維持し続けてきた個体だ。20数年前に前回の記事で紹介したマークⅡのオーナーになったのも、実はヨタハチを所有していたことと関係がある。
実は髙橋さん、マークⅡの2人目のオーナーである水上さんとお知り合いだった。水上さんが手放す際に、知らない人には譲りたくないからと周囲の知り合いに声をかけ、その結果ヨタハチに乗っていた髙橋さんがマークⅡを受け継ぐことになったのだ。
なぜ二人が知り合いだったかといえば、住んでいる場所が近かったこともあるし、髙橋さんも水上さんもトヨタディーラーにお勤めだった。自分が所有するクルマが仕事選びにまで影響してしまったお二人だから、相通じるものがあったのだろう。つまり髙橋さんはマークⅡを手に入れた20数年前より以前から、このヨタハチを所有してきた。
さらにはヨタハチに乗っていたからトヨタディーラーに勤めることにまでなった。今では定年退職したものの、請われてディーラーのシニアアドバイザーを務める髙橋さん。キャリアの間ずっとヨタハチを所有してきたわけで、何がそこまで髙橋さんを駆り立てたのだろうか。
トヨタスポーツ800は1965年に発売された、国産ライトウエイトスポーツカーの代名詞とも言える存在だ。それより前にホンダからS500に始まるオープン2シーターのスポーツカーが発売されているが、Sシリーズは決して軽くない。1965年当時のS600で695kg、その後のS800では720kgまで重くなる。
ところがヨタハチは580kgでしかなく100kg以上もSシリーズより軽い。大衆車であるパブリカ用空冷水平対向2気筒エンジンはチューニングされてはいたものの、最高出力45psは明らかに非力。ところが走らせると軽量であることがどれだけ大切な要素であるかと痛感させられる。何しろよく走るしコーナリングが楽しいのだ。
髙橋さんもヨタハチの魅力をライトウエイトであることのほか、空気抵抗の少ないデザイン、国産初のデタッチャブルトップの3点を挙げている。もちろん、ヨタハチを代表する魅力であることは確かだが、それだけで30年前後も所有し続けられるものではない。聞けば髙橋さんは自ら修理やメンテナンスを繰り返してきた。
さらにはクラブに所属してサーキット走行なども楽しまれている。一般的にサーキット走行を楽しんでいる人だと、よりタイムアップが狙える車種に乗り換えたり激しくチューニングを繰り返すもの。ところが髙橋さんのヨタハチは極めてノーマルに近い状態。サーキットを走るのもタイムアップが狙いではなく、ヨタハチの楽しい走りを思う存分に味わいたいからなのだ。
髙橋さんのヨタハチは貴重な初期型。サーキットを全開で走るには相応のメンテナンスが不可欠だろう。しかも壊れたら修理するための部品が簡単に見つかるわけではない。どのように乗り越えられてきたのかと言えば「エンジンを別の車種のものに載せ換えてます」とのこと。ヨタハチのエンジンは前述の通り、大衆車であるパブリカのものをベースに排気量を引き上げ専用ピストンなどでチューニングしてある。
2シーターのスポーツカーゆえ大量生産されたわけではないから、補修用の部品も少なくすでに絶版になっているものがほとんど。そこで多くのヨタハチにはオリジナルのエンジンではなくパブリカや、同じエンジンを発展させたものを搭載するトラックのミニエースなど、別の車種からエンジンを拝借しているケースが多いのだ。もちろん貴重な初期型エンジンは実動状態のまま保管してあり、この個体にはミニエースの後期用が載せられている。
エンジンが違うことでオリジナルではないという批判もあるだろう。だが、貴重なオリジナルエンジンを壊してしまっては元も子もないし、それこそ部品がないため修理するのは極めて困難。思う存分に走りを楽しむなら、このような載せ換えも許されるべきだし、マニアでなければ見分けることすら難しい。だからだろうか、エンジンだけではなくヨタハチの室内にも不便を感じないよう追加された装備がいくつかある。もちろんオリジナルの風情を壊すようなことはせず、邪魔にならない位置に装着するなど工夫されている。
自分で修理やメンテナンスを繰り返し現代でも不便さを感じないように改良させたヨタハチ。もちろんクーラーはないから真夏に乗るのは難しいかもしれないが、楽しむために走らせる万全の状態を保ってきた。20年30年と旧車に乗り続けてきたオーナーたちは、多少の違いがあったとしても髙橋さんと似たように感じているのではないだろうか。
自分で作業するにしても、プロに作業を頼むにしても、長年愛情を込めてメンテナンスや改良を繰り返すうち、このクルマでなければ意味がないとまで感じるはず。ここまでくると、もはや手放すことなど考えもしない境地に達するのだろう。1台のクルマを長く楽しむための秘訣は、こんなことではないだろうか。