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気体水素55km→液体水素91km
トヨタは5月26日〜28日に富士スピードウェイで行なわれた「ENEOS スーパー耐久シリーズ2023 第2戦NAPAC 富士 SUPER TEC 24時間レース(以下、富士24時間)」に2台の車両を投入した。1台は32号車のORC ROOKIE GR Corolla H2 Concept(以下、水素カローラ)で、今回から液体水素を燃料として使用した。世界初の取り組みである。
もう1台は28号車のORC ROOKIE GR86 CNF Concept(以下、CNF86)で、カーボンニュートラル燃料(CNF)を使用するのが特徴だ。水素カローラは2021年5月にスーパー耐久シリーズに参戦して以来、気体水素を燃料として使用し、約2年間にわたってエンジンの燃焼面や航続距離、充填時間などについて進化させてきた。
水素を気体から液体にすることで生まれるメリットはいくつかある。ひとつは体積が大幅に小さくなることで、同じ体積ならたくさん燃料を積むことができる。ただし、気体と液体ではタンクの仕組みが異なるし、液体水素の場合は気化する装置も必要になるので体積が小さくなったぶんだけ搭載量が増えるわけではない。それでも、航続距離を伸ばすポテンシャルがあるのは間違いない。
2022年の富士24時間を走った気体水素カローラは、1回の充填で全長4.563kmの富士スピードウェイを12周した。距離にして約55kmだ。2023年の富士24時間を走った液体水素カローラは1充填あたり15周走ることができた(16周できたスティントもあったという)。距離にして約68kmである。タンクの容量を使い切れば20周(約91km)できる計算になるが、安全性の観点から容量をすべて使い切っておらず、15周を想定して臨んだという。そして、想定どおりの結果を確認。「伸び代はある」と、GAZOO Racing Companyの高橋智也プレジデントはコメントした。目標としていた2分2秒のラップタイムも記録できており、パフォーマンスの面でも一定の評価を与えている。
気体水素から液体水素への変更にともない、給水素に要する時間は大幅に短縮された。気体水素の場合は水素の保管と充填に大がかりな装置とスペースを必要とするため、離れた場所にある給水素ステーションまで移動する必要があり、ロスが大きかった。
液体水素の場合は水素の保管と充填の装置が格段にコンパクトになったため、他の車両と同様にピットで水素の充填を行なうことができるようになった。給水素に要する実質的な時間は気体の場合で1分30秒、液体水素の場合は1分40秒と大差ないが、水素ステーションまでの移動が不要なぶんだけ液体水素カローラが給水素に要する時間は気体水素時代に比べて圧倒的に短くなっている。
課題は液体水素の圧送ポンプ
いっぽうで、走行機会を奪う課題は残っている。液体水素タンクから液体のまま必要燃圧に応じて昇圧し、圧送するポンプの耐久性だ。ポンプに使う遊星ギヤの耐久性に課題があることがあらかじめわかっていたため、富士24時間ではレース中にポンプの計画交換を2回行なった。安全に交換するためにタンク内の水素を完全に抜いて不活性な窒素ガスに置き換え、1m近くある筒状のポンプを取り出して交換し、窒素を抜いて水素ガスを入れ、最後に液体の水素を入れる手順を踏む必要がある。
何度も練習を繰り返したが、交換に3.5時間はかかる。レース本番では、最初の交換に約4時間を費やし、2回目の交換は3時間で済んだ。「モリゾウ選手(トヨタ自動車会長であり、32号車のドライバーでもある)の激励と人が鍛えられた結果」だと、横田義則GAZOO Racing Company 車両開発部 先行開発室 室長は分析する。
「液体水素については、現状まだどこにいるか明確に言える立場にはありません」と、高橋プレジデントは富士24時間における水素カローラの活動を総括した。「ただ少なくとも、マイナス253℃の極低温の液体を扱うことに関しては、期待した結果を得られたと思っています。タンク本体に関しては信頼性を確保できている確証が得られています。ポンプの信頼性を高めて交換のインターバルを伸ばしていくことが今後の課題だと思っています」
軽量化も課題だ。出場を見合わせた3月の開幕戦鈴鹿から富士24時間にかけて、水素カローラは50kgの軽量化を果たしたが、それでもまだ気体水素カローラより250kg重い。目標のラップタイムを記録することはできたが、重量増に起因する力不足を感じているのも事実で、気体水素並みに軽量化するのが今後の課題だ。
「今のクルマを軽くしたいのはもちろんあるのですが、僕らのこの活動は将来の市販車につなげていきたい。どんなクルマであれ軽くて悪いことはないので、その方向で技術開発を進めていきます。また、今シーズンは液体水素で開発を進めていますが、裏では気体水素の開発も進めています。気体と液体、両方進めていきます」(高橋プレジデント)
CNFを使うGR86の課題は?
CNF86は、「踏んで曲がれるクルマ」を目指し、ボディ剛性の向上を狙って前後にブレースを追加。リヤのスタビライザーを変更した。ガチンコ勝負をしているTeam SDA Engineering BRZ CNF Conceptに対しては2周差つけてフィニッシュ(640周)しており、富士24時間レースでの目標はクリアした格好。
エンジンは昨年から今年にかけて10馬力の出力向上を果たしたという。開発の詳細について、GAZOO Racing Company パワトレ開発部 主査の小川輝氏が説明する。
「我々がスバルさんと一緒に使っているCNFは揮発しにいくい特性があるため、そこでちょっと苦労したところがありました。噴射のタイミングを改良するなどで、今の燃料に関してはほぼ手の内にできたと思っています」
新しい組成のCNFを次戦以降に投入する予定だという。究極の目標はエンジンに何も手を加えずに使うことができるドロップイン燃料の開発で、その見極めのための重要なステップとなる。ドロップインで使えるCNFの開発は、トヨタ単独ではなく、メーカーの開発車両に認められたST-Qクラスに参戦する他社と、メーカーの垣根を越えて協力し取り組んでいく。
「“共挑”のスローガンを掲げてOEM(自動車メーカー)5社で『S耐ワイガヤクラブ』を立ち上げ、STO(スーパー耐久機構)のホームページに紹介ページを設けさせてもらっています」と横田氏。5社とはST-Qクラスに参戦する、トヨタ、マツダ、スバル、ニスモ(日産)、HRC(ホンダ)だ。高橋プレジデントが次のように補足する。
「今日(5月28日)、ENEOSさんが国産合成燃料のデモを行ないました。S耐ワイガヤクラブは5社が集まってワイワイガヤガヤするだけでは意味がなくて、いかに意思と情熱を持って次につなげていくかが大事だと思っています。ステッカーだけ作って終わりにするつもりはありません。例えば、ENEOSさんが開発した合成燃料を5社のエンジンで回し、データをとって確認する。そういう取り組みを行なうことで、将来に向けた技術をみんなで作り上げていく。それが(S耐への参戦機会を与えてくれた)STOさんへの恩返しにもなると思っています」
水素もCNFも最終的な目標は市販化だ。少しでも早く市販化が実現できるよう、過酷な環境であるレースで技術を鍛えているのだ。競争領域では独自に技術を磨き、協調領域では情報を共有して開発のスピードアップを図る。将来の市販車にいかに結びつけていくかを念頭に置きながら、スーパー耐久シリーズでのレース活動は行なわれている。