脱・温暖化その手法 第77回 ― 世界的に電気自動車を普及させることで日本に生まれる価値―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

電気自動車がもたらすメリット

前回は、普及によって生まれる日本での価値を、まず太陽光発電から述べた。

今回は、電気自動車についての価値について述べる。

現在の日本の経済を牽引しているのは自動車である。しかし、1990年以降、アメリカでの繁栄がITで支えられたような大きな力ではないために、日本のGDPは横ばいが続いている。電気自動車が日本を支える巨大産業にできるかが今回の主題である。

第70回で、電気自動車はランニングコストが内燃機関自動車に比べ圧倒的に安価になるため、年間にかかる費用はスマホとほぼ変わりないということを述べた。その結果、世界的な保有台数はスマホ並みの80億台、年間生産台数は平均寿命を現在の内燃機関自動車と同じ14年とすると約6億台となるということについても計算した。現在の世界的な年間生産台数はジェトロの調査で2022年には8200万台だったので、現在の約7倍の生産規模になる。平均単価を現在の内燃機関自動車と同じ170万円とすると総売り上げは約1000億円になる。これらに関しても70回で述べている。

日本自動車工業会の報告では、21年の日本車の生産台数は2400万台で、世界の自動車生産台数に対する生産台数のシェアは約30%である。このシェアが電気自動車でも変わらないとすると、その売り上げは300兆円になる。アメリカの経済を牽引してきたいわゆるGAFAの売り上げは円ドルレートを140円として22年に180兆円である。すると、電気自動車を世界的に普及させる方が遥かに大きな売り上げとなり、間違いなく日本経済の大きな牽引役になる。

問題は、電気自動車で日本のシェアが今の内燃機関自動車並みに伸ばせるかということである。CIS(Cu:銅、In:インジウム、Se:セレン)を材料に使ったフレキシブル太陽光発電は今のところ日本だけの技術である。その普及方法も、世界で議論されてはいない。従って、この分野は競争相手のいないブルーオーシャン(新しい市場)である。このため、日本が勝てる可能性は大いにある。だがすでに、電気自動車は中国を始め、ヨーロッパが生産を伸ばしており、アメリカのテスラも健在である。しかも、10年には日本は電気自動車で車体生産台数およびリチウムイオン電池とネオジム(NdFeB)磁石の世界シェアで世界でナンバーワンであったにもにもかかわらず、22年には世界の販売台数が700万台に対して、日本はわずか4万台である。また、電池も磁石も世界シェアの10%にまで下がっている。従って、この分野は既に競争がひしめくいわゆるレッドオーシャンであり、日本はその中でも劣勢にある。

ここから、どうしたら電気自動車の世界シェアを30%に引き上げ、それと同時に、電池も磁石も世界シェアナンバーワンに返り咲くかが今回の主題である。

日本と世界の電気自動車の生産台数
2010年の日本の生産台数は世界一であった。しかし
2022年には明らかに世界から出遅れた。

日本発の技術だからこそ挽回は可能

まずリチウムイオン電地、ネオジム(NdFeB)磁石、これからインバーター用の重要なトランジスタ素子となる窒化ガリウム(GaN)結晶の成長法が発明された1980年代の時代背景を思い出してみる。この時代はバブルの時代ということで、これが弾けて以来この時代のことはポジティブには捉えられていないが、この時代の日本は経済的に余裕があった。このために、リチウムイオン電池の発明と、商品化までの過程で、重要な役割をした旭化成の吉野彰氏とともに研究開発に取り組んだ中島孝之氏の言葉によると、入社したての同氏らは会社から、どんな研究をしても良いと言われたとのことであった。それで、リチウムイオン電池の可能性を確信し、自由な予算で開発に取り組めた。ネオジム(NdFeB)磁石を発明した佐川眞人氏は、富士通で研究を行なっていた当時、この磁石の構想を既に持っていた。しかし、同社はコンピューターとその関連装置を開発する企業で、その磁気メモリーへの情報の書き込み装置に使う部品として強力な磁石の研究をしていたため、磁石メーカーにはなれない事情があった。それで、磁石メーカーでもあった当時の住友特殊金属に転職をしたが、ここでも自由な研究開発費に恵まれ、それまでのアイデアを一気に開花させることができた。窒化ガリウム(GaN)結晶の成長法の発明は名古屋大学の赤崎勇先生と、天野浩先生の手によるものだが、当時は大学の研究にも余裕があった。

このような、研究開発にかけられる費用に余裕があったおかげで、自由な発想が生まれ、それを現実化する資金的な裏付けがあった。

中国の2015年以降の状況も当時の日本に似ている。中国政府は10兆円の資金を電気自動車にかけているわけだが、現在までの中国にはそれだけの余裕があったということになる。その費用で日本から専門家を高い報酬で招へいし、電池メーカー、磁石メーカーは基本的な知識を学び、大きな投資をして工場を建設をして大量生産を始め、世界一のシェアを持つことができた。同様に、自動車開発に関しても多くの日本人技術者が招かれ、電気自動車産業を興し充電インフラにも大きな投資を行ない、購入に対しても大きな補助金を出した。日本と異なるのは、電気自動車を一定数売らない会社にはペナルティを課したことと、大都市では、自動車のナンバー取得がとても難しいという制度を設けているが、電気自動車のナンバー取得には制限がなかったということである。

この状況に、日本政府もまったく手を拱(こまね)いていたわけではない。研究投資や、充電インフラ投資、電気自動車購入の補助金制度の導入を行なっている。但し、その投資額が中国とは2桁違っていた。では、日本でも同じような大きな投資がなされたらどうだっただろうか。

「急速に追いつけるか?」といえば、もちろん追いつけるし追い越せる。その理由はリチウムイオン電池、ネオジム(NdFeB)磁石ともに日本のオリジナルであるし、発明に始まり、開発、普及に尽力した人たちは高齢にはなっているが、いまだ健在で第一線での研究開発ができる力もある。自動車生産技術に関しては、もちろん世界一である。

電気自動車大量普及にあたっての日本の優位性
電気自動車の基本技術の発明は日本で、自動車の生産技術は世界一である。

バブルが弾けて以後の日本は、すべてが消極的になっているといわれているが、このマインドを切り替え、この分野に大きな投資を行なうことを、日本全体でのコンセンサスにすることが、日本が、今まで内燃機関自動車がおさえていた30%のシェアを電気自動車で得ること、あるいはそれ以上にのシェアまで狙えることの基本目標すなわち戦略である。

 次回は、この戦略を手法である戦術に落とし込むためにどうしたら良いかに関して取り上げる。

プラチナカー2号車の傾斜停止力試験
6度程度の実傾斜地での試験状況。4輪に駐車ブレーキが作動し、
坂路走行においても車両が後退(前進)せずその場に留まり、ま
た、車両を離れても車両が動き出すこともなく、快適・安心・安
全性が確認できた。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…