まさにピッカピカ!トヨタ・グループ総力を挙げての初代クラウンのレストア活動の意義とは?【トヨタモノづくりワークショップ2023_11】

トヨタ自動車は「トヨタモノづくりワークショップ」を開き、6月の「トヨタ テクニカルワークショップ」で公開した将来技術を具現化する“モノづくり”の現場を公開した。元町工場(愛知県豊田市元町)のとある建屋のロビーには、1958年式の初代クラウン(RS型)が展示してあった。
TEXT:世良耕太(SERA Kota)PHOTO & FIGURE:TOYOTA

コンセプトは工場出荷状態に戻すこと

もちろんエンジンもかかるし走行もできる。実際にエンジン始動を見せてもらった。その軽快なエンジン音と懐かしい匂いに驚かされた。

現在の本社工場(愛知県豊田市トヨタ町1番地、当時は挙母工場)で生産された個体で、本社、堤、元町、高岡、田原、三好、衣浦、明知、上郷の各工場から塗装のプロ、エンジンのプロ、ボディのプロなど、各領域の高技能者を集めてレストアしたものだ。レストア活動の目的は人財の育成で、「自動化によって行なっている技術よりも高い技能を持っていないと、機械に教えることや覚え込ませることはできない」という考えに基づいている。

「技能は技術の母。技能の進化なくして技術の進化はない」の思いを貫き、妥協を許さずとことんこだわる。そんな思いで、工場出荷状態に戻すことをコンセプトにレストアに取り組んだという。

実物を目の当たりにするとにわかには信じがたいが、レストア前はボロボロだったという。写真を見ていただければおわかりいただけるように、レストア後の初代クラウンはピッカピカだ。エンジンはかかるし、走行も可能。ワークショップの最後にはごほうび(?)でエンジンを始動していただいたが、よどみなく回るし、機械部品が規則正しく動いていることを証明する正確なリズムを刻みつつ、生命力すら感じさせる躍動感ある音を響かせていた。

外板はパテを使わず、テコの原理を使う“こじ棒”を使って仕上げたという。シャシーとボディはトヨタホームでカチオン塗装を実施。シートはトヨタ紡織の協力を得るなど、トヨタグループの総力を挙げた活動となっている。一部部品については、普段、工場の型を保全する部署に型製作を依頼して、新たに作ったという。

初代クラウン

65年前のクルマに触れることで、設計面にも学びがあったそう。例えばスピードメーター。初代クラウンのスピードメーターは50km/hまでは針が緑に光り、50km/hを超えると針が赤く光るようになっている。現在ならLEDを2つ使って色を切り換えるところだが、初代クラウンのスピードメーターは光の反射を使い、電球1個で緑と赤の色を切り換えていた。

部品が2個から1個に減れば部品点数の低減になり、コスト削減につながる。「古いものから学びがある」と説明員のひとりは話してくれた。過去に手がけたパブリカのレストア時には、テールランプの灯りをトランクルームの照明に転用しているのを“発見“。これも2つの機能を1つで済ませる事例で、配線も含めて部品削減、コスト削減につながるアイデアだ。

発見はエンジンルームの中にもあった。キャビンとエンジンルームを仕切る隔壁にナゾのコンセントがあったという。何に使うのかと思ったら、車載工具箱に入っていたランプのプラグを差し込む場所だったことが判明した。現在ではボンネットフードを開けることすら稀だが、初代クラウンが現役だった当時はオーナーが自らクルマの整備をするのが当たり前だった(そうせざるを得ない事情があったのかも……)。

初代クラウンのレストアは当時のクルマとの付き合いを思い起こさせる活動にもなり、では、現代のクルマには何が必要なのかを考えるきっかけになったという。

説明に用意された時間はほんのわずかだったので、正直、聞き足りない感がいっぱいだった。今回のワークショップではエピソードのほんの一部に触れたにすぎないが、初代クラウンのレストア活動は、クルマとは何かを学び、考えながら人財を育成する、大変意義のある活動に感じられた。

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著者プロフィール

世良耕太 近影

世良耕太

1967年東京生まれ。早稲田大学卒業後、出版社に勤務。編集者・ライターとして自動車、技術、F1をはじめと…