脱・温暖化その手法 第80回 ―世界的な電気自動車の普及で日本の価値を実現するには―

温暖化の原因は、未だに19世紀の技術を使い続けている現代社会に問題があるという清水浩氏。清水氏はかつて慶應大学教授として、8輪のスーパー電気自動車セダン"Ellica"(エリーカ)などを開発した人物。ここでは、毎週日曜日に電気自動車の権威である清水氏に、これまでの経験、そして現在展開している電気自動車事業から見える「今」から理想とする社会へのヒントを綴っていただこう。

政府によるファンド活用で日本の復興を

79回とその前の2回は、日本の電気自動車を世界的に普及させるための戦略と戦術について述べた。

今回は現実にどう実現するかの戦闘について述べる。

まず、資金をどのように調達するかである。

日本は毎年財政赤字が続いている。今は国内の個人や企業の蓄積でまかなえる赤字総額であるが、いずれはそれが逆転する。その時期になり、何か小さなきっかけがあれば、国の破綻は起こる。そうなると、国民全体が苦しい生活を強いられる。ただし、今は少なくはなってきてはいるが、まだ余裕がある。

近頃政府は日本の大学の研究レベル向上のために10兆円のファンドを作り、その運用益を大学に支給するという方式で、これに対処することを決めた。初年度は東北大学が選ばれた。一見多額の費用が東北大に流れるように見えるが、運用益であるので、年間100億円か200億円程度とされている。

政府はこのような方法での投資の実績があるので、同じ手法を使うことができる。

まず、投資額だが、中国は10兆円でここまで来た。これと同じ金額を投入しても、多くの電気自動車が既に中国では販売されているので効果はない。ここでは50兆円の投資と考える。かつ、第70回で述べたように、電気自動車の売上げが1000億円となり、今までの内燃機関自動車の世界的シェアである30%となる、年間300兆円を目指す。

政府が支出したファンドが莫大な収益を得るかどうかについては、ほとんどの人々が否定するだろう。ところが台湾の工業技術院が作ったファンドがある。工業技術院は日本の制度を参考にした。ここは台湾の経済活性化のために研究以外のあらゆる機能を持っている。そのひとつは投資ファンドの工業技術投資会社(ITIC)である。ここはシリコンバレーの成功例を細かく分析した投資を行なっているが、投資に対する利益は極めて大きい。日本人の目はどうしても欧米に向かいがちであるが、今後はアジア、特に台湾を研究する時代である。

日本が電気自動車で世界一を取り戻し維持するための戦術
政治が決断することが最重要で、次が統括リーダーの決定である。

日本製電気自動車は軽規格を基本に

50兆円のファンドの投資の半分は急いで行ない、その後に生まれる新しい投資案件のために半分は残す。

投資内容は自動充電網の整備、基幹部品の電池、磁石、インバーター用トランジスタの新たな工業化、世界でスタンダートにする電気自動車の開発の3つである。車の購入補助は世界的に行なわれてきたが、液晶テレビでもスマホでも補助金で普及できた例はない。利用者が買いたいから普及したのであるから、新しい電気自動車も買いたいものを売り出すことを初めから目指す。

これらのうち、電池は固体電解質を用いたリチウムイオン電池を選ぶのは避ける。その理由は、リチウムイオン電池を深く研究・開発を行なって来た専門家に限って、安全性と価格の面で一様に否定的であるためである。

磁石は佐川眞人氏が発明したネオジム鉄ホウ素磁石に粒界拡散を使い、ディスプロシウム資源に頼らないものにする。ネオジムは世界的に分布しているが、その鉱石のほとんどが放射性物質を含む。このため、予め、その処理のことも計画にいれる。

トランジスタは赤﨑勇先生と天野浩先生が結晶化に成功した窒化ガリウム(GaN)が実用の目の前にきているので、さらに大きく投資して実用化を早める。

実現する車体は日本のみの規格である軽自動車サイズとするのが、電気自動車の特徴から最も合理的であり、日本の競争力が最も生かせる分野である。これが世界の隅々にまで普及することを予め視野に入れる。すると車体生産は輸出では採算が合わず、日本のライセンスで現地生産あるいは日本企業の現地生産とする。

充電設備の充実を

日本が電気自動車で世界一を取り戻し維持するために
利用者にとってコストパフォーマンスが高く、日本の得意とする分野に投資する。

自動充電は幾つかの方法があるが、効率と使い易さの点で磁気共鳴となるだろう。

では、50兆円の半分の25兆円の投資の割り振りを検討する。自動充電装置は個人が行なう5kW程の普通充電と、出先で用いる50kW程の急速充電となる。普通充電機は個人住宅、集合住宅、有料駐車場の他に一時的に駐車をするコンビニの駐車場等が設置対象となる。急速充電機は高速道路のパーキングの1台ごとの駐車場と全国に展開されている道の駅の駐車場に設置する。駅や飛行場の駐車場も設置対象である。

自動充電も予め世界展開を視野に入れる。各国で供給される電圧と周波数や法規制も異なるが、法規制に触れなくても将来を見通し、安全面を中心にして起こり得る問題点も予め十分に検討することが必要である。

そのひとつは自動充電は空中にエネルギーを飛ばすので、安全に対する人々の不安を予め想定してこれを払拭する必要がある。携帯電話が普及を始めた時に、ペースメーカーや人間の脳に影響があると言われたことがあった。また、今、最も大きい問題は福島第一原発の処理水のことである。国内の風評被害と中国を中心にした不買規制等が起こっているわけだが、福島原発については、3.11の地震の後にも風評被害があったことを教訓にすれば、防げた問題である。

自動充電に関する充電装置の開発と投資の他に、これにより起こり得る問題に予め対処するという費用を全て入れて10兆円と見積もった。

急いで投資する25兆円の残りは電池等の基幹部品技術と、車体開発に投資する。

電気自動車生産で世界ナンバーワンを取り、さらにはこれを取り続けるということが今回の内容であるが、そのためには政府の中で、政治の決断が最初に必要である。次に起こることは担当する官庁を巡って熾烈な争いが起こることを予め抑えて、計画の実行が遅れることを防ぐことである。ここに関係する官庁は、財務省、国土交通省、経産省である。

そして最も大事なことは、これを実行するための全体を統括する責任者を決定し、その決定に全てが従うことも同時に決めることである。その責任者の条件は、第一に車がとても好きだということ、第二が誰でもが納得する知名度のある人、第三がこれから長く働ける人である。

今回は電気自動車を世界に普及させ、かつ日本がその主体になることについての戦術について述べた。

次回は太陽光発電について同様の検討を行なう。

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著者プロフィール

清水 浩 近影

清水 浩

1947年宮城県仙台市生まれ。東北大学工学部博士課程修了後、国立環境研究所(旧国立公害研究所)に入る。8…