2024年春に発売が予定されているホンダWR-Vは、タイにあるホンダR&Dアジアパシフィックで開発が行われた。タイを中心に日本、インドなどからの出身スタッフが連携したプロジェクトチームを率いたのは、金子宗嗣氏(開発責任者)である。開発が本格的にスタートした2021年頃は新型コロナウイルス感染拡大の影響から、リモートで仕事を進めなければならない状況だった。
「コロナが終わったときにどんな変化が訪れるのか。それを想像しながら開発を進めなければなりませんでした」と金子氏は語る。
「コロナ禍で我々は、新しい価値の変化が生まれるのではないかと考えました。制約が大きな状況下では、自由の大切さが再認識されるだろうと。そうした状況で勇気を持って一歩踏み出し、新しい世の中を作っていこうという気持ちで、WR-Vを送り出そうと強く決意しました」
こう語る金子氏に、多彩なバックグラウンドを持つ人材が集まるホンダR&Dアジアパシフィックでの開発の様子を聞くと、「怖い物知らず」との答えが返ってきた。開発チームは若手中心の構成だったという。
「若い人は怖い物知らずで、どんどんアイデアをぶつけてくる。チャレンジ精神が旺盛なので、仕事をしていて楽しかったです。開発拠点の(タイの首都である)バンコクにはいろんな国から人が来ている。さまざまな文化が入り混じった環境で育った人が多いので、心のバリアがない。新しいことに対しては非常に敏感です」
WR-Vを開発するにあたっては、第一印象を重要視したという。
「SUVらしいかたまり感のあるたくましさを意識しました。わかりやすく言うと、ひと目惚れしていただきたい。お客様はパッと見て一瞬で判断されるので、第一印象は非常に大事にしました。タイヤとガラス、キャビンなどとのバランスはスケッチやクレイモデルなどで綿密に検証しました。とくに、ボディの厚さとサイドガラスの関係は、今までにない新しさを感じるバランスになっていると思います」
フロントマスクとサイドガラスが金子氏お気に入りのポイントだ。
「顔ですね。面構えが非常に気に入っています。それとリヤのウインドウ。弊社のヴェゼルと比べてもらえるとよく分かると思いますが、WR-Vはスクエアで長い。ベルトラインを高くすることでSUVの力強さと頑丈さを表現しようとしているので、ガラス面積は小さく見えますが、実際には他のホンダのモデルとあまり変わりません。ガラス面積を横方向に大きくとっているのは、このクルマのデザイン的な特徴で個人的に気に入っています」
WR-Vは高めのベルトラインがぶ厚いボンネットフードからボディ後端まで(ほんのわずかにキックアップしながら)一直線に伸びている。ルーフも同様に後端まで水平に伸びており、そのおかげもあってリヤのサイドウインドウは開閉部分が横長の長方形となり面積が大きい。ちなみに、パワーウインドウのスイッチを操作すると、一部が残るようなことはなく全部下がる。
横長大面積のサイドウインドウのおかげで、後席に座った際には独特の景色が堪能できる。まるで、横長の大きな窓を採用した特急列車に乗っている感覚だ。
“空力好きならでは”が細部に光る
WR-Vには他にも隠れたこだわりがあり、空力である。空気抵抗の低減は燃費を向上させるために欠かせない技術だが、WR-Vの場合はこれ見よがしにデバイスを追加したり、いかにも空力に効果がありそうな形状にしたりといったことはしていない。「フロアカバーを付けるなど、見えないところでリカバリーを図っています」と、空力開発に従事したキャリアを持つ金子氏は話す。
「SUVであっても、燃費性能を期待されるお客様はいらっしゃいます。そうした要求に応えるためにも、エクステリアでSUVらしさを表現する一方で、ボディ全体として空力のパッケージをまとめる開発をしました」
金子氏によると、スタイリングを担当した中村啓介氏はさまざまな機種で一緒に仕事をした仲、かつ空力好きだということで、金子氏から特別な指示を出さずとも、出てきたスタイリング案は「空力的に最初からまとまっていた」という。
バックドアでスパッと切り落としたようなボディ形状の場合、空気の流れを制御するためにルーフ後端を特徴的な形状にしたり、リヤコンビネーションランプの端部形状を工夫したりと、空力狙いの処理が見られがち。ところがWR-Vには取って付けたような部品や形状は見られず、とてもすっきりしている。細工が見られないからといって空力を意識していないわけではなく、全体の形状に織り込んでいるのだ。
「WR-Vはデザインを優先し、パッと見のわかりやすさを追求しました。空力の基本的な性能は“かたまり”でだいたい決まってしまいますので、その意味で、スタイリストが空力を理解しているのは非常に大きい。WR-Vはあまり言わなくても最初から空力的にまとまっていたので、非常にやりやすかったです。空力を考えるとルーフ後端は絞り込みたくなるのですが、ストレートに保ちながら、サイド面との角度のバランスを取りつつ、空気抵抗を最小限に抑える形状になっています」
WR-Vはフロントグリルの面積を大きくとって力強さを表現しているが、開口部は空力的に影響の少ないエリアに最小限しか設けられていない。「ここは定番」と金子氏が指摘するのは、フォグランプを収めるベゼル(枠)やフロントバンパーコーナー部である。形状と曲率は、スタイリングとの両立を図ったうえで空力的に最適化されている。
タフで力強いイメージのスタイリングとよくなじんでいるため、一見するとそうは見えないが、実はWR-Vは徹底した空力ボディを持つ、お手頃価格の新型SUVだ。