新型スペーシアはどこが進化した?技術的ポイントは?スズキ開発責任者にインタビュー!

2023年11月22日に発売され三代目となった、スズキの超背高軽ワゴン「スペーシア」。全方位的に正常進化したその技術的ポイントはどこにあるのだろうか。二代目に引き続き開発を指揮した鈴木猛介(すずきたけゆき)チーフエンジニアに聞いた。

REPORT:遠藤正賢(ENDO Masakatsu) PHOTO:中野孝次(NAKANO Koji)/スズキ

三代目となった新型スペーシア、全方位的正常進化の技術的ポイントは?

遠藤 先代スペーシアが発売されたのは2017年12月ですが、その直前の2017年9月に二代目ホンダN-BOX、やや遅れて2019年7月に四代目ダイハツ・タントが発売されました。先代スペーシアはそれらのライバルに対し、お客さんの評価はどのような点が良かったり悪かったりしたのでしょうか?

鈴木さん 二代目にフルモデルチェンジした時点で初代より全高が高くなり室内長も大きくなったので、競合の中では大きな部類になって、お客様には便利な大きさと認識いただけたと思っています。

二代目スペーシア標準車のエクステリア三面図

デザインも、標準車はワクワクするようなデザインにしてもらって、スーツケースをモチーフとしたのも好評でした。カスタムの方も、ギラギラした面が特徴的で、評価が高かったと思います。

二代目スペーシアカスタムのエクステリア

遠藤 逆に、お客さんからの評価で負けていると感じたところはありますか?

鈴木さん 負けているというより、我々と違っているという点はありますが、我々としては軽さや燃費が優れている、確実に違いを作っていると思いますが、例えば後席の広さをあまりアピールできていなかったのは反省点としてはあります。スリムサーキュレーターを装着して快適性を高めた点はお伝えできていたのですが。

車内の空気を循環しエアコン使用時の前後席の温度差を少なくするスリムサーキュレーターは二代目スペーシアが初採用

プラットフォームは先代流用ながら、ボディ骨格の強化と軽量化を果たす。

遠藤 走りに関してはどうですか?

鈴木さん 軽自動車の中では超背高ワゴンは重くなりますが、その中でも軽いボディを頑張って作っていて、日常使いの中で不安なく運転していただける走りになっていたと思います。

遠藤 今回フルモデルチェンジされましたが、プラットフォームは先代の「ハーテクト」を流用していますか?

鈴木さん 部品としては変わっていないわけではありませんが、考え方やプラットフォームの世代としては同じです。その中で衝突の法規対応など、性能を上げていかなければならない部分の底上げや軽量化などの改良をしています。

遠藤 具体的な変更点は?

鈴木さん 一番はポール側面衝突試験への対応がありますので、前席の後ろ側に、横方向に通すフレームを追加し強化していますね。

新型スズキ・スペーシアのボディ骨格

遠藤 軽量化に関しては?

鈴木さん 最終的なスペックは変化がないように見えますが、今回いろんな装備を追加して重くなっていますので、それを軽くするために車体を軽くしています。プラットフォームの部分はあまり変えられませんので、上物を中心に軽量化しています。また今回、構造用接着剤と減衰用接着剤をボディの結合に使って剛性を高めているので、走った際の印象が非常に良くなっていると思います。

新型スズキ・スペーシアの構造用接着剤使用部位
新型スズキ・スペーシアの減衰用接着剤使用部位など主なNVH低減策

遠藤 骨格でハイテン(高張力鋼板)のグレードを上げたりは……?

鈴木さん しています。Aピラーには冷間成形の1470MPa級超高張力鋼板を使っています。スズキの軽自動車では初めてですね。これは細くすることで視界を改善するのも狙っていますね。

新型スズキ・スペーシアの高張力鋼板使用部位

遠藤 外板の軽量化に関してはいかがですか?

鈴木さん 面積を小さくできませんので、板厚を攻められる所は薄くしています。そこは今までの作り方と一緒ですね。

遠藤 バンパーやスポイラー以外で樹脂を使用している部位は……。

鈴木さん 特にないですね。

遠藤 新型では側面のドアパネルにビードを入れていますが、これは面剛性を上げるためですか?

鈴木さん 面剛性を上げるのであれば、もう少し丸みと張りのある形状にしますね。これは設計や生産の面では負荷がかかる難しいことをしていますが、新型のデザインの特徴ですので、みんなで頑張ろうということになりました。むしろこのビードをフロントフェンダー、フロントドア、リヤドア、ボディという4つの部品で、全部で3本合わせるのに苦労しましたね。

遠藤 こういう所は少しでもずれると本当に目立ちますよね。

鈴木さん そうなんですよ。デザインを決定する際は「本気でやるのか」と色々言われましたが(笑)、「これをやらないとダメだ」「みんなで頑張りましょう」ということになりました。

遠藤 生産技術での工夫は?

鈴木さん 最初の段階からこれを合わせるために、どこをポイントにして合わせにいくかを話し合いながら進めていきました。ですが特殊な技術があるわけではなく、狙った通りの形を作る、組み付けるのを突き詰めました。

新型スズキ・スペーシア標準車のサイドビュー。コンテナをモチーフとした3本のビードが大きな特徴

足回りは靭やかに進化。後席の突き上げを軽減し乗り心地を向上させた。

遠藤 足回りの変更点は?

鈴木さん タイヤは14インチ、15インチとも、低転がり抵抗のものを新しく開発しています。タイヤが低転がり抵抗になるとどうしてもネガティブな面が出てきますので、それを車体で吸収したり、いろんな工夫をしています。

標準車は14インチのスチールホイール&フルホイールキャップが標準装備。撮影車両は155/65R14 75Sのダンロップ・エナセーブEC350+を装着

一部の車両はフロントのナックルをアルミ化していますが、これは二代目が全部鋳鉄製だったものの、初代にアルミ製のナックルが採用済で、今回が初ではありませんので、そこは特段進化としては謳っていないですね。

そういった足回りをベースに、フロントサスペンションのチューニングをしています。新しい技術はありませんが、いろんな条件を元に、目指すべき足回りを作りました。

ブレーキはリヤドラムブレーキ径を一回り拡大しています。そこが足回りで大きく変わった点ですね。

カスタムの「ハイブリッドXSターボ」「ハイブリッドXS」に標準装備される15インチアルミホイール。撮影車両は165/55R15 75Vのヨコハマ・ブルーアースES32を装着

遠藤 二代目スペーシアは超背高軽ワゴンの中では最も乗り心地が硬かった印象があります。

鈴木さん 今回目標を立てる際、後席に座った際の突き上げを減らすことが項目としてありましたので、そこは我々としては目標通りになったと自負しています。そのためにダンパーのバンプストップラバーを変更しています。

今回ボディ剛性を上げることに力を入れたのは、やはりサスペンションがちゃんと仕事できるようにしないと、いかにチューニングしても狙った走りを実現できないからなんですね。ですから接着剤を使ってボディ剛性を上げています。

遠藤 撮影会場内のラフロードをゆっくり走りましたが、あの凹凸が激しい道でも突き上げは相当軟らかくなった印象を受けました。

鈴木さん ありがとうございます。

ダンパーのバンプストップラバーが変更されたトーションビーム式リヤサスペンション

パッケージングは時代にあわせてインテリア側の変更を実施。助手席ビッグオープントレーの狙いとは?

遠藤 パッケージに関しては先代と全く変わらないのでしょうか?

鈴木さん ボディサイズは変わらず、インテリア側は少し変わっています。

遠藤 それは、パネルの造形などでしょうか?

鈴木さん はい。天井の高さに関してはインナーパネルの薄さを変えたり、室内長はインパネの形状を変更したりということなので、乗員のレイアウトは大きく変えていないですね。

新旧スペーシアのパッケージング比較図

遠藤 先代はスーツケースをモチーフとしたデザインが好評だったとのことですが、助手席側インパネアッパーボックスを敢えて廃止したのはなぜでしょうか?

鈴木さん 我々の中で一番大きかったのは消費税率アップとコロナ禍ですね。消費税率が8%から10%になった際、店内で食事するか持ち帰るかで税率が変わるようになり、それまでコンビニエンスストアの店内で食事していた人が、駐車場まで持ってきて車内で食べるようになったんですね。そうすると「ウチのスペーシアは食事を車内に置ける場所がないね」ということになりました。

二代目スペーシアの助手席側インパネアッパーボックス。写真はカスタム

そうした矢先にコロナ禍になり、車内で食べるニーズが顕著になったので、「これは節目が変わった」と思い、「今回はトレーにしよう。ただしトレーにしただけでは物が載らないので、ビッグトレーにしよう」と。大きなサイズのお弁当を買ってきて検証し、かなり大きく作るよう、デザインと設計とでいろいろ工夫しながら大きくしていきました。

新型三代目スペーシアの助手席側ビッグオープントレー。写真はカスタム

遠藤 標準車のトレーに採用された「パイル添加樹脂」とは?

鈴木さん 樹脂の中に繊維を入れたもので、実際には柔らかくないのですが、見た目が柔らかくなり、温かみを感じていただけるようになっています。

遠藤 素材自体で滑りにくくなっていたり、触り心地が変わっていたりはするのでしょうか?

鈴木さん それは狙っていませんね。

パイル添加樹脂を用いた新型スペーシア標準車の助手席側ビッグオープントレー

遠藤 シートは大きく変更されたのでしょうか?

鈴木さん フロントシートはあまり変わっていませんね、表皮に関しては変更していますが。リヤシートはマルチユースフラップを採用したことで完全に変わっています。その座面もそうですが、背もたれも前倒しをした際に先代よりもさらに倒れるようにしていますので、結局はほとんどが新しくなっていますね。

遠藤 標準車は座った際の当たりが柔らかくなりつつも、ちゃんとフィットするようになった気がしました。シート内部のウレタンを変更されたのでしょうか?

鈴木さん 狙いはあって、その中で調整はしていますが、今回は表皮も変更していますので、それが相まっているのだと思います。後席はマルチユースフラップを採用することで構造が変わりますので、それで固くならないように特に気をつけていますね。

遠藤 骨格までは変えていない……?

鈴木さん リヤシートは構造が大きく異なりますので、骨格も変えています。フロントシートは基本的に変わりません。サイドエアバッグの性能が変更されていますので、全く変わっていないわけではありませんが、フレームは変更しないようにしました。

遠藤 標準車の座り心地が良くなったのは……。

鈴木さん それは恐らく表皮の変更が大きいと思いますね。

遠藤 パワートレインは特に変更はありませんか?

鈴木さん 二代目スペーシアからは、NA車が変更されていますね。R06AからR06Dになりました。これで、R06AのNAを搭載するのはラパンだけになります。CVTも、他の機種で使っている最新世代のものに変更しています。

遠藤 マイルドハイブリッドは引き続き12Vですか?

鈴木さん はい。燃費は下がらないようにしています。

R06D型NAエンジン+新CVT+マイルドハイブリッドを搭載する標準仕様「ハイブリッドX」のエンジンルーム

ADASの大幅刷新で安全性が向上、電動パーキングブレーキも採用。

遠藤 最も大きな変更点はADAS(先進運転支援システム)だと思いますが、これはシステム全体が完全に新しくなったのでしょうか?

鈴木さん はい。今まではステレオカメラを使っていましたが、今回は単眼カメラとミリ波レーダーの組み合わせになっています。過去にも単眼カメラとミリ波レーダーの組み合わせはあったのですが、それよりもカメラのレンズ視野角が広角になっており、それで交差点対応や、出会い頭での事故回避のために、少しでも幅広く検知できるようにしています。

遠藤 カメラの視野角はどのように変更されたのでしょうか?

鈴木さん 我々はオープンにしていませんね……他社さんは公表されていますが。

遠藤 ACC(アダプティブクルーズコントール)に全車速追従機能は……?

鈴木さん 先代にもありましたが、EPB(電動パーキングブレーキ)を採用したことで、停止保持ができるようになっています。

遠藤 LKA(レーンキープアシスト)が、ちゃんと車線中央を保持できるようになったんですね。

鈴木さん 従来は車線逸脱を抑制するものでしたが、それは常に作動し、ACC作動時はLKAで車線中央を維持します。また、ドライバーの意図で、少し右側に走るのを意図されている場合は右寄りに走るといった、賢いタイプになっています。そして、車線を逸脱しないよう、カーブ手前で自動減速する制御もするようになっていますね。

遠藤 カーブ手前の減速制御は、ナビの地図データに頼るのではなく……。

鈴木さん 実際の路面状況を見て判断します。

遠藤 LCA(レーンチェンジアシスト)も追加されていますね。

鈴木さん そうです。

遠藤 ACCやLKA、LCAは一部のグレードにオプション設定で、他は全て標準装備ですか?

鈴木さん 標準車は「X」に「セーフティプラスパッケージ」としてオプション設定されていますが、「カスタム」は全車標準装備です。こちらにACC、LKA、LCA、EPBがセットになっています。ブレーキ関係と車線逸脱抑制は全車標準装備ですね。

ADAS用センサー構成図と検知イメージ

遠藤 EPBは、スズキ車としては初採用でしょうか?

鈴木さん OEM車にはありますが、自社開発の車両では初めてになります。

シフトレバーの上に備わる電動パーキングブレーキとオートブレーキホールド機能のスイッチ

遠藤 これだけ新技術や装備や追加されて、さらに昨今の情勢も考慮すると、お値段がどうなるか、非常に気になります。

鈴木さん そうですね。弊社の他の車種も、材料費高騰などで価格が上昇傾向にありますが、新型スペーシアにはかなりの装備が装着されていますので、先代より安くなることはないと思います。

遠藤 でも、できるだけ抑えて……。

鈴木さん そういう気持ちはありますが、どこまでなら「抑えている」とおっしゃっていただけるか……。

遠藤 ホンダさんのN-BOXは価格が非常に高いですが、それでも国内販売台数トップを独走しています。それに対し、スズキさんというメーカー自身には、コストパフォーマンスの高さがユーザーから少なからず求められる面があると思います。

鈴木さん そうですね。スズキにはワゴンRを所有していただいているお客様がたくさんいますので、そういった方がスペーシアにお乗り換えいただけるような想定をしています。そうすると価格差が出てきますので、スペーシアの価格をどんどん上げるというのは意図していません。

ですが今、一番売れているカテゴリーは軽ハイトワゴンなので、お客様はそれを安いから買っているわけではないと思うんですね。「あの機能、大きさが欲しい」、それがお客様にとって重要だと思いますので、そうした求められているものを出していき、その価格が内容に見合ったものであれば、お客様に認めていただけると思っています。

遠藤 登録車ユーザーよりも軽自動車ユーザーの方が目が肥えていて、本当に良ければ多少高くとも買う傾向にあると感じています。

鈴木さん デザインも機能もあってこのお値段、というのがセットになっていることが求められていると思いますね。

遠藤 そんな軽自動車の開発は本当にシビアで大変だと思います。

鈴木さん やたらと豪華にしていけば良いというわけではなく、そのバランスが難しいですね。今回新型スペーシアを作って、マルチユースフラップやステアリングヒーターなど、競合車種にはないところで、どれだけ認めていただけるか、非常に楽しみにしています。

遠藤 さらなるヒット作となることを期待しています。本当にありがとうございました!

新型スズキ・スペーシアカスタムハイブリッドXSターボ(左)、スペーシアハイブリッドX(右)

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著者プロフィール

遠藤正賢 近影

遠藤正賢

1977年生まれ。神奈川県横浜市出身。2001年早稲田大学商学部卒業後、自動車ディーラー営業、国産新車誌編…