あの中村史郎氏の最新作4台から読み解く。カーデザインの新たな可能性とは?【モビリティショーで見つけたデザインの未来】 

1999年から2017年まで日産デザインを率いた中村史郎氏は、日産を退任して自らのデザイン会社、SNデザインプラットフォーム=略称SNDPを都内に設立。国内外のパートナー企業と共に、新たなデザインを精力的に生み出している。そのうちの4台がジャパンモビリティショー2023で披露された。

TEXT:千葉 匠(CHIBA Takumi) PHOTO:中野幸次(NAKANO Koji)

THK LSR-05

THK LSR-05

THKは循環式ベアリングを主力製品とする部品メーカー。直線運動する部位に使われるTHKの循環式ベアリングは精度が高く、かつ大きな荷重を受けられるのが特徴だ。しかしこれまでは工作機械や計測機器での採用がほとんどで、自動車メーカーとの取り引きはわずか。利点を売り込んでも、自動車メーカー側のエンジニアがそれをどう活かせるのかをイメージしにくかったからだ。

THK LSR-05

そこでTHKは利点をさまざまに活かす具体例を、1台にまとめて示すことを考えた。それが今回のLSR-05だ。中村氏のSNDPがデザインを手掛けて、5ドアのクロスオーバーセダンを仕立て上げた。もちろんBEVである。

THK LSR-05

全長4995mm、全幅1965mm。床下にバッテリーに積み、充分な室内空間を確保した結果、全高は1530mmとなった。「全高は1.5mを切りたかったけれど、今のバッテリー技術では難しい」と中村氏。それでもクロスオーバーとしては充分に低く、スタイリッシュなデザインだ。ボディサイドの肩口のボリュームを削ぎ、視覚的な重心を下げたことも功を奏しているのだろう。

THK LSR-05

THKの技術を最もわかりやすく表現するのが、前後シートのスライド機構だろう。フロアとシート下の支持部、シート支持部とシート座面の間にそれぞれ循環式ベアリングを使ってスライドさせる。両者の合わせ技で350mmのロングスライドを実現しつつ、フロアにスライドレールが露出しないのが大きな特徴だ。前席を前に出しながら後席を深くリクライニングさせても、スライドレールが足下の邪魔になることがない。

THK LSR-05

駆動モーターはフロントに220kWを1基、リヤは93kWを左右のインホイールに搭載。インホイールモーターはバネ下が重くなるが、フロントに搭載したライダーで前方路面の凹凸を検知し、それに応じて車高と減衰力を制御するアクティヴサスペンションを採用することでバネ下の重さをキャンセルするとのこと。車高調整や減衰力制御にも得意のベアリング技術を活かしており、エアサスを使わずに車高調整を実現したのも特徴だ。

THK LSR-05 モーター部分のモックアップ

LSR-05はTHKの技術を披露するショーケースであり、あくまでも主役は技術なのだが、そこに示されている技術はどれも前例のないもの。それが現実的なものとして感じられたのは、SNDPによるデザインが現実的で、しかもクオリティ高く表現されていたからだろう。

THK LSR-05

日産時代に数々のコンセプトカー開発を指揮してきた中村氏は、「クオリティは自動車メーカーのショーカーに負けていない」と胸を張る。いや、それどころかLSR-05の内外装の質感の高さは、今回のショーでベストだったと評して過言ではないと思う。

なお、THKではLSR-05の実走プロトタイプもすでに製作しており、盛り込んだ技術をテスト走行を通じて磨き上げていく計画だ。

AIM EV MICRO 01 & EV SPORT 01

AIM EV SPORT 01

SNDPを設立した中村氏が初めて「これをデザインした」と公表したのが、今年4月のAutomobile CouncilでデビューしたスポーツカーのAIM EV SPORT 01。今回はAIMとの協業の第2弾として、EV MICRO 01がお披露目された。

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AIMは名古屋のエンジニアリング会社。レーシングエンジンを開発してルマンにも参戦した実績も持つが、近年はモーターの研究開発に注力している。ランニングシャシーを製作してモーターの開発を進めていたとき、それを見た中村氏が「ボディを載せよう」と提案し、そのデザインをSNDPが手掛けてEV SPORT 01が誕生した。デビュー後の6月には英国グッドウッドで、AIM の鈴木幸典社長のドライブでヒルクライムコースを駆け抜けている。

AIM EV MICRO 01

第2弾のEV MICRO 01は、リゾート地でのレンタカーやカーシェアリングを想定したEVコミューターだ。沖縄で市場調査して開発したとのことで、目を大きく見開いたような丸いヘッドランプは「シーサー(沖縄伝統の獅子の置物)をイメージした」と中村氏。その一方、ボディサイドの丸みにはEV SPORT 01との共通性もあり、「実は同じデザイン言語を使いながら、まったく違う表現にした」という。

AIM EV MICRO 01

EV MICRO 01は2025年から沖縄県うるま市で生産する予定。沖縄には自動車部品産業がないので、部品をうるま市に送ってノックダウン生産するかたちになるようだ。バッテリー抜きで100万円以下の価格を予定している。

ちなみにEV SPORT 01の生産化はまだ未定。中村氏に聞くと、「サイズや性能を考えると、価格は800万円程度が限界だろう。しかしそれでは採算がとれないので難しい」とのことだった。

AIM EV MICRO 01

IAT T-MAD

IAT T-MAD

IATは三菱自動車のエンジニアだった現会長の宣奇武(セン・キウ)氏が01年に愛知県岡崎で創業した会社。三菱を退職したエンジニアやデザイナーを中国メーカーに派遣するビジネスからスタートし、翌02年に本社を北京に移した後は、自動車エンジニアリング会社として急成長を遂げてきた。中国の自動車産業の発展を影で支えてきた企業だ。

そんなIATが日産を退職した中村氏に協力を要請。中村氏が米国ロサンゼルスにデザイン拠点を設立するにあたって、IATがそこに出資して協業パートナーとなった。

IAT T-MAD

ロサンゼルスにはアートセンターというデザイン教育の名門校がある。その学生のインターンもしくはフリーランスの卒業生をSNDPの契約デザイナーに起用し、若い才能からアイデアを引き出す一方、SNDP本体のメンバーには中村氏が信頼するベテランを集め、彼らがプロジェクトをマネジメントするというのがSNDPのビジネスモデルだ。プロジェクトの内容によってはIATのデザイナーも参加する。

IAT T-MAD

今回IATが出展したT-MADは昨年の広州ショーでデビューした大型ピックアップトラックのコンセプトカー。IATが独自開発したEVプラットフォームをベースに、中村氏のディレクションのもと、IATのデザイナーとSNDPが共同でデザインした。

IAT T-MAD

「宇宙を旅するスペースシップ」をテーマにデザインされたエクステリアは、全長5.9mというサイズもあって迫力たっぷり。ピラーレスの観音開きドアを開けると1+2+2の菱形シートレイアウトを持つ、これまた大胆なインテリアが現れる。フロントにエンジンがないBEVのメリットを活かしてセンターステアリングの運転席を前に寄せ、その左右に2列目乗員が脚を伸ばすことで3列目席を成立させたところが興味深い。

IAT T-MAD

ちなみに今回、IATは日本のヤマト・インダストリーと合同でブースを構えた。樹脂部品や物流機器を製造販売するヤマト・インダストリーは、2022年にIATと提携。IATが開発し、中国のEVスタートアップである金琥汽車(ジンフーオート)が生産するEVデリバリーバンを、日本向けにアレンジして輸入販売する計画を進めている。それが合同ブースに飾られたJEMY EV48だ。

IAT T-MAD

日本向けに右ハンドル化するのに伴って、ピラーレス・スライドドアの大開口もボディ左側に移設。さらにウォークスルーしやすいようにスーパーハイルーフ化したのも日本仕様だけのものだ。このルーフ形状やカラーリングも中村氏のSNDPが手掛けているので、これも含めれば今回のショーでSNDPがデザインに関与したのは5台ということになる。

IAT T-MAD

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著者プロフィール

千葉 匠 近影

千葉 匠

1954年東京生まれ。千葉大学工業意匠学科を卒業し、78〜83年は日産ディーゼル工業でトラック/バスのデザ…