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ヴィーゼル2、ヘッツァー、BT-42……
日照戦車以外にも有志が手作りした戦車が参戦
アニメ『ガールズ&パンツァー』(以下、ガルパン)の聖地として知られる茨城県大洗町にて開催された『大洗春まつり 海楽フェスタ2024』では、大洗マリンタワー前芝生広場でのステージイベントのほかに、目抜き通りである髭釜商店街から永町商店街,松商店街にかけて歩行者天国となった。歩行者天国での目玉イベントとなったのが、街中に隠された1/1戦車模型を探し歩く「日照戦車を探せ!」だった。
日照戦車とは、地元に拠点を置く原子力関連の設備製造を請け負う日照プラント工業が製作したほぼ1/1スケールのレプリカ戦車のことだ。前回は同社が製作したIII号突撃砲G型、ルノー FT-17、Mk.IV戦車(雄型)、そしてCV33の4台を紹介した。今回は日照戦車以外の『プラモデルを1/1で作る会』や『大洗の黒騎士』、『こたちゃん⋈BT42戦車作ってる人』などのファン有志が手作りしたレプリカ戦車を紹介しよう。
『ガルパン』オンエアに先立つこと2年
TV番組をきっかけに1/1戦車模型の製作プロジェクトは始動
歩行者天国を南西から進むと最初に目にしたのが、大橋保彦さんが代表を務める『プラモデルを1/1で作る会』が製作したヴィーゼル空挺戦闘車だった。大きさほ実車とほぼ同じサイズで、その完成度の高さと良い、ディティールの作りと良い、近くから見ても本物の戦車にしか見えない。
モチーフとなったヴィーゼル空挺戦闘車とは、ドイツ陸軍空挺部隊が装備する装軌式の軽装甲車両で、車体強度の問題からパラシュート降下による空中投下こそできないが、CH-53輸送ヘリなら最大で2輛、C-160やC-130などの戦術輸送機なら4輛を運ぶことができる。ヴィーゼルはバリエーションも豊富でHOTやTOWなどを装備する対戦車ミサイル搭載型、25mm機関砲搭載型、完全武装の兵士4名を乗せられる兵員輸送車、工兵車両、野戦救急車型などが存在する。
『プラモデルを1/1で作る会』が製作したのは車体を延長・大型化したヴィーゼル2と呼ばれるタイプで、ASRAD-R(先進短距離防空システム。ドイツ軍ではLeFlaSysと故障)を主武装とする対空型のヴィーゼル2 Ozelot改だ。
ヴィーゼルの製作プロジェクトが動き出したのは2010年10月のことで、じつは『ガルパン』TVシリーズのオンエアよりも2年も早い。同会代表の大橋さんと仲間たちは、これまでにもコンバインをベースにミニサイズのAAV-7を製作したり、三菱車を改造して『機動戦士ガンダム』に登場するジオン軍軽機動車の「サウロペルタ」や連邦軍高機動車両の「ラコタ」などを手作りしてきた経験を持つ。
そんな彼らが1/1戦車を作ろうと思い立ったきっかけは朝日放送の『探偵ナイトスクープ』で、愛知県に住む岡崎さんが手作りした1/2.4スケールの自走可能なIII号戦車F型をテレビで見たことだったという。これに刺激を受けた大橋さんは「1/1スケールの装軌車両を作ってみたい」という気持ちがふつふつと沸き上がってきたと言う。
しかし、戦車のような装軌車両ともなるとサイズは巨大になる。米軍が運用するM1戦車を例にすれば、現行型のV37スカイラインを2列に4台並べた上にもう1台載せたようなサイズとなり、総重量は60t以上にも達する。装甲材などはアルミなどの軽合金を使い、厚みを大幅に削ったとしても、これだけの大きさのものを作るには作業スペースや保管場所の問題が生じるし、仮に完成させたところでイベント展示のための輸送させるのも困難だ。
そうしたことから悩んだ末に大橋さんがモチーフに選んだのが、人が乗れる装軌車両としては最小クラスのドイツ軍の空挺戦闘車ヴィーゼルだった。前述の通り、ヴィーゼルには1型と2型が存在するのだが、2型のほうが車体が大きく、カタチがカッコ良かったのでこちらを選んだという。大きい方の2型でもサイズは全長4.5×全幅1.82×全高1.83~2.11mほどと小型車並なので自宅ガレージで制作が可能だった。
しかも、当初から自走可能な1/1戦車模型を作ろうと考えていた大橋さんにとって好都合だったのは、ヴィーゼルは戦闘室とエンジンルームが一体化したモノスペース構造の車体だったことだ。これなら建機や農機のパワートレインを流用して無理なく車内に搭載することができる。製作に当たっての資料は自宅にあった専門誌とレベル社製1/35スケールのプラモデルであった。
制作期間は約2年……さまざまな困難を乗り越え本物そっくりの戦車が完成
プラモデルを元に採寸して35倍に拡大。さらにそれを元に図面を描き、動力や履帯構造の検討を経て、工場の設備を借りて製作作業を本格的にスタートしたのは2012年2月のこと。まずはボディ下半分のバスタブ構造から製作を始め、続いて履帯や転輪などの足回りを製作。同年5月の静岡ホビーショー合同作品展にて完成した車体下部を展示した。
そこから再度レイアウトを検討し、中古で購入したヤンマー製の乗用コンバインからエンジンと変速機を取り出して装備。操縦系を組み込んで同年9月に試運転成功までこぎつけた。2013年から操縦席を実車と同じ構造で制作し、車体上部の製作や艤装を行い、同年5月の静岡ホビーショー合同作品展ではカタチとなったヴィーゼルを展示した。同じ月にテレビ朝日『ナニコレ珍百景』でガソリンスタンドで給油するヴィーゼルの姿がオンエアされて話題となる。
静岡ホビーショー後にミサイルボックスとランチャーの製作に着手し、ランチャー基部に駆動機構を組み込んだことで、実車と同様にランチャーの旋回+仰角・俯角の操作がリモコンで可能になった。
ほぼ完成形となったヴィーゼルは、同年7月のワンダーフェスティバルで展示された。そして、2014年春に塗装を現在のNATO迷彩に改め、後部の衆望ボックスを制作して完成。この年の静岡ホビーショー合同作品展でお披露目となり、同年秋のあんこうまつりにも初出展した。
1/1スケールの戦車模型のパイオニアとなった大橋さんに、製作でもっとも苦労した箇所がどこだったか尋ねると「やはり履帯でしたね」との答えが返ってきた。
ヴィーゼルの履帯はダブルピン構造となるので、履帯・シャフト・エンドコネクターの組み合わせで成り立っている。大橋さんのヴィーゼルの重量は1.9tと本物に比べて半分くらいの重さしかないが、それでもこれだけの重量を支え、なおかつ駆動させるには履帯には相当な負荷がかかる。当初は鋳造での製作も考えたそうだが費用の問題で断念。鉄板を折り曲げて1枚1枚板金作業で履帯板を制作し、それに鉄パイプのシャフトを通して別途制作したエンドコネクターで連結させることにした。
履帯に開けられた穴が大きすぎてはエンドコネクターを固定できず、小さすぎてはシャフトを通すことができない。精度が求められる大量の履帯板を製作するのは地道で気の遠くなる作業だが、大橋さんは仲間のみならず家族の協力を得て、必要な130枚の履帯板を製作したという。
さらに驚かされるのは履帯板に取り付けられたゴムパッドだ。戦車などの装軌車両には滑り止めと舗装路面の保護のために履帯板にゴムパッドが装着されることが多く、ヴィーゼルにももちろん装着されている。大橋さんは南里製作所の協力のもと、加硫接着(硬化前のペースト状のゴムを型に流し込み、熱を加えて硬化・接着すること)で製作しているのだ。
製作中のエピソードでほかに印象深かったことを聞くと、地元警察の刑事が近隣から匿名の通報を受けて作業現場を訪れたことを挙げていた。事情を説明して1/1スケールの模型であり、本物の戦車のような攻撃力がないことを説明すると、怪訝な表情を浮かべつつもなんとか納得して帰っていったそうだ。
こうしてさまざまな苦労を経て完成したヴィーゼルを目の前にすると、思わず感嘆の声を漏らし、その迫力に圧倒されてしまうほどだ。『ガルパン』のオンエア後の戦車ブームによって、日照戦車を始めとした実物大戦車模型を作るフォロワーが誕生したのも、先駆者である大橋さんら『プラモデルを1/1で作る会』によって完成したヴィーゼルがあればこそだ。
すでに完成から10年が経過した空挺戦闘車であるが、その存在感と価値は全く色褪せることがなく、『大洗春まつり 海楽フェスタ2024』に訪れた人を楽しませていた。
絶妙なデフォルメで女性や子どもたちにも人気!
スモールサイズで再現されたヘッツァー
商店街を北東に歩いて行くと、最後に出会ったのが『大洗の黒騎士』と『こたちゃん⋈BT42戦車作ってる人』が製作したヘッツァーとBT-42だった。残念ながら製作者が展示スペースから席を外していたことから詳しく話を聞くことができなかったが、どちらも『海楽フェスタ』や『あんこう祭り』ではおなじみの車両のようだ。
ヘッツァーの実車は全長6.27×全幅2.63×全高2.17mと装軌式戦闘車両としてはかなり小さいが、展示していた戦車模型はスケールは1/6スケールくらいだろうか? 大人ひとりが乗り込めるサイズとなっていた。
車体は塩ビパイプを組み合わせたシャシーにキャスターを組み付けており、転輪や履帯などの足回りはダミーとなる。動力走行はできないが移動のための手押しによるコロ走行は可能となっている。
ユニークなのはその構造で、おそらくはベニヤ製の車体は車載が容易にできるようにバラバラに分解できるようだ。サイズを縮小するに当たってデフォルメを効かせているが、ディティールはよく作り込んでおり、ヘッツァーの特徴をよく捉えている。
BT-42突撃砲はさらに小さい1/10くらい?
でも人が乗れるし、再現度はとても高い
『こたちゃん⋈BT42戦車作ってる人』が製作したBT-42はさらに小さく、実車を1/2.3スケールで再現している。砲塔の天板を跳ね上げ、後部装甲板を外せばなんとか大人ひとりが乗り込めるサイズとなっているが、形状は実車に忠実で再現度は高い。
この戦車はクリスティー戦車の特徴である装輪走行状態で製作されており、バッテリー駆動のシニアカーのメカニズムを流用していることから自走も可能だ。本来は走行中に音はしないが、録音したエンジン音をスピーカーから流すことでリアリティのある演出を施している。
嬉しいことに『こたちゃん⋈BT42戦車作ってる人』のスタッフのみなさんは、MotorFan.jpの読者とのことで、連載企画の「『ガルパン』&クリスティー」の記事を楽しく読んでくださっているとか(完結までにまだ3回くらいかかると聞いて少々呆れ顔ではあったが……)。そう聞いてしまうと筆者としては次回記事の執筆にも気合が入るというもの。これからも応援をよろしくお願いします!