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■N360の後を継いで空冷から水冷エンジンに変更したライフ
1971年(昭和46)年5月11日、ホンダが軽自動車「ライフ」を発表(発売は6月1日)。1967年にデビューし大ヒットした「N360」の流れを汲んだライフは、水冷エンジンへの変更とホイールベースの伸長で静粛性と居住性を向上させて人気を獲得したが、わずか3年余りの短命で生産を終えた。
●軽の常識を打ち破った名車N360
1967年、ホンダ初の4人乗り乗用車N360がデビュー。軽の限られた室内空間を最大限生かせるFFパッケージング、徹底した軽量化、高性能エンジンによる卓越した動力性能を実現したN360は画期的だった。
ボディに薄板鉄板を多用し、車重475kgの軽量化を達成、他社の軽の最高出力が20ps程度だったなか、31psを発生する高性能の空冷356cc 2気筒4サイクルエンジンを搭載。最高速度115km/h、0→400m加速は22秒と、1.0L搭載車にも負けない走りを誇った。
さらに他社の軽価格を数万円下回る31.3万円の低価格だったこともあり、発売後2ヵ月で軽のシェア30%を超え、それまで10年間、軽の販売トップの座に君臨していた「スバル360」から首位の座を奪取し、歴史に残る軽自動車となったのだ。
●水冷エンジンに変更し静粛性と居住性を追求したライフ
N360は、1970年のモデルチェンジでNIII360を名乗り、1971年ライフにバトンタッチした。
ライフは、当時の軽規格サイズぎりぎりの四角張った斬新なデザインを採用。注目は、エンジンをそれまでの356cc空冷2気筒ではなく水冷2気筒OHCエンジンに変更したことと、ホイールベースをN360より80mm伸ばし広い室内空間を実現したこと。ホンダは、当時の本田宗一郎社長の強い意向で空冷エンジンに最後までこだわったが、厳しい排ガス規制に空冷エンジンでは対応できなくなり、水冷エンジンに切り替えたのだ。
ライフは、標準グレードが34.6万円のリーズナブルな価格のファミリーカーとして人気を獲得。ちなみに、当時の大卒初任給は4.7万円程度(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で約200万円に相当する。
ところが、1974年に3年余りで生産を終了。これは、1972年にデビューした「シビック」が世界的にヒットしたため、リソースを小型車へ集中するため。世界戦略を目論むホンダにとっては、収益が高く、世界に通用する小型車への事業集中は、ごく自然な成り行きだったのだ。
●23年ぶりにライフ復活も2代目もわずか1年半の短命
ホンダは、シビックに続いてワンランク上のセダン「アコード(1976年~)」、2&3代目でデートカーの代名詞となった「プレリュード(1978年~)」、トールボーイ「シティ(1981年~)」、FFライトウェイトスポーツ「CR-X(1983年~)」と、ヒットモデルを連発しトップメーカーへと成長した。そして中断していた軽自動車の復活を1985年の「トゥデイ」で果たし、2代目となるライフも23年ぶりに1997年に復活した。
2代目ライフは、660ccの3気筒SOHCエンジンを搭載した当時ブームとなっていたハイトワゴンで、俊敏な走りや広い室内空間、扱いやすさなどで一定の評価を受けたが、2代目もわずか1年半で生産を終了。これは、1998年10月の軽自動車の規格変更(ボディサイズ拡大)に対応した3代目ライフが発売されたためであり、2代目は3代目までのショートリリーフ的な存在だったのだ。
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ライフは、N360の後継として登場した実用性の高い軽自動車だったが、シビックの大ヒットに埋もれ約3年の短命で終わった。発売後にオイルショックや排ガス規制の強化があり、それらに対応するには相当のリソースが必要だったという背景も影響したのであろう。
毎日が何かの記念日。今日がなにかの記念日になるかもしれない。