いまだ断水続く輪島から駆けつけたファミリアアスティナ! リトラのファミリーカーが欲しかった! 【クラシックカーフェスティバル2024 in 関東工大】

多くの人が一度は憧れるのがスポーツカー。なかでもリトラクタブルヘッドライトを備えるモデルはスーパーカー世代なら大好物。実際手にした人は実は多くはなく、家族や諸事情で諦めてしまうことが多い。そんな場合でも選択肢があるというケースを紹介しよう。
PHOTO&REPORT●増田 満(MASUDA Mitsuru)
1993年式マツダ・ファミリアアスティナ1500。

旧車イベントへ行く機会が多くても、滅多にお目にかかれない車種がある。いわゆる希少車と呼ばれるもので、新車時の生産台数が少ないことや中古車として人気がなくスクラップされてしまうことが多かった車種などが後に希少車となる。中古車人気が低くスクラップされてしまう車種には、何の変哲もないファミリーカーや大衆車が多い。トヨタだったらレビン・トレノではない普通のカローラやスプリンター、日産ならサニー、三菱ならミラージュ、マツダならファミリアだろう。’70年代に生産された後輪駆動モデルならまだマシなのだが、これが’80年代以降のFFモデルだと壊滅的。もはや絶滅危惧種とさえ呼びたくなるほど少ない。

リヤガーニッシュにはアスティナのロゴが入る。

クラシックカーフェスティバルin関東工大は参加可能な車種が1990年までに生産された車種までと幅広い年代に設定されている。’90年までに発売されていれば、同型車ならそれより後の年式でも参加が可能。そのためネオクラシックカーと呼ばれる車種が数多く集まった。とはいえ、展示される多くは誰もが知る人気車であり、もはや旧車イベントでも珍しいものではなくなりつつある。だから展示車の中にファミリアアスティナを見つけた時は驚きのあまり目を丸くしてしまった。「アスティナだよ〜」と心の中で呟きながら近寄ると、クルマの前に能登半島地震で倒壊した輪島市の模様を伝える冊子が置かれている。気になりナンバープレートを見れば、やはり「石川」ナンバー。お話を聞きたくなり、オーナーが戻るのを待つことにした。

スポーツカーの象徴がファミリーカーに備わる。

クルマのもとへ戻られたオーナーに話しかけると、持ち主は64歳になる山下一広さんだった。珍しいアスティナを選ばれた理由より、気になるのは地震の被害。すると山下さんの自宅は断水したままの状態ながら、何の支援も受けられないという。なんでも自宅は基礎ごと数メートル単位で動いてしまい、上下水道が分断されてしまった。元の状態へ戻すのは至難の業だが、上下水道を復旧させることなら可能。ところが半年以上経つ今も、支援どころか復旧工事が行われる様子すらなく「もう笑うしかありません」とのこと。毎日仕事へ出かける時は早めに家を出て公共のトイレへ向かうのが日課だが、多くの家で上下水道が分断しているため公共トイレも埋まってしまうことが多い。そのため職場までトイレを我慢する日が続いているという。

Cピラーなどへ地震の際に傷がついてしまった。

海外へは気前良く支援金をばら撒く現政権に批判が集まるのも無理はない。自国の被災地を優先すべきなのは当然のことで、部外者ながら聞いているだけで憤慨してしまった。ただ、山下さんには日常のことなので「笑うしかない」と日々淡々と過ごされている。時には気晴らしが必要なのは当然で、すでにネオクラとして扱われるアスティナに乗り今回のイベントへ参加されることにしたのだ。

フルノーマルを保つインテリア。

山下さんがアスティナを手に入れたのは2016年のこと。その前から探していたのだが「5年探して3台しか見つからなかった」というほど数を減らしていた。そもそも山下さんがアスティナを選んだのは、リトラクタブルヘッドライトを備えるSA22CサバンナRX-7が欲しかったことが大元。まだ新車が買えた当時に欲しいと奥様に訴えたが、いかにもスポーツカーというスタイルに奥様が難色を示された。そこでRX-7を諦めファミリアのセダンを選んだ。当時はまだ山下さんが20歳前後の頃であり、スポーツカーに乗るのを誰しも憧れた時代。だが、奥様の気持ちを優先してファミリアを選んだところに優しさと愛情を感じてしまう。

走行距離はなんと3万キロ台!

60歳の還暦を前に、若かった頃に憧れたクルマを手にするケースは数多い。山下さんも同様の思いから若かった頃の思い出のクルマに乗ろうと考えた。ここでRX-7を探したのかと思いきやそうではなく、当時セダンを選んだファミリアへの想いが募っていた。しかも’80年代後半にファミリアシリーズへ追加されたアスティナのことを思い出した。ファミリアアスティナは1989年に発売された、いわばファミリアのスペシャルティカー。基本コンポーネンツはファミリアながら、フロントにリトラクタブルヘッドライトを、リヤにはクーペにも見えるファストバック風テールゲートを与えている。

壊れてしまったためステレオだけ新調した。

すなわち居住空間はセダンなどと変わりないほど実用的ながら、スポーツカー風のスタイルが楽しめる。しかも若い頃乗ったファミリアの系統であり、今の山下さんの気持ちにピッタリな選択肢だった。そこで中古車を探し始めるも、前述のように5年探して3台しか売り物がなかったという希少車。アスティナの搭載エンジンは1.5リッターSOHC16バルブのほか同DOHCや1.6リッターと1.8リッターのDOHCが選べた。スポーツカー的に楽しみたいなら1.6や1.8リッターDOHCを選ぶべきだが、そもそも選べるだけの選択肢がない。インターネットで検索して、たまたま見つかった1.5リッターSOHCの現車を購入するのだった。

疲れにくいシート。

実に走行距離が3万キロ台でしかないので、購入から8年が経った今もノートラブル。日頃のメンテナンスさえしっかりしていれば、多少年式が古くてもトラブルに遭うことは少ないという好例だ。むやみにカスタム・チューニングしないのもポイントで、アルミホイールと「壊れたから交換した」というステレオ以外はフルノーマルを保っている。しかも低グレードを選んで正解だったのは高燃費であること。トランスミッションが5速MTであることも影響しているだろうが、実燃費は18km/L以上ラクに走るとのこと。事実、前日に埼玉入りした山下さんのアスティナは輪島で入れただけで到着するまで無給油なのだ。

エンジンは変哲のない1.5リッターSOHC。

そんなこんなでお気に入りのアスティナだが、能登半島地震の影響を受けている。最大震度7という大揺れの中、周囲の建物などが倒壊してアスティナのボディのそこここへ傷をもたらした。だが、普通に乗ることならできる。修理工場を何軒もハシゴして話を聞くも、まずは動かせるようにしなければならないクルマが多いので後回しになってしまう。それならしばらく、このまま乗るしかない。そう割り切り、晴れの舞台であるイベントにもこのままの姿で参加された。何かと不便が続く日常だから前日に宿泊したホテルが快適過ぎたそうで、関東にいる間くらい羽を伸ばしてほしいと思わずにはいられなかった。

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著者プロフィール

増田満 近影

増田満

小学生時代にスーパーカーブームが巻き起こり後楽園球場へ足を運んだ世代。大学卒業後は自動車雑誌編集部…