動き始めた学際思考のクルマ創り Human & Eco Friendly Vehicle【シン自動車性能論】

1970年に三栄書房から出版された『おはなし自動性能論 あなたの車はハイウェイを走れるか』という本がある。その著者が小口泰平先生だ。日本の自動車研究の泰斗として数々の研究成果を挙げてこられた小口先生が、21世紀の自動車性能論を書き下ろす。名付けて『シン自動車性能論』である。

はじめに(序文)

小口泰平(おぐち やすへい)
1937年長野県生まれ。工学博士。芝浦工業大学名誉学長、日本自動車殿堂名誉会長。1959年芝浦工業大学工学部機械工学科卒業、東京大学生産技術研究所を経て、1968年芝浦工業大学助教授、1982年に教授、1991年システム工学部長を経て1997年から2000年まで学長を務めた。マン・マシンシステムの立場から自動車の運動性能の試験研究、安全運転に関する研究に携わってきた。

時代は変わる。人々の想いや生活心情そして趣味なども変わりましょう。もっとも大きく変わるのは仕事の中身でしょう。それは好き嫌いの問題ではなく、生きることの基盤とその文化の確立に直結しているからです。あえてひと言でいいますと、それは「人々の進化」です。これこそが人生の礎であり、生き甲斐を育むことになります。

「進化」は人類社会の誇りです。ヒトは古来より、あらゆる分野での進化を追求してきました。モビリティの領域では、快適さ・便利さ・効率の良さ・そして何よりも安全を求めるモノ創りが進められ、進化してきました。それらのテクノロジーは、高度の理論とその活用、構造設計、生産技術、性能試験、更には社会及びユーザーの受容性評価などによって支えられているのです。


クルマづくりは、古代の「車輪の発明」によって始まり、やがて「馬車」、「蒸気機関自動車」、「内燃機関自動車」そして「ハイブリッド車や電気自動車」等々です。小アジアからメソポタミアへと流れるチグリス・ユーフラテスの河のほとり、モノを運ぶための車輪が発明され、「転がりの原理」によって今日のクルマの原点が芽吹きました。その後、英国全盛期の馬車用タイヤ、フランスで生まれた蒸気エンジン、カール・ベンツの内燃機関自動車へ。その一方で、2600年前古代ギリシャの七賢人のひとり、哲学者のターレスは静電気を発見。やがて1800年イタリアのボルタによる電池の発明、1821年にはイギリスのファラデーによる発電機の原理の発明等々、さまざまな開拓が行なわれました。かくしてエレクトロニクス、IT世界へとつながり、さらには新たなモビリティの世界「自動運転」へと向いつつあります。


ところで、EVの原点であるモーターの発明は、モノの本によりますと「1873年のウイーン万国博覧会でのこと。出品されていた直流発電機の端子に、係員が間違えて電流を流してしまったとき、勢いよく回転して力を発生。これがモーターの始まり」と言われています。何とも愉快です。


では、これからの自動車は、どのようにして新たなる道を歩むのでしょうか。いわゆる「ミライ車」であり、新たな時代を拓く「シン自動車」です。革新の時代、これからの10年間は、新たな芽が育まれ、研究成果が到る所に組み込まれることでしょう。ここに『シン自動車性能論』と題してその一端を繙いて参りましょう。

シン自動車創り「4つのウエア」

近年、IT(Information Technology:情報技術)の進化により、モノ創りの世界は大きく変わり、価値観の多様化をもたらしてきました。かくして、第3次の本格的IT時代が動き始めています。それは、爽やかであり、楽しく、しかも快適なシグナルです。

その歴史を振り返ってみますと、2001年1月「高度情報通信ネットワーク社会形成基本法」(国際的な対応を目指すIT基本法)が 施行され、これが大きな節目のようです。そして2021年9月には、国民を中心に据えたIT社会の発展を目指す「デジタル社会形成基本法」が制定され、行政の始動が期待されるところとなりました。

シン自動車創りは、「ハードウエア」「ソフトウエア」はもとより、新たな価値の創造を育む心と文化「マインドウエア」が不可欠です。そして国際かつ国内的にコトを推進する行政、すなわち「アドミンウエア」が凛として確かなる道を歩むことにより、新たなるクルマ創りの道が拓かれることでしょう。

モノ創り、とりわけ「クルマ創り立国」として、ハードウエアの領域では先人のたゆまぬ努力と英知によって世界をリードしています。ソフトウエアのIT領域では「遠慮がち体質」による「イマイチ感」といわれていますが、実は何のその。ポテンシャルは十分であり、その気になればハードウエアを超えることもあり得ましょう。マインドウエアは、我が国の歴史を繙けば、さまざまな歴史遺産に見られるように遺伝子の中に確と組み込まれていることが窺えます。

かつての縦割り学術や各分野を寄せ集める多学的な取り組みに止まることなく、明確なる目的思考のもとでの学際的な取組みが期待されています。豊かなモビリティ社会を支えるミライ車創りは、地球環境の改善とその保全、そして事故ゼロを目指すべく、多少の曲折はありましょうが、自動運転への進化は確かでしょう。とりわけ高齢化社会への歩みは、良し悪しや好みの問題ではなく、自然界の理なのです。ヒトの平均寿命はその道の学識者によりますと、何と125才説が有力のようです。そしてシン自動車の動力の道は、どうやらEVのようです。水素自動車も環境や資源問題との関わりにより、さらには地政学的な国際社会の不安定化をうけて、しばらくは二頭立馬車の道を進むことが考えられます。        

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著者プロフィール

小口 泰平 近影

小口 泰平

小口泰平
1937年長野県生まれ。工学博士。芝浦工業大学名誉学長、日本自動車殿堂名誉会長。1959年芝浦工…