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充電リッドを備えたフロントグリルに注目
新型軽商用EVのホンダN-VAN e:には4つのタイプがある。一般ユース向けのe: FUNタイプにビジネスユース/一般向けのe: L4タイプ。この2タイプは4座仕様だ。そして、ビジネスユース2座仕様のe: L2タイプとビジネスユース1座仕様のe: Gタイプである。エクステリアは3種類で、e: FUNタイプはe:の立体エンブレムとホイールキャップを装備。e: L4とe: L2タイプはデカールエンブレムとセンターキャップになり、e: Gタイプは前後バンパーが無塗装になる。
N-VAN e:はタイプによってエクステリアが異なるが、タイプは同じでも、「世界にひとつだけ」だ。なぜなら、充電リッドを備えたフロントグリルの意匠がひとつとして同じではないからだ。黒いフロントグリルに顔を近づけてみると、赤や黄、白に青の小さな粒が確認できる。
コレ、販売会社で回収した廃棄バンパーの塗膜片だ。元はすべて、ホンダ車の樹脂バンパーである。塗膜片がランダムに散らばっているため、同じような意匠に見えて、実は1台1台異なる。だから、「世界にひとつだけ」なのだ。「見せるサステナブルマテリアル(サスマテ)」でもある。
本田宗一郎の想いがスタート
ホンダは長年リサイクルに積極的に取り組んでおり、(筆者も今回の取材を通じて初めて知ったのだが)鈴鹿工場の従業員が来ている作業着はリソースサーキュレーション(資源循環)の考えに基づいてリサイクルされ、インシュレーター(遮音材)に混ぜ込まれているという。創業者の本田宗一郎は「いったん工場に入れた材料は、製品になったもの以外は外に出さない」と言ったと伝わる。ホンダのリソースサーキュレーションに対する強いこだわりは、宗一郎の強い意志が起源だ。
1991年に一部地域の販売店で樹脂バンパーの回収を始めたホンダは、1995年に回収ルートを全国で確立。1996年にバンパー・トゥ・バンパーの水平リサイクルを実現した。当初は補修用だったが、1998年には量産用バンパーへの適用を始め、使用済みバンパー材を100%使用した無塗装バンパーの導入に至った。e: Gタイプの無塗装バンパーはこのタイプである。
無塗装バンパーには塗膜の粒がわずかに残っているが、これは残ってしまったものだ。意匠の観点からすると異物である。「均一なものを目指してきたので、ツブツブが意匠面に出るのはイヤ。だから、アンダーカバーなど見えないところに使ってきました」と、世界にひとつだけの見せるサスマテを開発したデザイナーは説明する。
塗膜は異物扱いだったので、わざわざ剥がして使っていた(それでも残る)。サンプルを見せていただいたが、粉砕した樹脂片(バンパー粉砕材)には塗膜がしっかり残っている。これを剥離して粉状にする。
「玄米を精米するイメージです。精米してお米から剥がれ落ちた糠(ぬか)がこれ(塗膜剥離粉)です」
にんにくチップ状のバンパー粉砕材は、処理を経ることでブラック岩塩状の塗膜剥離粉になる。剥離粉のところどころに、赤や黄、青や白の塗膜が混ざっている。
「この糠(塗膜剥離粉)をバンパー解体工場で見せてもらったのですが、むしろこの糠の粒を意匠面に生かしたほうがいいのではないかと感じ、パンパーリサイクル材にマシマシで混ぜることにしました。ホンダ車から回収した樹脂バンパーでしかできていない赤であったり、黄色があったり、青があったり……。ホンダ車の歴史が見える形になった、世界にひとつだけの意匠です」
機会があったらルーペ持参でN-VAN e:のフロントグリルを見てみるといいだろう。白やシルバーが圧倒的に多いが、ところどころに赤や黄、青が確認できる。この黄色はフィットかそれともシビック・タイプRか、CR-Zのパープルはあるかなどと想像しながら眺めるのも楽しい。役目を終えたホンダ車のバンパーが粒になって漆黒の樹脂に散らばった様子は、空気が澄んだ地で見る星空のようで、ロマンチックですらある。
意匠面としてきれいに見せるためにフイルムにするアイデアもあったそうだが、コストがかかるため射出成形一発で仕上がるようトライを繰り返して実用化の運びとなった。粒が樹脂に埋もれず、表面ではかたよらず、いい具合に散らばせる苦労があったという。その甲斐はあり、N-VAN e:にとって魅力ある部位のひとつになっている。
ちなみに、e: FUN、e: L4、e: L2の各タイプは前後バンパーがボディ色に塗装されているが、無塗装のe: Gタイプと同様にリサイクル材のバンパーを採用している。色は塗ってあるが、中身はリサイクル材だ。また、センターコンソールのロワにもバンパーリサイクル材を採用。フロントグリルと同様、リサイクルマークが目印だ。