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軽自動車の黎明期をけん引した3台の名車
・スバル360(1958年~)
軽自動車普及の立役者は、日本初の国民車であるスバル(当時は、富士重工業)の「スバル360」である。“てんとう虫”と呼ばれたキュートなスタイルと最新技術を搭載したスバル360は、10年にわたり軽販売トップの座に君臨した。
・ホンダN360(1967年~)
ホンダ初の4人乗り軽乗用車「N360」は、FFパッケージを活用した広い室内空間と高性能エンジンによる卓越した走り、加えて入手可能な低価格を実現して爆発的な人気を獲得し、軽の高性能時代を先導した。
・スズキ・アルト(1979年~)
1970年代は、オイルショックと排ガス規制の強化で停滞した軽市場を再び活性化したのは、軽ボンネットバンという新たなジャンルを開拓したスズキの「アルト」である。軽ボンネットバンとは、商用車でありながら乗用車のようなスタイリングの軽であり、商用車は物品税が非課税のため、販売価格が下げられるメリットがあるのだ。アルトは、衝撃的な47万円の低価格でデビューし、空前の大ヒットを記録。他社も軽ボンネットバンを投入し、軽ボンネットバンの一大ブームが巻き起こった。
ところが、1989年に消費税が導入されたことで物品税は廃止され、商用車と乗用車の税制格差がなくなり、これにより軽ボンネットバンの大きなメリットが消失して、軽ボンネットバンブームは終焉を迎えたのだ。
背の高い軽ハイトワゴンブームを巻き起こしたワゴンR
軽ハイトワゴンのパイオニア「ワゴンR」は、1993年に登場した。ワゴンRは、車高を「アルト」より頭一つ分(255mm)高くした1680mm、さらにホイールベースをクラス最大の2335mmに設定して、従来の軽自動車になかった圧倒的なサイズ感、居住空間を実現した。
右側1ドア、左側2ドアの個性的な左右非対称の3ドアで、サイドシルの高さを低くしてフロアとの段差をなくし、さらにシートを上げて背もたれの角度を立てて自然な姿勢での乗降を可能にしたことが、画期的だった。
パワートレインは、最高出力55pを発揮する660cc直3 SOHCエンジンと5速MTおよび3速ATの組み合わせ、1995年にはインタークーラー付ターボモデルも追加され、商品力強化が図られた。
車両価格は、標準グレードで79.8万円、トップグレード(4WDターボ)で119.5万円に設定。ちなみに、当時の大卒初任給は約18.4万円(現在は約23万円)だったので、単純計算では現在の価値で標準グレードが約100万に相当する。
爆発的な人気を獲得したワゴンRは、発売から3年2ヶ月の1996年に累計販売台数50万台、1998年に登場した2代目も好調をキープし、2001年には累計150万台を達成。なんと2008年までカローラやフィットを抑えて販売台数のトップの座に君臨したのだ。
続々とライバルが出現しハイトワゴンブームが到来
ワゴンRの大成功を受けて、他社も続々とハイトワゴンを投入した。最大のライバルであるダイハツからは、1995年に「ムーヴ」がデビュー。ムーヴは、人気セダン「ミラ」をベースに、スタイルはワゴンRに類似しながらも、使い勝手の良い左右対称5ドア、後席スライド機構を装備するなどワゴンRとの差別化を図った。
ホンダからは、23年ぶりに復活したホンダの2代目「ライフ」が1997年に登場。セダンとワゴン両方の魅力を合わせ持つ軽として、ハイトワゴンとRVを融合したようなスタイリングが特徴だった。
三菱自動車からは、「トッポBJ」が1998年に登場。実は、背高ノッポの軽自動車としては、ワゴンRよりも前に三菱から1990年に「ミニカトッポ」が投入されていた。ただミニカトッポは、6代目ミニカをベースに全高を230mm高く1695mmとし、シートポジションはほとんど上げずにヘッドクリアランスだけを拡大するというハイトルーフが特徴で、ワゴンRのように居住空間が広がる有難味がなかった。トッポBJは、ミニカトッポの後継としてハイトワゴンへと改良を加えたのだ。その他、スバルから「プレオ」も続いた。
ハイトワゴンからスーパーハイトワゴンへ
ハイトワゴンが続々と登場するなかで、2003年にはダイハツからさらに全高を1725mmまで上げた「タント」が発売された。ハイトワゴンよりさらに全高を上げたスーパーハイトワゴンという新たなジャンルを確立させ、その後スズキも「パレット」、「スペーシア」、ホンダ「N-BOX」、日産「デイズルークス」、三菱「ekスペース」と続き、今やスーパーハイトワゴンが軽の主流となっている。
ハイトワゴンとスーパーハイトワゴンの明確な基準はないが、一般的には全高1600mm以上がハイトワゴン、さらに1700mmを超えるとスーパーハイトワゴンと呼んでいるようである。
ワゴンRが誕生した1993年は、どんな年
1993年には、ワゴンR以外にもマツダ「ユーノス800」、トヨタ4代目「スープラ(A80型)」、日産9代目「スカイライン(R33型)」」などが誕生した。
ユーノス800は、当時マツダが進めていた5チャンネル(販売網)のひとつ、ユーノス店のフラッグシップモデルで、量産車初のミラーサイクルエンジンを搭載したことで注目された。4代目トヨタ・スープラ(国内でスープラを名乗るようになって2代目)は、低重心のダイナミックなフォルムの走りを追求したスポーツカーで、全日本GT選手権で大活躍した。日産R33型スカイラインは、先代でダウンサイジングして不評だったため(※BNR32を除く)、全車3ナンバーにしてGTカーへと変貌した。
自動車以外では、皇太子徳仁親王と小和田雅子様のご結婚の儀が行われた。横浜ランドマークタワーが開業、レインボーブリッジが開通し、サッカーのJリーグが開幕した。
また、ガソリン121円/L、ビール大瓶320円、コーヒー一杯380円、ラーメン474円、カレー600円、アンパン100円の時代だった。
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“軽自動車は狭いからちょっとね”と考えていた人たちを振り向かせた「ワゴンR」。軽自動車をファミリーカーへと格上げさせた、日本の歴史に残るクルマであることに、間違いない。