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イタリアンDNAを再構築
2021年1月、旧PSAと旧FCAが合併してステランティスが発足。旧PSAのデザインディレクターからステランティス欧州部門のデザイン責任者となったジャン-ピエール・プルーエは、フィアット/アバルトとアルファロメオのチーフデザイナーを新たに任命し、ランチアについては当面、自身が兼任するとした。フィアット/アバルトのチーフデザイナーに抜擢されたのが、ルノーで20年余りのキャリアを持つフランソワ・ルボワンヌだ。
「フランス国内で別の会社に移ることにはまったく興味がなかった」とルボワンヌ。ステランティスのイタリア系ブランドのデザインスタジオは、トリノに集約されている。ルボワンヌは転職にともなって、パリからトリノに引っ越した。
「60〜70年代のトリノには巨匠と呼ばれるデザイナーがいて、彼らがトリノをカーデザインの首都にした。ひとりのカーデザイナーとして、自分がそんなトリノの歴史の一部になり、イタリアン・ブランドを再興する一翼を担えるのは素晴らしいことだ」とルボワンヌ。そしてこう続けた。
「確固たる伝統があり、異なる文化があり、デザインへのアプローチも異なるところに行くのは、私にとってチャレンジだった。しかしそこに自分のデザイン経験を持ち込んで、何か新鮮な方法でデザインができると考えた」
フィアットに着任して最初に行ったのは、「DNAドキュメント」を作成することだった。フィアットのデザインがどんなDNAを持つべきか? それを明らかにしてから、それぞれのプロジェクトに着手したわけだ。「DNAドキュメント」ではイタリアの食材をモチーフにしたという。
「シンプルさを象徴するパスタ、カラフルなデザイン戦略を表すトマト、機能性と時代に対応して変化する融通性を示すモツァレラとかね。そしてシンプルなデザインをやるときに大事になるディテールは、バジリコ(バジルの葉)のようにモダンで緻密でクールにまとめる」
言葉だけではなかなかわかりづらいが、ともあれ狙いは、フィアットをイタリア料理のレストランに喩えることで、それぞれの商品にイタリアらしさを表現していくこと。「実際にこのドキュメントがデザイン開発に役立っている」と、ルボワンヌは手応えを強調する。
500という資産を活かす
現行500e(市場によっては500と呼ぶ)は、ステランティスが発足する前のFCA時代に開発された。「500eという非常に強力なデザイン資産があることも、フィアットで働く動機になった。500eから新しい資産を生み出すというのは、非常に興味深い仕事だからね」とルボアンヌは振り返る。
彼はルノーで、小型コミューターのトゥイジーから5代目エスパスまで、さまざまな量産車のデザインを担当した後、2018年からは先行開発スタジオを率いていた。最後に手掛けたのが、2021年1月に発表されたコンセプトカーのルノー5プロトタイプである。
この5プロトタイプは70〜90年代の初代/2代目サンクをモチーフにしたデザイン。ルノーが過去の名車を題材にコンセプトカーを作るのは珍しいが、フランスでの報道によれば、ルカ・デメオCEOがルボワンヌの提案に注目し、量産化に向けてゴーサインを出したという。
一方、フィアットは2007年に500を復活。50〜70年代の500(ヌオーヴァ・チンクエチェント)のイメージを再現したデザインで、大成功を収めていた。それをBEVに進化させたのが現行500eである。
そんな500eという資産を活かし、ルボワンヌが新しい600/600e(欧州には1.2ℓマイルドハイブリッドの600もある)をデザインするとき、ルノーで5プロトタイプを生み出した経験は役立ったのだろうか? いささか不躾な質問だったが、彼は「デザイナーが自分の経験を使うのは、まったく普通で自然なことだ」としつつ、「過去にやったことを繰り返したりはしない。新しいプロジェクトは私にとっていつも新しい挑戦だ」と強調した。
「フィアットはフィアットでなくてはならないし、イタリアンでなくてはいけない。500eや600eに過去を思い出させるところがあるにしても、それは人々を過去に再び結び付け、未来に安心感を与えるためであり、基本的には新しいデザインを生み出そうと真剣に努力している。500はそうしたフィアットのアプローチの最良の例だ。だから600eは500のファミリーに属す新型車としてデザインした。」
ドルチェヴィータとクール&ファンクショナル
小型コミューターのトポリーノ(シトロエン・アミの姉妹車)も、500のファミリーに入るデザインだ。「500e、600e、トポリーノは共通のデザイン要素を持つ兄弟姉妹だ。このファミリーはフィアット・ブランドのドルチェヴィータの側面を体現している」
「ドルチェヴィータ」は1960年に公開された映画の題名であり、それ以来、戦後復興を成し遂げたイタリアの希望に満ちた50〜60年代を象徴する言葉として広まった。2007年に復活した500は、そんなイタリアの輝かしい伝統を人々に思い起こさせ、大成功を収めたのだ。そしてこのドルチェヴィータなファミリーに、家族のファーストカーとして充分な居住性・実用性を備える600eが加わった。
さらにフィアットは去る6月、グランデパンダを発表した。初代パンダを彷彿とさせるという意味では、これも往年の名車をモチーフにしたデザインだが、ルボワンヌによれば役割が異なり、「グランデパンダはフィアット・ブランドのクール&ファンクショナルな側面を担う最初のクルマだ」という。「クール」は冷たいではなく、お洒落という意味だろう。初代パンダは機能性を追求しながらもお洒落なクルマだった。
「グランデパンダはフィアットの2つ目の柱。これを中心にファミリーを築いていく」とルボワンヌ。「600eとグランデパンダの外観はまったく違うけれど、どちらも同じ両親から生まれた子供だ。どちらも遠目にもフィアットに見えるはずだよ」
イタリアは歴史との結び付きが強い
柱が2本では、なんだか安定が悪いし、フィアットには日本ではあまり知られていないティーポというCセグメント車もある。いずれ3本目の柱が必要になるのでは? そう問うと、ルボワンヌは「未来はオープンだ。市場は動いているし、世界は進化している。我々も同じ場所に居続けることはできない」としつつ、こう続けた。
「いずれにせよ、人々が未来に向かって笑顔になれるようにすることが大事だ。フィアットはそれを提供するブランドであり、ポジティブな未来を信じているブランドだ」
「過去の名車を振り返るのは、過去に縛られているからではない。過去から何かを取り入れ、それを使いながらモダンなストーリーを考え、明るい未来を創造する。600eもグランデパンダも、使い勝手から空力まで、モダンなクルマに必要な要素はすべて込めてデザインした」
「しかし、それでも我々のデザインはイタリアの歴史につながっている。そこがフランス車との大きな違いだ。フランスの文化において破壊は創造のひとつの手段だが、イタリア人は物事に継続性を求める。これは非常に大事な文化の違いだ」
過去の名車をモチーフにしたデザインを、「レトロ」などと安易に呼んではいけない。温故知新という言葉でも足りない。少なくともイタリア車のデザインにおいて、それは文化そのものなのだ。今後はそんな意識を持ってイタリア車を見なくてはいけない、と気付かされたインタビューだった。