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現時点でランニングコストとしての魅力はイマイチの水素だが…
先日、ホンダが新世代の燃料電池車としてローンチした「CR-V e:FCEV」に公道試乗する機会があった。ご存知のように、燃料電池はタンクに充填した水素と大気中の酸素を利用して発電する仕組みだ。しかしながら水素ステーションという重要インフラの整備が進んでいないということで、CR-V e:FCEVでは外部充電によってショートレンジEVとして利用できる機能も持たせることで実用性を高めている。
そうした利便性は評価しつつも「はたして、そこまでして水素燃料電池車を作り続ける必要はあるのだろうか?」という疑問を抱くのは自然だろう。また、ホンダが公表している燃費性能は129km/kgとなっているが、今回の試乗で立ち寄った水素ステーションでの販売価格は1650円/kgとなっていた。つまり1kmを走るのに約12.8円が必要ということになる。
レギュラーガソリンを165円/Lとして計算すると12.9km/Lのエンジン車と同等のランニングコストである。EVの急速充電と比べても圧倒的なスピードで充填でき、すぐに走り出せるというゼロエミッション車としてのメリットは認めつつも、コスト的にはEVに及ばないどころか、ハイブリッド車にも劣っているのが燃料電池車の残酷な真実ともいえる。
日本の国家戦略「水素社会」では火力発電が主役。クルマは…?
経済性におけるメリットが見えづらい中で、水素燃料電池車を推進する必要はあるのか、といえば国家戦略的には「イエス」というのが答えになるだろう。
衆院選挙があったので見過ごしていたかもしれないが、じつは令和6(2024)年10月23日に「脱炭素成長型経済構造への円滑な移行のための低炭素水素等の供給及び利用の促進に関する法律」、通称『水素社会推進法」が施行されている。この法律が施行された背景について経済産業省の説明を引用すれば以下の通り。
2050年カーボンニュートラルに向けて、今後、脱炭素化が難しい分野においてもGXを推進し、エネルギー安定供給・脱炭素・経済成長を同時に実現していくことが課題。こうした分野におけるGXを進めるためのカギとなるエネルギー・原材料として、安全性を確保しながら、低炭素水素等の活用を促進することが不可欠。
2050年カーボンニュートラルという国際公約の実現と経済成長を両立させるには「低炭素水素」が重要になるというのが日本の国家戦略となっている。つまり、水素のポテンシャルについて現時点で判断するのは時期尚早であり、将来性があるエネルギーソースと考えることができるのだ。
ただし、水素社会における主役は燃料電池車ではない。上に示した経済産業省のプレゼンテーション資料の右端には主な利用領域が記されているが、その一番上には大規模発電とある。日本の戦略としては火力発電の燃料を徐々に水素やアンモニアに変えていくことでカーボンニュートラル発電の主役にしたいと考えている。じつはモビリティにおける水素の直接利用はプライオリティが低い。
ゼロエミッションの火力発電が実現すれば、EVの運用におけるCO2排出量もゼロとカウントできるようになる。水素で走るクルマというのは長距離輸送のトラックなどが中心となり、乗用車のほとんどはEVとしたほうが社会全体のエネルギー最適化につながるといえる。もちろん、それでも充填時間の短さなどが求められる一部の領域において水素を利用して走る乗用車のニーズも残るはずだ。
つまり、水素で走るクルマの開発を続ける必要性がなくなることはない。ホンダが最新の燃料電池車としてCR-V e:FCEVをローンチしてきたのは、そうした背景からすると大いに意味がある。
寿命は短い? 燃料電池車の課題となる高圧水素タンク問題とは?
ところで「水素社会推進法」では、社会的な水素利用を進めるにあたり壁となる法規制への特例措置も考慮されている。
燃料電池車に関連する法規制として、いの一番に改善してほしいと思うのは、高圧ガス保安法に基づく、水素タンクの充填可能期限に関する部分だ。
下に示したのはCR-V e:FCEVの水素充填リッドに貼られた証票だが、ここには水素タンクの充填可能期限が2038年11月と明記されている。つまり、この時期を超えて、この個体を走らせるには高価な水素タンクを新品交換しなくてはならない…というが現在の法規制だ。
もちろんガス漏れが起きていて、安全に運行できないようであれば交換はやむを得ないわけだが、タンクのコンディションにかかわらず一定期間(現在は15年)で水素タンクの実質的な使用期限がくるというのは燃料電池車の普及には妨げとなるだろう。水素社会を推進するのであれば、このあたりの規制緩和についても議論が進んでいってほしいと切に願うところだ。