まずはMPDV ラストワンマイルで真価を発揮する
タイトルバックに使っている写真は、カヌーのスケートボード・シャシーに座席とステアリングだけを取り付けたカートである。同社は「スケートカート」と呼ぶ。これでフラットダートの上を走っている。「このままでも走れます」というアピールだが、カヌーの将来計画にはスポーツカーもある。
ちょうど1年前、カヌーはMPDV=マルチ・パーパス・デリバリー・バンというモデルを発表した【写真1】。車両タイプはMPDV1とMPDV2のふたつで、それぞれ80kWh/60kWh/40kWhという3つの電池搭載量を選べる。市販価格は3万3000ドル(1ドル=114円換算で376万2000円)からだというが、これはおそらく40kWh電池の最廉価版であり、発表資料から想像するとシートは運転席のみ、内装(トリム)は簡素なものと思われる。2022年から少量生産を開始し、2023年から市販する予定だ。
同社は「ラスト1マイルの配送業務や小売り業者向けだけでなく、物流業者や大企業など大口顧客の特定用途を満たすためのカスタム仕様を共同開発するオプションがある」という。アメリカでフリート(大口顧客)と言えば、「まとめて何百台」あるいは「数万台」という受注規模であり、カヌーが狙っているのはこうしたユーザーだろう。公表されたMPBVの写真には、全高とホイールベースが異なる3仕様が写っている【写真2】。
カヌーのスケートボード・シャシー【写真3】は鋼製フレームだ。脚周りは横置き樹脂製リーフスプリングによるダブルウィッシュボーン・サスペンション。ステアリング系は可変ギヤレシオのSBW(ステア・バイ・ワイヤー=電線による操舵)式EPAS(電動アシスト式パワーステアリング)。SBWが標準であり、これはレベル2.5の自動運転に対応するためだ。また、車両には125Vまたは240Vの電源コンセントがあり、電動のこぎり、コンプレッサーなどのツールを使えるワークステーションになるという。
MPDVに続いてカヌーは、ライフスタイルビークル【写真4】とピックアップトラック【写真5】を発表した。シャシーはMPDVと共通で、上屋の「着せ替え」仕様である。BEVスタートアップ各社が言うスケートボード・シャシー最大のメリットは「走行機能が独立しているため上屋を分離でき、上屋を自由に設計できる」ことだが、カヌーもこの方式である。
ライフスタイルビークルは商用車とミニバンのバリエーションがあり、ミニバンは【写真6】のようなキャビンを持つ。後部座席はドア内側を背もたれに使う「コ」の字型の4人乗りだが、果たしてこの着座レイアウトが乗員の安全規定を満たせるかどうかは疑問が残る。ボディ骨格は【写真7】のようなモノコック構造であり、ドアに内蔵されたサイドインパクトビームや欧米流の「充分な量をはみ出させて接合強度を保つ」という構造用接着剤の使い方などが「普通の乗用車」でることを窺わせる。
シャシーとキャビンを分離すると言っても、衝突時にはキャビン側もダメージを受ける。衝突安全性についてはエンジニアリング会社の最大手であるオーストリアのAVLにコンサルティングを依頼した。どのような骨格構造なのかはいっさい発表されていないが、アメリカで販売する場合はFMVSS(連邦自動車安全基準)に適合していなければならず、当然、同基準は満たしているはずだ。
2021年から限定生産と限定販売、2023年から量産というカヌーのBEVだが、公表されている写真とビデオから細部を推測してみた。まず、MPDVのボディは【写真8】のように閉断面の鋼材を溶接して組み立てたスケルトン構造であり、これはバスの作り方に似ている。側面のパネルを跳ね上げ式にする仕様や完全な「箱バン」仕様【写真9】など多くのバリエーションを想定しているが、箱バン仕様は外板が大きなパネルになるから、モノコックで作るよりはスケルトンのほうが合理的だ。
ステアリングは「どこに置いても構わない」という、操舵機構と操作部分(ステアリングホイール)が分離したタイプだ【写真10】。左右前輪の角度を変える機械機構は電動モーター式で、そこに操舵角の指示を与える操作部分は単なる入力装置であり、舵角指示は電気信号として送られる。完全なSBWだ。果たしてどのような出来具合だろうか。ビデオを見ると、四角いステアリングホイール(もはやホイール=車輪形状ではないが)は最大で90度程度しか操作されていない。ドライバーはどのような路面反力を感じるのだろうか。
なぜかプレス(報道)向け資料画像から削除されてしまったスケートボードシャシー【写真11】を見ると、操舵機構は前軸中心より前にある「前引きステアリング」だ。サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーンであり、そのピボットが取り付けられるフレームは5mm程度の板厚の鋼板を曲げ加工(もしくはハイドロフォーミング?)で作ってある。キャビンと積載物の重量を考慮すればこうなるだろうが、2トン積みのトラック並みである。
そのスケートボードシャシーのフレーム部分は小さなパーツとしてジグ上で作られたあと、ジグ上で全体を組み上げる【写真12】【写真13】。寸法精度はジグに依存しており、これもトラック的な作り方だ。ドアなどのジグに固定しクランプしたうえでロボットが溶接する方式であり、このあたりの製造工程は「普通のクルマ」だ。
LiBについては資料でまったく触れていないが、製造工程を紹介するビデオに一瞬だけ写っていたシーンには、18650(18mm直径×長さ65mm)のような円筒形電池が見られた【写真14】。264セルを1モジュールにしている。テスラはパナソニックに特注する18650を1台当たり6500本ほど使っているが、カヌーのパイロット生産ビデオを見ると最大16モジュールに見える。16モジュールだとすれば4224本だ。
興味深いのは、ライフスタイルビークルの三角窓に樹脂グレージングを使っていると思われる点だ【写真15】。この大きさのガラスは手持ちでボディに位置決めしてくっつけられるような重量ではない。しかも作業はひとりだから、おそらく樹脂窓だろう。接着剤の塗布もロボットではなくて作業と思われる。
まだカヌーのBEVは発売されていない。しかし、設計と製造工程は非常に興味深い。商品企画と開発には「自動車メーカーで経験を積んだスタッフ」が百人単位で関わったという。一見したところ未来的というか「自動車離れ」してはいるが、細部を観察すれば「普通の自動車」である。果たして、人間が使う道具としてどの程度の完成度と商品性を備えているか、気になるところだ。その意味で発売が楽しみである。