BEV新興勢力のクルマたち・3:カルマ・オートモーティブ

テスラになり損ねた会社……なぜフィスカーはカルマになったのか

2019年に発表された象徴的なコンセプトモデル「SC2」
テスラになり損ねた会社……アメリカの電動車ベンチャーだったフィスカー・オートモーティブ(FISKER Automotive)はこう呼ばれた。2010年に発売されたシリーズHEV(ハイブリッド・エレクトリック・ビークル)である「カルマ」は当時PHEV(プラグイン・ハイブリッド車)と言われていたが、現在の基準で言えばシリーズHEVの高級4ドアGTである。発売早々にLiB(リチウムイオン電池)が原因の炎上事故が起き、これがLiBのリコールに発展したことでLiB製造元であるA123システムズが経営破綻し電池供給が途絶えた。不運な会社であり、もし成功していたらテスラにとって手強いライバルになっていたかもしれない。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

フィスカー、A123システムズ……カルマ

フィスカーは、A123システムズの破綻で「カルマ」の量産ができなくなり、代わりにLiB供給を引き受けてくれるサプライヤーもなく、2013年11月に経営破綻した。このフィスカーとA123システムズの両方を買収したのが中国の大手自動車部品グループである萬向(ワンシャン)集団であり、現在のカルマ・オートモーティブは中国資本である。

カルマのスケートボードシャシー(電動モーターやバッテリー、制御系などを収容する薄型のアンダーボディを指す)は、FF/RR/AWDの3タイプがある。いわゆるスーパーカー的なモデルがフィスカーの伝統であり、それを受け継いだカルマもハイパフォーマンスBEV(バッテリー電気自動車)を主力にしている。近年は商用BEVの設計・製造を手がける新興企業AYRO(2017年にAEVテクノロジーズとして創業、2019年に社名変更)と共同でデリバリーバンとトラックの製造にも乗り出した【写真1】。カリフォルニア州モレノバレーにあるカルマの工場で2023年末までに合計2万台を製造する計画だ。

【写真1】

この商用車はAYRO側が設計したBEVシャシーを使い、何タイプかの上屋が用意される。ラストマイル配送用のトラック・バンや、移動販売車、大学キャンパスや大規模医療施設での送迎に用いられる小型バスといったバリエーションもある。航続距離は1充電あたり約137km、最高速度は約50km、積載量500kgだという。

カルマにとってこの小型商用車事業は、ビジネスを続ける上での手堅い収益源という位置付けだろう。本命はxEV(何らかの電動駆動系を持った車両)でのエキゾチックカー事業だ。BEVまたはPHEV、つまり外部から電力と取り込む(プラグイン)クルマ、ECV=エレクトリカリー・チャージャブル・ビークルである。

【写真2】

PHEVまたはシリーズHEVとして使うベースシャシーは、直4エンジンと発電エンジン、後軸を駆動する2基の電動モーターを持つ【写真2】。かつてフィスカー時代にはGMのQUAD4系4気筒2.0Lエンジンを使っていたが、現在のエンジンは不明。写真からは直4であることだけ確認でき、ここで発電した電力で後軸左右にある電動モーターを駆動するシリーズHEVだ【写真3】

発電エンジンを持たない完全なBEVタイプの2モーターRWD シャシーもある【写真4】。この写真で見るかぎり後軸用のふたつの電動モーターは機械的に連結されているように見える。駆動系エキスパートの技術者諸氏に訊くと「左右輪にそれぞれ独立した電動モーターを持たせる場合も、左右が機械的に連結しているほうが圧倒的に制御は楽であり、同時にスタビリティも出しやすい」「デファレンシャルギヤなどで適当に連結されているということは、最高の制御である」と言う。

カルマ最強のBEVシャシーは、前後軸にそれぞれ2モーターを持つAWDである【写真5】。この場合も、おそらく左右輪は何らかの機械系で連結されているのだろう。前後軸は完全な独立である。インホイールではない4輪独立モーターであり、制御さえ上手ければタイヤのグリップ力が許す範囲で駆動力による姿勢制御が可能だ。4モーター合計の最高出力は1100ps、最大トルクは14000Nmになる。また、ここまでスーパーではない前後軸に各1モーターのAWDも設定されている。

2019年に発表された象徴的なコンセプトモデル「SC2」は、AWDである【写真6】。このタイプの跳上げ式ドア【写真7】ではガルウィング(カモメの翼)とは呼べないし、特段にサイドシルが高いわけでもないが、普通のスウィングドアにすると大きく外側に開かなければならず、跳ね上げ式がいちばん合理的である。単なる見てくれではない。

【写真3】
【写真4】
【写真5】

テスラが最初のモデルである「ロードスター」を発売したのは2008年。実用的なセダンBEV「モデルX」は2012年の発売だ。その間にフィスカーは4ドア4人乗りPHEV「カルマ」を発売した。開発にあたってはアメリカのエネルギー省が主催する先端技術自動車開発プログラムを使い、政府の低利融資を受けた。また、フィスカーにはアルミボディを製造する設備がなく、ボディは外注だった。

【写真6】
【写真7】

A123システムズに注がれた米国の資金と研究成果は中国へ

A123システムズはアメリカの電池ベンチャーであり、MIT(マサチューセッツ工科大学)で研究が進められていたオリビン構造のリン酸鉄LiBのメーカーだった。フィスカーもこの電池を使った。オリビン構造は、当時一般的だった層状黒煙構造よりも充放電による体積変化が少なく、しかもリン酸鉄を使うと金属リチウム析出までのマージンを稼げるため、三元系(ニッケル/マンガン/コバルト)のLiBより安全性は高くできる。しかし、事故は起きた。

フィスカーとA123の知的財産と製造設備を買い取った萬向集団は2015年にカルマ・オートモーティブを設立し、テスラと同じカリフォルニア州に工場を建設した。デラウェア州にあるフィスカーの生産設備は継続使用されている。結局、オバマ政権時代の低利融資で開発・製造の資金を得たフィスカーと、MITの頭脳が生んだ先進電池は、そっくりそのまま中国に買い取られた。筆者が取材したかぎりでは、MITでの研究は1990年に始まったUSABC(ユナイテッド・ステーツ・アドバンスド・バッテリー・コンソーシアム)の研究成果が使われていると思われ、USABCに投じられた合計1000億円以上の政府資金も間接的に中国を潤わせたことになる。

血で血を洗うような激烈な競争市場をレッドオーシャンと呼ぶが、BEV関連はいまや中国の赤い国旗、五星紅旗がはためくレッドオーシャンである。この赤い波が押し寄せてくる。EU(欧州連合)は「強い欧州をふたたび」との掛け声でBEVへとなだれ込んでいるが、中国の影響力を排除できるだろうか。フィスカーとA123システムズのような漁夫の利を中国がつねに狙っている。

いっぽう、フィスカー創業者であるヘンリック・フィスカー氏は、萬向集団にフィスカーの商標権は譲らなかった。現在、フィスカーという名の新興BEVメーカーが存在し、同社のCEOをヘンリック・フィスカー氏が務める。ことし2月に同社は、台湾のフォックスコン(鴻海集団)と提携した。11月には中国最大手のLiBメーカーであるCATL(寧徳時代新能源科技)との間で車載用LiBの供給契約を結んだ。フィスカーは再起を狙っている。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…