ホンダから新スタートアップ「UMIAILE(ウミエル)」誕生。目指すは小型無人ボートによる「海の見える化」

ホンダの新事業創出プログラム「IGNITION(イグニッション)」から、またひとつ社会課題に挑むスタートアップが誕生した。その名は「UMIALIE(ウミエル)」。創業者の板井亮佑氏は、元ホンダの電動モビリティ・ロボット開発者。高速で水上を自立航行する小型無人ボートにより、海洋データを収集・提供する事業をスタートする。

「海の見える化」を通じて平和で豊かな地球を守りたい

ホンダが社内から革新的な事業を創出するために立ち上げたプログラム「IGNITION(イグニッション)」から、新たなスタートアップ「株式会社UMIAILE(ウミエル)」が誕生した。発表の場には、UMIAILE代表取締役CEO 板井亮佑氏、本田技研工業株式会社 イグニッションプログラム統括 中原大輔氏、インキュベイトファンド アソシエイト 岩崎遼登氏が登壇。まず、中原氏からイグニッションプログラムの概要と、今回の起業に至るまでの経緯が語られた。

右から本田技研工業株式会社 イグニッションプログラム統括 中原大輔氏、UMIAILE代表取締役CEO 板井亮佑氏、インキュベイトファンド アソシエイト 岩崎遼登氏。

IGNITIONは、ホンダの従業員が自身の想いやアイデアを起点に社会課題の解決と新しい価値の創造につなげる新事業創出プログラムだ。「自らの技術やアイデアで世の中を変えたい」という内発的動機を重視し、ホンダのDNAを体現する仕組みでもある。

だが、思いや技術だけでは事業化は難しい。IGNITIONでは、マーケットへのアプローチ、マネタイズの手法、事業計画の立案までを一貫してサポート。さらに事業が育つ段階では、外部のベンチャーキャピタルや専門家と連携し、スピード感ある成長を目指す。

IGINITIONには、ホンダの正規従業員なら誰でも応募可能。一次審査を通過すると6ヶ月の事業開発支援が実施され、その後、二時審査を通過すればスタートアップとしての事業化、あるいは社内事業化が実現する。2023年からは対象が社外にも拡大された。

1000件超の応募から、次々と新たな事業が誕生

2017年にホンダの研究所からスタートしたIGNITIONには、これまでに1000件以上の応募が寄せられている。2021年には視覚障がい者向けのナビゲーションサービス「Ashirase(アシラセ)」を第1号企業として展開。同年には“倒れないバイク”の技術を応用し、高齢者でも安心して利用できるマイクロモビリティを手がける「Striemo(ストリーモ)」が誕生した。さらに2023年には、既存の自転車に後付けできる電動ユニット「SmaChari(スマチャリ)」も社内事業としてサービスを提供している。

2023年からは一般公募もスタートし、より幅広いアイデアの発掘へと進化している。第2回となる「IGNITION CHALLENGE 2025」もまもなく始動する予定だ。応募領域は「カーボンニュートラル/モビリティ/ロボティクス/生産・製造技術」。起業に興味がある方は、ぜひホームページをご参照いただきたい。

IGNITION公式WEBサイト https://global.honda/jp/ignition/

UMIAILE誕生までの道のり

さて、今回新たに起業された「UMIAILE(ウミエル)」は、2023年11月にIGNITIONの1次審査を通過。徹底的な現地ヒアリングによって本当に困っている課題を発見し、同時にその分野の専門家との出会いを得ることに成功したという。中原氏は「プロトタイプの検証を通じて、社会課題の解決と事業性の両立に手応えを得た」と語る。

UMIALIEの創業者は、ホンダでロボティクスや電動モビリティの車体設計を10年にわたり手がけてきた板井亮佑氏だ。

「自身の技術やアイデアで地球を取り巻く社会課題を解決したいと思い、UMIA ILEを起業しました」と語る板井氏。

板井氏は、1950年代にまったく新しい価値を生み出したスーパーカブへの憧れからホンダを志したという自身の原点に触れつつ、学生時代に熱中した人力飛行機の開発や、入社後に自発研究テーマとして行なっていた船体姿勢制御技術の開発などが、今回の海洋観測スタートアップに結実したことを語った。

GNSS+ソーラーパネル+電動モーターで長時間の海洋観測を可能に

UMIAILEの根幹を成すのは、船体上面のソーラーパネルで発電された電力と電動モーターにより、長時間の観測が可能な小型無人ボート「UMIAILE ASV」だ。

UMIAILE ASVはGNSS(衛星測位システム)を活用し、海上でも自船の位置を測位しながら事前に設定したルートを自立航行する。写真はプロトタイプ。船体は発泡剤で作られており、特殊な樹脂のコーティングが施されている。
船体には目的に合わせてセンサーやカメラ、ソナーなどさまざまな観測機器の搭載を想定している。

UMIAILE ASVは水中翼を採用しており、船体を水面から浮上させることで水の抵抗を低減し、少ないエネルギーで長距離を高速航行できるのが特徴だ。また、船体の全長は3m未満とコンパクト。ハイエースのようなワンボックスカーでも積載可能で、重さも大人ふたりが持ち上げられる程度に抑えられている。

従来であれば、スピードを上げようとすると船のサイズもどんどん大きくなってしまうのだが、UMIAILE ASVは小さいのに速い、という独自の強みを持っている。また、重心配置の工夫や独自の船体姿勢制御技術によって転覆しにくくなっているあたりは、板井氏がこれまで培ってきたノウハウの賜物と言えるものだ。

船体からは三角断面の水中翼が突き出している。
船体の上部を覆うのは太陽光パネルだ。

とはいうものの、当初、板井氏の提案は“技術先行型”だったという。漁業者向けの魚群探索サービスとしてスタートしたアイデアは、IGNITIONの活動においてインタビューや仮説検証を重ねる中で大きく進化。結果、地球環境と人類の持続可能性を見据えた「海洋観測」こそ事業テーマにふさわしいと考え、そこから「海の見える化」というキーワードに行き着いた。

「地球の70%を占める海のことを、我々はまだ何も知らない。そこに未来のヒントがあるかもしれない」。そんな使命感が、板井氏にUMIAILE創業を促せたのだ。

UMIAILE ASVによって、風・波浪・潮位などの海象情報、海洋生態系、海洋地質などのデータを多数収集し、「海の見える化」を目指す。

海洋観測の“構造的課題”を変える

UMIAILEが目指すのは、海洋観測の常識を覆すこと。現在の海洋観測は、とにかくコストがかかるのが大きな問題だ。数百億円の建設費がかかるという測量船に依存し、海洋専門の人材は常に不足している。そこで高速・省エネ航行が可能なUMIAILE ASVを活用し、海洋観測の自動化・低コスト化を実現する。

従来の有人船舶による海洋観測はコストが嵩み、情報量に限りがあったのが問題点だった。

とりわけ注目すべきは、日本が直面する「地震」リスクへの応用だ。例えば南海トラフ巨大地震は、今後30年以内に80%の確率で起こると言われている。そうした地震に対する取り組みとして海底地殻変動の観測が行なわれており、その観測点は全国に65カ所存在する。

現在は大型有人船による年12回のデータ取得にとどまっているが、これをASVの“群れ”によって毎月、全65カ所の観測を実施し、観測密度の向上と地震メカニズムの解明に貢献しようというのがUMIAILEの最初のチャレンジだ。すでに相模湾にて、東京大学・生産技術研究所の横田裕輔准教授との共同研究が始動している。

65の観測地点に対して、現在のように測量船に頼る観測では得られるデータに限りがあったが…。
ASVを観測エリア一帯に配置することで、より高密度・高頻度のデータ収集が可能となる。
複数のUMIAILE ASVを連携して活用することで、データ収集量が飛躍的に飛躍的に向上する。

板井氏は、UMIAILE ASVを「高度0メートルの人工衛星」と呼ぶ。宇宙の衛星と同様に、群体で観測し、地球全体の“見える化”を可能にするというビジョンだ。実際、北海道大学の宮下和士教授と共同で海洋生態系の可視化プロジェクトも始まっており、水中センサーネットワークの構築によって、海洋資源の持続的管理という次なる課題にも挑む。

まず取り組んでいる海底地殻変動の観測に続き、海洋生態系の可視化にも挑む。
地表の70%は海で覆われている。その海を深く広く知ることが、さまざまな社会課題の解決につながるとUMIAILEは考えている。

データが主役のビジネスモデルへ

UMIAILEのビジネスは、ASVの販売にとどまらずない。機体の保守や運用といったシステムまでを含めた販売と、観測した海洋データを提供するデータ販売のふたつを軸とする成長プランを描いている。2025年4月には日本国内の大学や研究機関を対象にデータ提供事業を開始し、将来的には民間企業向けのBtoBへと展開、2030年以降は海外展開も視野に入れている。そして2035年には、全世界で1900台のASV導入を目指すという。

市場規模も追い風だ。ASV市場は2023年時点で439億ドルとされ、2030年には1000億ドルを超えると予測されている。

UMIAILEのビジネスモデルはASVを売って終わり…ではなく、システム全体の販売、データプラットフォームの販売を想定している。

最後に板井氏は、「とにかく今、人が足りていません。『海の見える化』に共感し、一緒に取り組んでくれる仲間を募集しています」と語った。我こそは、と思う方はUMIAILEの公式ホームページをチェックしてみてはいかがだろうか。

UMIAILE 公式WEBサイト https://umiaile.com/

UMIAILEの創業メンバー。中央の板井CEOを挟んで、左が海野暁央CTO、右が中島亮平COO。海野氏は船舶用エンジン電装や船体制御開発、中島氏は直噴ガソリンエンジン研究開発の経験をもつ。

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著者プロフィール

長野 達郎 近影

長野 達郎

1975年生まれ。小学生の頃、兄が購入していた『カーグラフィック』誌の影響により、クルマへの興味が芽生…