ユーザーメリット一切なし! の、トヨタの設計コンセプト!?
みなさん、例えばご自分のクルマの洗車や整備などのとき、普段気にも留めないような部分に目が行って、「これ、何だろう?」とか「この形に何の意味があるんだ?」と思ったことはないだろうか。
例えばドア内側の、トリムや窓枠まわりにある鉄板の面。
大きい平面や小さい面、細長い面などが集合している。
これらの面の中には、車両製造時、ドア本体を生産ラインの治具に載せるときの「受け」の役を担っているものがある。
その受け面を治具側の定位置に合わせて置くことで、どのドアがやってこようと向きなり角度なりを必ず同じにでき、溶接スポットなどを同じように行なうことができるのだ。
どういった形のものがということはできず、見るひとが見ればわかるという程度のものだ。
他にも何らかの意味を持つ面があるし、一見、意味がないように見える面にも、「意味のある面と意味のある面をつなぐ残りの面」という意味がある。
他の例では、インナーパネルの謎の穴ぼこなんていうのが挙げられる。
例えば、材質違いを見分けるために設ける穴。
同じクルマでも、錆が発生しやすい地域に輸出する車両のフードは亜鉛めっきの防錆鋼板を用い、国内向けはただの鋼板を使うなんていうとき、見た目には形が同じだから、輸出向けに間違って国内向けを充てるなんていうことになりかねない。
そんなことをしちまったら輸出先では錆さびサビが大発生! サービスキャンペーン大騒動となる。
それを防ぐため、作業者が見てすぐわかるように、輸出向けはインナーパネルのどこにも影響のないところに穴を明けるといった策が採られることがある。
穴つきなら輸出用防錆鋼板、穴なしなら国内向けと見分けがつくわけだ。
仮にその穴を作業者が見落とし、ラインなり治具なりに材質違いをセットしてしまったとしても、治具側の該当位置にセットした近接センサーの反応有無によって防錆鋼板か、ただの鋼板なのかを、生産指示と照合して設備が見分けるようにして組み間違いを防止することができる。
生産指示は穴のある輸出用部品コードなのに、国内向け穴なしフードインナーがやってきたら近接センサーが反応してブザーを鳴らすなり設備停止なりするというすんぽうだ。
これを俗に「ポカヨケ」という。
ここに掲げた「意味のある面」も「謎の穴ぼこ」も、設計段階で図面に落とし込まれる。
そしてこれらはクルマを使うユーザーには一切関係ないものだ。
クルマは「お客様第一」に造られていると思いがちだが、実際には生産上の都合、ラインサイドの作業者のために造られている部分もある。
いや、むしろそちらの方が多いのではないか。
前段が長くなったが、いいたいのは、クルマにはユーザーが一切恩恵を受けない部分だってたくさんあるのですよということだ。
本記事では、クルマを売るひとにもユーザーにも、究極なまでに意味のない、クルマの廃車時に活きるトヨタの設計思想をご紹介する。
「易解体設計」だ。
耳慣れぬ「易解体設計」とは
文字どおり、「解体し易いようにしておく設計」のことをいい、廃車が決まってクルマを解体するときのことを考慮した設計をいう。
説明員の方に、
「『易解体』は『えきかいたい』と読むのか」
と尋ねたら、
「『いかいたい』です。」
とクールにいわれてハジかいた。
テレビの環境保護や省資源のドキュメントもので見たことがあるだろう、廃車後のクルマは上から下から真横から、元がクルマだったとは思えない形になるまでプレスされる。
その前に外せるものは外しておくわけだが、トヨタブースでは解体重機(ショベルカーと似た格好している、アームの先がはさみみたいになっている重機)でつまんでクルマから外しやすい設計にしたワイヤーハーネスを筆頭に、動画と併せてデモンストレーションしていた。
ワイヤーハーネスは、人間でいう毛細血管並みにクルマのすみずみにまで張りめぐらされている。
そのハーネスを解体重機で引っ張り出すなら、引っ掛かりもちぎれもなく、水炊きの鍋から糸こんにゃくを箸で掬い出すようにスマートにいきたいところだ。
ハーネスは枝分かれした先で、コネクターなら勘合され、端子ならボルト締めされている。
これを、例えば端子は「缶詰のフタのように引っ張るだけで容易に解体できるように」工夫してあり、これが「易解体設計」の意図するところ。
だが、いうは易し、行うは難し。
解体時に重機で引っ張るだけで外れるようにするのは簡単に見えるが、設計する側にとっては結構頭を悩ます思想だったに違いない。
ハーネス製造時は造りやすく、クルマの使用期間中は振動やガタでゆるんで接触不良が起きてはならず、を満たさなければならないからだ。
出来上がりが簡単に見えるものでも、完成までは複雑難解なものと同じくらい労力がかかっているものだ。
いや、複雑難解なもの以上にというほうが正しいかも知れない。
ハーネスにはもうひとつ工夫があり、「視認性向上テープ」が貼りつけてある。
要するにマーキングのことで、エンジンルームのハーネスを重機でつまむとき、糸こんにゃく並みにスルリと取り出すにはどこをつまむといいか、目立つ色のテープのおかげで車両から斜め上方にある解体機の操縦席からでも一目瞭然となるわけだ。
こんなのは、設計するひとが頭の中で考え、CADの前に座っているだけでは思い浮かばないことで、実際に作業者の声を聞きながら採り入れたアイデアらしい。
工夫は燃料タンクにも
ブースではハーネスの他に、燃料タンクの工夫もアピールしていた。
廃車されるクルマすべて、タンクが空とは限らない。
だいたい、ガス欠でエンジンが止まったタンクにだって燃料がわずかに残っている。
解体時にはまずその燃料を抜くのが必須だ。
廃車にするなら後のことを考える必要はなしというわけで、タンクには穴をぶち抜いて燃料を引っこ抜くわけだが、他社の例は知らず、トヨタ車の場合、リフトアップした車両下から見えるタンク底面(もちろん外側の)に、視力検査チャートにあるようなマークを刻印してある。
ここに燃料抜き取り装置をあてがいさえすれば、あとは装置でドリル穴を明けるだけで燃料が抜き取れますよというわけだ。
燃料が脇からダダ洩れしてはいけないわけで、その刻印は装置の蛇腹ブーツでシール性が保たれるよう、平面部に設けてある。
ということはこの平面も成り行きでできたのではなく、冒頭のドアの話で述べた「意味のある平面」として設けられているわけだ。
おそらく内部だって最後のひとっ垂らしの1滴まで落とせるような形状になっているのだろう。
これらの取り組みは、トヨタグループの企業と共同で2001年に豊田メタル株式会社内に設立した「自動車リサイクル研究所」による研究の成果で、このように、解体や分別しやすい易解体設計を、2003年の「ラウム」以降の新型車に採り入れているという。
ね?
これらはクルマを売るひと使うひとにもまったく関係がない、廃車時だけに活きる設計だということがわかるでしょ?
何となく、生まれてくる子供が何十年も先に老衰で亡くなったときの葬儀の段取りを、出産前からしておくのと同じような感じがするのだが(われながら不謹慎な書き方だ、けしからん。)、いまどき避けては通れない道で、見るたび何となく「意味があるんだろうな」と思っていた色付けや刻印に「なるほど!」と思った次第。
やはりこういった話は聞かなきゃわからないヤ!
「目から鱗」といったらお世辞が過ぎるが、しかし「なるほど!」と感銘を受けたのは筆者だけではなかったようで、気づけば「易解体設計」の展示エリアの前は、他の展示物まわりよりも多くのひとが集まっていた。
ここに掲げたのはあくまでもトヨタ車に採用されているごく一部の例で、他にも工夫はあると思われる。
そして似たようなことは他のメーカーでも行なっているだろう。
しかし、アピールするのとしないのとでは大違い!
今回の「人とくるまのテクノロジー展2025」を見まわった中でいちばん印象に残った展示物だった。
ぜひ読者のみなさんにもお見せしたいと思ったので、「易解体設計」の説明動画の動画も撮っておいた。
よろしかったらごらんください。
(元々音声のない動画なので、ブース周囲の騒音もひとの声も消去した無音動画にしてあります。)