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前を走るタフトを見ていて……
(端正な水平のライン、そして2019年の東京モーターショーでのコンセプトカーWakuWakuのリヤゲートは横開きだったな。右のコンビランプがヒンジとなるアイデアだったが、量産型ではゲートは上に開くようになったものの、そのイメージが継承されているじゃないか……)
車で移動しているとき、前にダイハツ・タフトが走っていた。いつも何かの車の後ろについてしまうと、どうしてもデザインのチェックをしてしまうのは仕事柄だろうか。ちょっと助手席の会話が聞こえなくなることで、よく叱られる。
しばらく走ると、ちょっとしたワインディングロードに。いくつかの信号停止からの発進でも、クイっと活き活きした走りを見せていたタフトだが、ワインディングに差し掛かるあたりから、こっちを引き離そうかというくらいにクイックに走っていく。このキビキビした走りは、タフトのゴツめの形に、ちょっとした違和感を与えた。
(いや、そうじゃない。これって見たことあるな……)
ふっと記憶が、10年も前のイタリアの郊外の道に飛んだ。前を走るのはオンボロの初代パンダ。同じようなシチュエーションのなかで、これがまた活き活きと走っていく。
(あのクルマ、こうして乗るべきなんだ……)
とつくづく思わされた。まるで、小さなクルマだから……って言う使われ方をしていない、その堂々たる存在感が嬉しかった。しかし後で本当にびっくりしたのが、その運転をしていたのが初老のおばあちゃんだったことではあったのだが……。
ジョルジェット・ジウジアーロさんが、フィアット500、フィアット126と続くシティカーの後継として、ひたすら真面目に作り上げた初代パンダ。対するタフトはその狙いの中に遊びの要素も含まれているので、パンダとはデザインの原点が異なる。とはいえ、このデザインには何らかの共通性を感じさせる。
そこで改めて、タフトを借りだして実際にそのデザインをしっかり見てみようと思う。
直線基調だけではない厚みを感じる形
実際にくまなくデザインを見てみると直線基調の面白さが随所に感じられるのだが、それだけではない安定した造形の美しさを感じることができる。その秘密はどこにあるのかというと、ただ直線的に頼った構成ではないことがひとつの理由なのかな、と思った。直線として、しっかりと表現する要素はそれほど多くなく、それ以外のほのかに膨れた柔らかな面で構成されていることに気がつく。このことはボディサイドでも印象的なもので、軽自動車にとって致命的となる「ボディパネルの厚みのなさ」、つまりドアなどがペラペラに見える感じを感じさせていないと思う。
また、リヤフェンダー上から前に伸びるラインは途中で消えていくように表現されており、これが直線基調の造形に「動き」を与えている。
基本的なフォルムについては、タフトらしさを見せるのは特にサイドビューだ。フロントウインドウよりも小さく見えるリヤウインドウの形によって、前席2人で使うクルマを印象づけるとともに、後席エリアを別の空間に使う意識にさせてくれる。遊びのギアを放り込むようなイメージをかきたて、楽しさを表現できている。それでいて人が乗ったとしても、後席からの眺めは悪くなく、むしろウインドウの下端が高いことで、安心感さえ与えているように思えた。
さらにタフトならではの特徴的な造形が、フェンダーフレアを無塗装樹脂パーツとして、ブラックアウトに近い形としたことだ。これによって、駆動ユニットの上に箱のようなキャビンが乗っかっているような、道具箱感がある。前述した安定感にも貢献しているようだ。また、リヤの樹脂フレアを前に伸ばすことによって、2ドア風のバランスをも演出している。ここでリヤドアハンドルを隠すなどしたら、もっと2ドア風に見せられる形なのだが、あえてしていない。そんなことに気がついて、ちょっと
(ムフフ……)
と笑ったりしてみたくなる。
ドアであって普通のドアでない
つまり、ドアはあるのだが単に人を乗せるものではない、「これはサブゲートである」との主張というべきか。人の出入りももちろん可能だが、リヤゲートを開けるまでもない事務的なものの出し入れ用。ある種、「勝手口」のような存在をイメージしたのではないか? と思ったりする。
そのために「ドアですよ」と主張することは重要で、その上で「何か違う」を感じさせるものとなっているのだ。恐らくこの考え方は画期的で、これから登場するクーペ的なモデルでリヤドアをどう捉えるのか? の大きなヒントになるのではないだろうか。(実はタフトをイメージさせる2019年のコンセプトカーWakuWakuではリヤドアのハンドルはピラーに隠されていた)
フロントビューについては、直線を基調とすると一般的にはどうしても左右が持ち上がった印象になりやすい。これは人間の見え方として致し方ないところだが、タフトの場合はそれを抑え込むのではなく、むしろその左右が持ち上がるということを逆手に取ったかのように、ヘッドライトの左右を釣り上げた形としている。怒ってそうで怒ってない顔、笑いそうで笑っていない顔の中間点のような感じで、この辺の確信犯的面白さがタフトを尋常ではない形に作り上げているようにも思う。
開放感と隠れ家の安心感
さてインテリアはどうだろうか。やはり非常に印象的なのは全車標準装備とされる、前席まわりのグラスルーフが高い開放感を与えている。これはまさにサンルームにいるかのようなイメージで、常時オープンカーの楽しさを味わわせてくれるものといっても良いだろう。
インパネに目を移せば、やはり左右に水平のラインがエクステリアとの共通性を感じさせる。センターモニターを中心とした先進的造形で、必要なものを大きく設定する、扱いやすさが印象的。気になるのは、センタークラスターの縦型に配置された操作系なのだが、運転席に寄せたその形によってドライバーの主に扱うべきものがしっかりと整理されている……と理解するべきかもしれない。
しかしそれ以上に感じるのは隠れ家的なガレージ感で、無線機やペンキ、工具などを無造作に積んでしまった棚のようにも感じた。このごちゃつき感が、隠れ家の安心感を演出しているようにも思う。
このようにタフトをいろいろ眺めてきたが、実際に運転してみるとピラーは邪魔になりにくく、ボンネットも四隅をしっかりとみやすく、ジープタイプの車に乗っているように感じられる。ジープタイプの良さというのは、四角い形をしているので角がわかりやすく、クルマをギリギリまで寄せることができる点にある。原野で樹木を避けて走行する時などには非常に扱いやすいポイントなのだが、街中の車庫入れや、狭い道での切り返しに非常に便利な形をしている、ということになる。
こうした基本造形はバックをする時にもいえることで、後方を目視してみるとやはり角がわかりやすい造形となっている。車の基本として、あるべき形をしっかりと実現している。
こういったタフトなのだが、しっかりと使いやすい車として作られており、それでいて個性的。この辺のさじ加減が車を飽きさせないポイントであり、個性をずっと楽しめる要素でもあると思う。
走るサマに共感
改めていうことでもないだろうが、クルマの特権というのは走れることなのだ。その上で、何を乗せるのか、どんな目的に適するのか、などによってコンセプトなりデザインが決められる。しかし必ずあるのは「走る」ということ。
流線型たれ、ということではなく、タフトや初代パンダには、走っていてサマになっていること、それ以上に「いい感じに見える」と思えた。何かのために走っているときの、漏れ出てくるような躍動感。
「クルマは走った時に美しく見えるのがいい」ということも言われるが、それはもともと美しさを目指すクルマの話。
それだけでなく、サマになっているというのは目的に対して見合った見え方をしている、ということだと思う。
しかし初代パンダやタフトはその上、走ることに真剣であればあるほど、その頑張りが少しだけユーモラスに見えてしまう。決して悪気はないのだが、見ているこちらが嬉しくなってしまう。
(どこへ行くんだろうな……?)
なんて知らず知らずに考えてしまうような、なんかそんなところに共通性があったのかも、と思ったりするのである。これもまた、愛されるための魅力の一つなのだと思う。