内燃機関とは大きく異なるEVセダンの登場 メルセデス・ベンツEQA

メルセデス・ベンツEQS登場で見えてきたEVデザイン 【カーデザイン・インプレッション】

EQS 580 4MATIC (Stromverbrauch kombiniert (NEFZ): 19,6-17,6 kWh/100 km; CO2-Emissionen: 0 g/km); Exterieur: Edition 1, high tech silber/obsidianschwarz; Interieur: Leder nappa grau;Stromverbrauch kombiniert (NEFZ): 19,6-17,6 kWh/100 km; CO2-Emissionen: 0 g/km* EQS 580 4MATIC (combined electrical consumption (NEDC): 19.6-17.6 kWh/100 km; CO2 emissions: 0 g/km); exterior: Edition 1, high tech silver/obsidian black; interior: leather nappa grey;Combined electrical consumption (NEDC): 19.6-17.6 kWh/100 km; CO2 emissions: 0 g/km*
メルセデス・ベンツより、EQSが発表された。このモデルはメルセデスの中のEV=電気自動車・専用ブランドEQの中でハイエンドセダンに位置するモデルだ。言ってみれば、これまでのSクラスに値するモデル。ここでは限られた資料での紹介となってしまうが、デザインのインプレッションを報告してみたい。
EQS 580 4MATIC キャビンの大きな全く新しいプロポーションで誕生したEQS。EVセダンのハイエンドモデルだ。EV専用プラットフォーム”EVA”を初採用。

メルセデスのEV専用プラットフォームを初採用

メルセデス・ベンツはEVモデルとして、EQC、EQAとSUVプロポーションを纏ってきたが、ここにきてようやくルーフの低いセダンスタイルのモデルが現れた。先行するEVモデルのプラットフォームは、EQCがGLCから、EQAがGLAからと内燃機関を搭載するものを利用できた。フロアまわりに余裕がありEVのパッケージを構成するのには好都合だ。しかし極めれば、EVとして合理的でない部分もなくはなかった。フロントはクラッシャブルゾーンを除けば、内燃機関搭載車ほどの大きさは必要ない場合もある。(重量次第だが) また、フロアはバッテリーが敷き詰めやすく、なおかつ外部の衝撃からもバッテリーが保護できる構造である必要がある。重量バランスも変わってくる。

そのため、各社ともEV開発に向けてはEVの専用プラットフォームの確立が一つの方向性となる。そしてメルセデス・ベンツもEQSでメルセデス初となるEV専用プラットフォームEVA(エレクトリック・ビークル・アーキテクチャー)を採用。内燃機関を搭載する予定のない、完全なEVレイアウトによるプラットフォームとなった。

このモデルの登場に先立って2019年のフランクフルト・モーターショーにはビジョンEQSというコンセプトモデルが出品された。量産EQSにも通じる“ワン・ボウ”(一張の弓)と表現されるプロポーションは、フロントからルーフを経てリヤエンドへと繋がる弓のような張りのある曲線を示している。特徴的なのは、トランクリッドがない思えるほどに伸びたリヤピラー。そして、本来的にボンネットがないことが“EVの象徴”と言わんばかりに、キャビンを前方に伸ばしている。

メルセデス・ベンツ ビジョンEQS(2019/フランクフルトモーターショー) EVハイエンドセダンに向けたコンセプトモデル。超ロングホイールベースと長いキャビンが新たなセダンパッケージを提案。

内燃機関という最大のお荷物がないだけにボンネットは短く、レイアウトは大幅に室内空間の拡大が見込める。パッケージの恩恵とともに空力性能の大幅な改善も見込める。それがEVをセダンで構成する最大のメリットだ。

ビジョンEQSは短いノーズとリヤデッキながら、プレミアムセダンとしてのフォーマルな印象を造形化。

ただしビジョンEQSでは、それ以上に先進の技術へのトライアルもあり、このモデルで扱われた技術に基づいたデザイン表現がそのままEQSとはならないことは当然でもある。

市販モデル”EQS”がいよいよ登場

EQS 450+ コンパクトに見えるが、全長は5mをゆうに超え、全幅は1.9mを超えるビッグサイズだ。低いノーズから傾斜したボンネットとシームレスに続くウインドウラインが特徴。これでCD値0.20を実現。ツートーンだけでなくモノトーンモデルもラインナップ。

そして登場したのが量産型のEQSだ。スリーサイズはL5216mm×W1926mm×H1512mm。ホイールベースは3210mmだ。Sクラスに対して外寸は数cmのレベルで大きいが、ホイールベースは10cmほど長い。最高出力/最大トルクはEQS 450+が245kW/568Nm、EQS 580 4MATICが385kW/855Nm。最高速度は210km/hに抑えられ、ワンチャージの走行距離(WLTP)はEQS450+が780km、EQS580 4MATICが676kmという基本性能を持つ。

デザイン的にはこれまでにないほどのノーズの短さで、これが次世代のEVプロポーションのスタンダードとなってくるだろう。ビジョンEQSから大きく異なるのは、フロアを含めた全高が高くなっていることと、それにも影響されるが室内空間をいかに充実させるかということのようだ。そのことがプロポーションに大きな影響を与えている。ビジョンEQSがスレンダーなボディに弓形のルーフを載せた形状であるのに対して、EQSはフロントにやや高さのあるボディに前傾のキャビン(サイドウインドウ)を食い込ませるような造形でワンボウ・スタイルを実現している。EQSの初期スケッチ(おそらく)の段階からビジョンEQSとは異なるプロポーションとなっている。さらにサイドウインドウをみれば、リヤドアの後ろにウインドウを持つシックスライトがビジョンEQSでも提案されていたが、さらに明確な形に移行している。

EQS開発時のスケッチ。下のビジョンEQSのスケッチと比較するとその考え方の違いが見えてくる。フロアの高さやボンネットのサイズ、居住性などを配慮したことも窺われる。
ビジョンEQSのスケッチ。

EQSのリヤビュー。なんとハッチゲートを備えた5ドアで、ドアはクーペのようなサッシレスを採用。垣間見えるフロア高にも注目だが、さらに注目はテールゲートからリヤエンドへの形状。できるだけ空気流を剥離させずに流しつつ、後方の乱流エリアを最小限に抑えるのが狙い。

リヤエンドに向かう造形は、リッドを下げるスタイルに。これらによってCD値は驚異の0.20を叩き出していて、空力試験ではテールエンドの乱流の収まりも驚異的に短い。これは水泳の飛び込み競技で、水しぶきを最小に抑えることが高得点につながることと同様で、後方に誘発される乱流をいかに抑えるかが空気抵抗を抑える一つの手立てになるというのが定説だ。ただし、小さなリップスポイラーをつけざるを得なかったことに、デザイナーとしてはわずかな無念の思いが残っているかもしれない。

空力試験の再現。リヤ後方の三角になった部分が乱流による乱れた流れの部分。ここを小さくすることが空気抵抗低減のカギというのが定説。EQSはここを見事に短く抑え込んでいる。

さらにハッチゲートの採用という離れ業もメルセデスの根幹を揺るがすような、大きな出来事でもある。ルノー25や最近ではプジョー508のように、伝統的に合理性を主張するフランス車的考え方ともいえ、ハイエンドのドイツ車としてはあまり好まないやり方だと思う。しかし、それを敢えて採用していることが面白い。

ハイエンドセダンには異例ともいえるハッチゲートを採用。リヤシートを倒せば1.8mを超える荷室空間だけにテールエンドの短かな小さいトランクリッドでは利便性もダウンしてしまうことを考えれば、確かに合理的。

ただしこれもメルセデスの理詰めの考え方で、長いリヤウインドウの後方にある短かなリヤデッキを開けるだけでは、荷役性が悪いとするところからの採用だと思う。問題の解決のためには「いいものは良い」とする最善のためにベストを尽くす、徹底した考え方の現れだ。

フォーマルをいかに表現するか

こうした中で生まれたEQSだが、デザインフィロソフィは“Sensual Purity”=官能的な純粋さと、”Progressive Luxury”=先進的な贅沢さの融合だ。クリアでゆとりのあるサーフェスや、彫刻的な造形と継ぎ目やラインの少ない滑らかな面構成によって実現されている。

その中で大きな課題はフォーマルな印象の表現だっただろう。ビジョンEQSではショートノーズ&ショートデッキの中でのトライアルが行なわれたが、そこには少なからず短いながらもノーズとデッキの存在感を主張する取り組みがあったように見える。

上下のツートーンも、ブラックとすることで生まれる上屋部分がフォーマル、下屋部分がハイエンドメカの表現に見える。上下を造形として明確に分割するのではなく、カラーリングの違いとするところが現代流儀で、ある意味ではシームレスの表現とも繋がる。

ブラックのアッパーボディは、一見するとスポーツカーの滑らかさにも見えるが、よく見ると、たおやかで伸びやかそして力強い曲面構成は、これまで多くのSクラスが大切にしてきたクラシカルさの継承でもあると思う。デザインを意識される方には経験があるかもしれないが、Sクラスの後ろを走ってその造形に見入っていると、リヤデッキからサイドにかけての曲面の優雅さに50-60年代のメルセデスを思い出させ魅了されることがある。それはSクラスの多くの世代で表現されてきた造形で、最新のSクラスにも感じることだ。特に黒塗りのモデルのトロッとした滑らかな面構成はタイムレスな重厚さを持っている。その表現が、このEQSにも採用されている、と感じるのは現物を見るまでは早計だろうか。

フロント周りでは、大きく左右に切れ長なヘッドライトとマスを感じさせるボンネットの存在感ある造形が生み出された。リヤ周りではかっちりとしたリッドを作ることができない代わりに、サイドの明確なショルダーの造形をビジョンEQSより継承しどっしりと安定感のあるリヤまわりの印象を構成している。この造形は単なるデザイン性を追求したのではなく、Sクラスにはこれまであまり強調していなかったキャビンを後方で絞り込むという空力的造形とも関係している。

Sクラスとも大きく異なるインパネ周りのデザイン。ダッシュボードからほぼ全面モニター画面のインパネが浮かび上がるレイヤー的造形。

室内から見る景色はまさに未来のクルマ。視界を阻害するという理由から横長の長方形モニターを最新Sクラスから止めたが、その流れはこちらでも同様。表示と操作を兼ねるカラーモニターはセンタークラスターや助手席側で手元に近い。もはやインテリアの主役はモニターだが、ダッシュボードから浮かせてレイヤー化させているのが特徴。ビジョンEQSでは遠く離れたダッシュボード内に透かして各種の表示を行ない、それをステアリングの上から見るスタイルを取っていたが、それは不採用。基本的なテイストはSクラスに先行して応用されていて、こちらEQSではまったく異なるインテリアを生み出してきた。

注目するべきは、流行の兆しのあったカメラ&カラーモニター式のリヤビューシステムはEQSでは採用されていない点だ。コンベンショナルなミラー式を継承する形だが、これはかなりの英断だと思う。

人の目はものを立体として捉える能力を本来持っている。何が近く、何が遠いものなのかも判断できる。2つの目で見ていたりピントを合わせて見るからで、それはミラーに映った虚像でも同様。しかしモニターに映った2次元映像は距離感を掴みにくく、経験則に頼ることになりやすいために現時点ではミラーを凌駕するものになっていない、という判断だ。このように、人間の基本に帰って新技術を吟味するのもメルセデスの大きな魅力だ。

さらにそんな話でいえば、傾斜するフロントピラーは90年代などから一時期流行したが、現在では視界を阻害しやすいデメリットから立てる方向にある。しかしEQSは再度、傾斜を強めてきた。これは前述の通り、空力ベストの形をつくためだ。しかし視界を阻害する点については、ピラーの位置関係とドライバーのアイポイントの関連性のある問題で、改善は可能な問題でもあった。EQSではエクステリアデザインにも反映されているが、フロントピラーをできるだけ内側に来ないようにするべく、フロント周りのピラーを内側に傾けないようにルーフも大きく設計している。

上がEQS、下がSクラス。ルーフ造形を見ればEQSはSクラスのようにピラーを内側に傾斜させない代わりに後方で絞り込んでいるのがわかる。(ルーフ形状がEQSでは前が広く後ろが狭い) 空力と居住性、そして視認性の新たな考え方で生まれたのがEQSだ。

このように、未来に向かって限りなく進化したモデルがEQSなのだが、加えて設計者の良心に従うこと、決してドライバーに負担を強いないことも十分考えられているのがEQSのデザインなのだと思う。このEQSの登場で、やっとEVらしいスタイルが提案され始めてきた。早くじっくりとその姿を確認してみたいモデルだ。

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著者プロフィール

松永 大演 近影

松永 大演

他出版社の不採用票を手に、泣きながら三栄書房に駆け込む。重鎮だらけの「モーターファン」編集部で、ロ…