陸上自衛隊:対戦車火器④:高性能な遠距離誘導弾「96式多目的誘導弾システム(MPMS)」/最新世代システム「中距離多目的誘導弾(中多、MMPM)」

96式多目的誘導弾システムの実弾射撃訓練の様子。車両は迷彩ネットなどで偽装され、誘導弾の射界を確保した上でカモフラージュされる。弾体から延びる光ファイバーが、発射口から背景の山の斜面にかけての部分にのみうっすらと視認できる。写真/陸上自衛隊
戦車など装甲戦闘車両に対抗する歩兵携行式対戦車火器の実力を見ているミニシリーズ4回目。無反動砲、対戦車弾、対戦車誘導弾、「スティンガー」ベースの地対空誘導弾、大型の「79式対舟艇対戦車誘導弾」と「87式対戦車誘導弾」を見てきた。今回は車載式に発展させた「96式多目的誘導弾システム(MPMS)」/「中距離多目的誘導弾(中多、MMPM)」を見てみる。
TEXT & PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

日本防衛のための基本戦略

ロシアによるウクライナ侵攻は、ウクライナ東部地方の攻防激化が懸念されている。米政府は先ごろ8億ドル(約1005億円)相当の追加軍事支援を発表した。これには重火器や装甲兵員輸送車、ヘリコプターなどが含まれるという。重火器には米軍の牽引式大型榴弾砲などを含むとの予測もあった。そのとおりなら、ウクライナ側に大型火砲による遠距離打撃力を加えさせ、前線での歩兵戦闘を支援する目論見で事態を好転させる腹づもりかもしれない。

一方、対馬海峡など日本領海近辺や国際海峡などを通航するロシア軍艦等や、南西諸島・宮古海峡を通過飛行する中国軍情報収集機の動向を我が国防衛省が伝え、北朝鮮の動きとともに警戒している。キナ臭さが止まない。

日本防衛の基本的な考えは、他国軍や敵性勢力の侵攻に対しては、まずは空と海で押しとどめるが、突破されれば沿海部で制圧するものとする。多くは沿岸部までに相手を止めることを考え、対艦ミサイルを増勢・整備中だ。これも掻い潜られた場合、相手の上陸用舟艇や、それで揚陸された戦車など装甲車両を水際や沿岸部で撃破する対舟艇・対戦車火器と呼ばれる火力を自衛隊が装備していることをこれまでご紹介してきた。

陸上自衛隊が装備する対戦車火器には「84mm無反動砲(通称「カール・グスタフ」)」や「110mm個人携帯対戦車弾(LAM、通称「パンツァー・ファウスト」)」、「01式対戦車誘導弾」がある。近距離防空手段としては3自衛隊で装備する「91式携帯地対空誘導弾」があって、これは米国製の携帯式地対空ミサイル「スティンガー」の後継に相当する国産の携行式地対空ミサイルだ。

これらに加えて大型の対舟艇・対戦車火器「79式対舟艇対戦車誘導弾」と「87式対戦車誘導弾」も装備している。これらは個人が携行したり車両で一式を運ぶなどして使う。

さらに、車載式に発展させた対戦車火器が今回紹介する「96式多目的誘導弾システム(MPMS)」と「中距離多目的誘導弾(中多、MMPM)」だ。

96式多目的誘導弾システムとは?

陸上自衛隊の対戦車火器「96式多目的誘導弾システム(MPMS)」。写真/陸上自衛隊
同じく96式多目的誘導弾システム。高機動車後部に設置された6発の誘導弾を収めた発射機を立ち上げ、射撃準備を整えた様子。富士総合火力演習での展示。写真/陸上自衛隊

96式多目的誘導弾システムは、その英表記「Multi-Purpose Missile System」の頭文字から「MPMS」や「96 MPMS」などと略称されることが多い。型式名はATM-4。1980年代半ばから開発開始され、1996年に制式化された。開発と製造は川崎重工。

MPMSは対上陸戦闘で使う。波打ち際へ到達する前の相手上陸用舟艇を撃破する。加えて、地上では戦車など装甲車両などを遠距離から無力化することを目的としている。

MPMSの弾体は重MAT(79式対舟艇対戦車誘導弾)の後継として開発されたミサイルだ。高機動車の後部荷台に6連装のミサイルランチャーを載せており、ここから発射する。射程は非公開だが弾体規模などから推測して10数㎞、波打ち際から水平線の手前ぐらいまでならカバーできるのではないか。

ミサイルの誘導方式は光ファイバーTVM赤外線画像誘導方式を採用。有線だ。これは弾体先端の赤外線シーカが海上や地上を捜索し、捉えた画像信号を光ファイバーが地上の射撃部隊に伝送する。射撃手は伝送された画像を見て目標を認知、弾体を追尾させるなど指示・制御信号を送る。受け取った弾体は決定された画像情報を元に追尾を行い目標に命中する。書くとわかりにくいが、開発された時代なりの自動化処理はあるものの、現在の目線では有線と誘導に継続作業が必要な点が手間だといえる。

MPMSのシステムは高機動車の後部に搭載された車載式なのが特徴。システムは、各々車載式とした情報処理装置、射撃指揮装置、地上誘導装置、発射機、観測機材、装填機の6両の車両で構成される。地上誘導装置と発射機は光ファイバーで連結が必要だ。

車載式システムは便利だ。車載するのだから個人携行式の『肩撃ち兵器』より大規模化しても支障は少ない。しかしMPMSのシステムは高性能化の追求や開発期の時代性か、先述したように6両の車両で構成される。誘導装置と発射機は射撃情報等のやり取りのため有線連結の必要もあり、6両の布陣位置・射撃位置も制約を受けそうだ。またシステム一式の価格は調達後期時期でも20数億円とされ、ミサイル1発あたり約5千万円ともいわれた。これは波打ち際の攻防で大量に投射して押しとどめる使い方には悩ましい高額……。

■96式多目的誘導弾システム 主要諸元

誘導弾●重量:約60kg●全長:約2000mm●胴体直径:160mm●誘導方式:光ファイバーTVM赤外線画像誘導方式●構成:情報処理装置、射撃指揮装置、地上誘導装置、発射機●製作:川崎重工

中距離多目的誘導弾(中多、MMPM)

陸上自衛隊「中距離多目的誘導弾」。重MAT・中MATを更新する装備。MPMSから画期的に省力化された。写真は射撃準備を整えた総火演での展示。写真/陸上自衛隊

高価格で、車載式だが全6両もの規模となり手間ひまのかかるMPMS。これを更新する装備が「中距離多目的誘導弾(中多、MMPM)」だ。「MMPM」は「Middle range Multi-Purpose missile」を意味する。陸自では「中多(ちゅーた)」と略されることが多い。

新しい世代の対舟艇・対戦車ミサイルで、型式名はATM-6。「87式対戦車誘導弾(中MAT:ちゅうマット)」の後継機として2004年頃から開発開始、2011年には部隊配備が始められている。つまりは、高くて悩ましいMPMSに代わって、重MAT・中MATを更新する装備との位置付けになる。製造は川崎重工。

中距離多目的誘導弾は発射機や照準・追尾装置、評定装置など必要な機器一式を一体化できていることが最大特徴。車載式の強力な対舟艇・対戦車火器として自在な使用法が望めるものとなった。

ミサイルの誘導方式は、光波ホーミング誘導方式と呼ばれるもの。赤外線画像誘導方式と電波を使ったセミアクティブ・レーザー・ホーミング方式を併用するという。照準は赤外線画像かミリ波レーダーを使う。発射後にミサイル自体が目標を追尾する「撃ち放し」能力を持っているから射撃手は照準し続ける必要が無くなり、射撃後は即移動して生存性をあげられる。

また車載式だが発射機や照準装置類を分離することができたり、地上設置することも可能といわれる。しかし発射機などの装置類は大きいので人手が必要になる。つまり以前に紹介した無反動砲や01式誘導弾、中MATのように一人で扱えるものでもない。

射程などミサイルの具体的な性能は公表されていないが、MPMSと同等以上の性能とみるのが妥当だと思う。車載式のメリットが活かされる方向での自由度が高められたのが「中多」だ。

総火演で実弾射撃する「中多(MMPM)」。車載式の機動性を存分に活かせる1台完結のシステム構成が光る。写真/陸上自衛隊

■中距離多目的誘導弾 主要諸元

誘導弾●重量:約26kg●全長:約1400mm●胴体直径:140mm●誘導方式:光波ホーミング誘導方式●製作:川崎重工

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…