ダイヤモンド・プリンセス号救援拠点として活躍し、島嶼防衛に備え輸送訓練を重ねる高速貨客船「はくおう」【民間船の利用その2】

「はくおう」の船尾ランプから降りる陸上自衛隊のトラック。防衛省の傭船となってからは多数の長距離輸送訓練などを重ねてきている。写真/陸上自衛隊
自衛隊の活動に協力する民間船舶、最速のカーフェリー「ナッチャンWorld」の存在と活動を前回ご紹介したが、同様な船はもう1隻ある。貨客船「はくおう」だ。本船は約2年前、コロナ禍が始まった頃のクルーズ船集団感染事態に対応したことで知られるようになった。貨客船という特色と、ナッチャンに迫る高速性で自衛隊を支援する。地味だが重要な能力を持つ船だ。

TEXT&PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

戦車を北海道から南西諸島に運ぶ最速カーフェリー「ナッチャンWorld」島嶼防衛を左右するのは兵站力

有事には自衛隊の車両や装備、人員などを輸送することを目的として、高速フェリー「ナッチャンWorld」の保有会社と防衛省が契約を結んだのが約6年前のこと。これ以降、たとえば北海道の戦車を本船で長距離輸送して遠隔地まで運ぶといった訓練が重ねられてきた。想定するのは島嶼防衛。南西の島々が危機に陥った場合、陸上防衛力を緊急輸送・投入することにある。 TEXT&PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

「たかなみ」「いずも」「かいめい」そして

2020年2月2日、筆者は神奈川県横須賀市追浜にあるJAMSTEC(国立研究開発法人 海洋研究開発機構)の本館ビル屋上に立ち、横須賀湾へカメラのレンズを向けていた。当日の陽射しは春の趣で地上は暖かいが建物の屋上では北風が強かった。同行したJAMSTEC広報課員と共にうっかり薄着で吹きさらしの屋上へ出たことを後悔しながら、海上自衛隊の護衛艦とJAMSTECの研究船がほぼ同時刻に出港する光景を撮影しようと待っていた。

当日出港する海自の護衛艦とは汎用護衛艦(DD)「たかなみ」。当時、緊張が高まった中東海域で情報収集活動を行なうため横須賀基地を出港しアラビア海へ派遣されるものだった。一方のJAMSTEC研究船とは海底広域研究船「かいめい」だった。
新鋭研究船である「かいめい」は日本の海底埋蔵資源調査やその開発を主眼に建造された船だ。搭載された調査・観測機器類の試験を就役後でも行なうことが多く、この日もあるテストのため追浜の機構本部岸壁を離れ、横須賀湾で活動予定だった。

右は護衛艦「いずも」、中央が護衛艦「たかなみ」、そして左がJAMSTECの研究船「かいめい」、場所は横須賀湾。2020年2月2日、「はくおう」が東京湾航路を横浜へ北上していったあと、中東へ向けて横須賀基地を出港した護衛艦「たかなみ」を護衛艦「いずも」が登舷礼で見送り、研究船「かいめい」は搭載機器の試験のため微速航行中。この2隻の間を護衛艦「たかなみ」は通航していった。

筆者の撮影対象は「かいめい」のテストだったが「たかなみ」の出港も大事だ。横須賀湾口では護衛艦「いずも」が錨泊し、同艦乗員らが全通式の広い飛行甲板へ整列する「登舷礼」で「たかなみ」を見送ろうとしていたからだ。その手前では「かいめい」が試験を始めようとしている。それぞれ単独の姿も、3隻が絡む光景も、時代を映す情景になるはずと考えた。

凍えながら3隻を撮影したが、この少し前、東京湾航路を横浜方面へ北上航行する大きな船を見つけていた。船体は白黒ツートーン、大きな1基の煙突が船尾へ向けカーブ・後傾しているデザインには見覚えがあった。

2020年2月、横須賀湾口を北上する「はくおう」。

病院船のように機能

当時コロナ禍で集団感染事態にあったクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス(DP)」号の救援に投入された貨客船「はくおう」だ。本船を生で見たのはこれが初めてだった。コロナ禍の救援で横浜に向かう「はくおう」と、中東へ向かう「たかなみ」。ともに、変動する状況へ対応する自衛隊の姿だ。

高速貨客船・防衛省傭船「はくおう」。民航船時代と違い、白黒で塗り分けられた外観はクラシカルでかっこいい。写真/防衛省

「はくおう」はいわば病院船のように機能させるため投入された。横浜港に展開した本船内はDP号に対応する医療者や救護者、政府諸機関職員、自衛隊などが活動拠点としても利用できるよう区画分けがなされた。隔離が必要な医療者・救護者用の区画も当然用意された。これで洋上の救援活動支援拠点となり、後方支援(ロジスティクス)船としても機能した。

この「はくおう」の活動は「ナッチャンWorld」と同様にPFI(Private Finance Initiative)の考えにより、防衛省と本船所有元の高速マリン・トランスポート社が契約したことでなされたものだ。PFIとは、従来の公的機関による社会資本の整備や運営に対して、民間の資本や運営ノウハウを導入することで効率化を図ろうとする政策手法のこと。2016年、PFI法に基づき、防衛省と本船所有会社は輸送契約を結んだ。これ以前からも「はくおう」と「ナッチャンWorld」の2隻は自衛隊によって試験運用が行なわれ、長距離高速輸送などの能力とその効果を評価されてもいた。

2020年2月、コロナ禍のクルーズ船救援時に「はくおう」は船内をフロアごと区分けした。5階と4階を隔離が必要な人員専用区画、3階を隔離不要な人員の区画とし、動線も分けた。これで救援勢力の安全な活動拠点とした。図/防衛省

そもそも「はくおう」は新日本海フェリーが運航した貨客船で、当初の船名は「すずらん」だった。本船の竣工・就航は1996年。車両搭載数は乗用車約80台、トラック約120台。旅客定員は約500名。敦賀~小樽航路に就役し、片道約21時間でこの長距離航路を結んだ。約16年間、同航路を走ったが同型新造船が就役した2012年に引退。以降は、前述したようにPFIに基づき防衛省のチャーター船(用船、傭船)となっている。この時期に外観が現在の白黒ツートーンに塗装し直されたようだ。

目立ってハイスペックではないが……

「はくおう」の特徴のひとつは高速力だと思う。速力は29.4ノット、時速約54.5kmだ。貨客船としては高速の部類だと思う。ちなみに「ナッチャンWorld」の速力は約36ノット、時速約67kmだ。

「はくおう」の基礎スペックは、総トン数1万7345トン、全長199.5m、全幅25m。船体の長さに対して幅の狭い船だと思われ、このへんもアシの速さに関係しているのだろう。本船の主機はV型18気筒ターボ・ディーゼル、最大出力は6万4800ps。目立ってハイスペックな心臓部と性能でもないと思うので、船体形状の良好さが関係して高速性能を発揮しているのではなかろうか。民航船時代の航路、敦賀~小樽航路は従来船の場合、約30時間を要していたそうだが、それを大幅に縮める片道約21時間だ。

「はくおう」車両甲板内部の様子。車両搭載数は乗用車約80台、トラック約120台。旅客定員は約500名。写真/統合幕僚監部

こうした素地の「はくおう」と「ナッチャンWorld」を防衛省がPFI法に基づき傭船として運用下に置いておきたい意味は、前回同様、島嶼防衛のためだ。地続きでない離島という領土と国民、主権を守るには多くの装備と人員、膨大な量の資機材、そして燃料・弾薬、水や食料が必要だ。同時に多くの有人離島からの住民避難も具体策を立てねばならない(島嶼部の自治体では防災計画に関わる担当者はごく少人数編成、または単独の場合もあり、増強するなど喫緊の課題だと思う)。島嶼防衛のために用意しておくことは多数多方面にわたり、そのなかのひとつが高速輸送船で、具体的には「はくおう」と「ナッチャンWorld」を傭船とすることで賄えているようだ。

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…