ロールス・ロイス製エンジンで航続距離は約4700km! 遭難者を助ける救難飛行艇「US-2」出動事例からみる飛行艇の有用性

着水するUS-2。主翼のフラップを大きな角度で下げ、高揚力装置の噴流とも合わせて約100km/hという低速での着水を可能にした。
飛行艇(ひこうてい)とは、文字通り胴体が船のような構造で、水面で離着水できる飛行機のこと。フロート(浮力体、浮舟)を主翼下に備えて水面に浮き、離着水する水上飛行機とは区別される。海上自衛隊はこうした飛行艇を保有・運用している。救難機「US-2」だ。岩国航空基地(山口県)に置いた救難部隊である第71航空隊でUS-2を運用し、出動要請により全国展開する。
TEXT & PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

ダイヤモンド・プリンセス号救援拠点として活躍し、島嶼防衛に備え輸送訓練を重ねる高速貨客船「はくおう」【民間船の利用その2】

自衛隊の活動に協力する民間船舶、最速のカーフェリー「ナッチャンWorld」の存在と活動を前回ご紹介したが、同様な船はもう1隻ある。貨客船「はくおう」だ。本船は約2年前、コロナ禍が始まった頃のクルーズ船集団感染事態に対応したことで知られるようになった。貨客船という特色と、ナッチャンに迫る高速性で自衛隊を支援する。地味だが重要な能力を持つ船だ。 TEXT&PHOTO:貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

その性能を活かし、ヘリや船では行かれない場所へ

海上自衛隊の救難機US-2は大型航空機だ。寸法は全長33.3m×全幅33.2m×全高9.8mもある。全備重量は約4万7700kg。中層階建ての建物が横たわり長い主翼が生えているようなイメージだ。
エンジンはターボプロップ(ロールス・ロイス製AE2100J、4591ps/1基)を4基、直線翼の主翼に搭載し、最大速力は315ノット・約583km/hを発揮する。巡航速度は約480km/hで、航続距離は約4700kmにもなるという。

このスペックが救難機US-2の特徴を表している。救難ヘリコプターの速力と航続性能を大幅に上回り、船艇より断然速く、陸地を遠く離れた洋上まで進出し帰還できる。外洋を航行中の船舶などで傷病者などが発生した場合、現場へひとっ飛びし、当事者らを収容して戻ることができるわけだ。医師や看護師など医療者を乗せて現場へ向かう運用もあるという。

加えて、短距離離着水性能を持ち、着水は約200m、離水にも約300mしか必要としない。これは搭載した高揚力装置が主に生み出す性能で、高圧エアの噴流を主翼フラップに沿って噴出させ、ごく低速での揚力を稼ぐもの。これで約100km/hという低速での着水を可能とした。これはセスナ機など小型機と同じような速度だ。ゆっくりと水面へ降りることができる。

また、US-2の胴体は船の形状(艇体構造)を持っていて、消波装置(機能)も備えることから最大波高約3mの海面上に着水できる。波高約3mとは少し荒れた海面状態といえるだろうか。その波浪に相対する船体や機体の大小により状態や評価は変わるだろうから一概にはいえないものの、高さ3mの波が立っている海面は危険な状況に違いない。

US-2の胴体は船の形状(艇体構造)を持っていて、消波装置とその機能を活かし最大波高約3mの海面上に着水できる。写真/海上自衛隊

救難飛行艇US-2を使う海自第71航空隊は、長い航続性能と海面への離着水能力を持つ本機を活かし、ヘリでは到達できず、船では時間がかかるような遠距離洋上での捜索救助を任務としており、1976年(昭和51年)の部隊発足以降、現在までに約千件/千名以上を捜索救助した実績を持っている。

こうしたUS-2の特性が光った救助事例が先ごろ発生している。

防衛省・統合幕僚監部の公表資料などによると、2022年6月28日、沖縄本島の南東約780kmの海上でヨットが航行不能になった。ヨットは米国船籍の「アリヤ」で、6歳の子どもとその両親の計3名の外国人が乗船。同船はフィリピンを出港しアラスカに向かっていたが、なんらかの理由でメインマストが折れ、エンジンも不調となり、帆走/機走ともに不能な状態になった。

2022年6月28日、US-2は航行不能なヨットの救助に出動し、乗員3名を救助している。US-2は岩国基地を発ち、沖縄本島の南東約780kmの海上という遠方の遭難現場海域まで進出、そして那覇まで要救助者を搬送した。図/統合幕僚監部

同日午前10時半頃、ヨットの船長から救助要請を受けた海上保安庁は、第11管区海上保安本部(那覇)より巡視船を急行させる。しかし遠距離の現場のため巡視船では到着に時間がかかる。そこで海保は海上自衛隊に災害派遣要請を行なった。まず哨戒機P-3Cが那覇基地を発ち、続いて岩国からUS-2が出動した。

ヨットの乗員3名を救助・収容し、那覇に向けて離水するUS-2。写真/統合幕僚監部

同日15時頃にはP-3Cが現場海域へ到着、ヨットを発見。16時半頃には同じく現着したUS-2が救助活動を開始した。すぐさま要救助者3名を収容し、US-2が現場を離れたのは17時14分、そして約2時間後の19時15分には那覇空港へ着陸、搬送を終えている。海保によると、家族3名の健康状態は良好で、事後は那覇市内のホテルで療養中とのこと。

洋上救難態勢が固められる心強さ

US-2の現場での救助活動の詳細は統幕の公表資料には書かれていないが、おそらく次のような内容だと思う。

現場海域へ着水したUS-2はヨットの近くまで海上を進み、機体と船体を繋ぐロープを接続、救難員らがラフト(救助用ゴムボート)を出してヨットへ接舷、要救助者3名をラフトへ乗り移らせUS-2へ搬送、機体へ収容した、こうした作業だったと思う。また、救助後に無人となり航行不能のヨットについての言及はないが、海保の巡視船が曳航して那覇まで運んだのではないか。

この遭難は、沖縄本島の南東約780kmの海上という遠方海域で発生しており、救助ヘリや巡視船では力不足で、高速進出性と航続性、離着水性能を持つ救難飛行艇US-2の非代替性が光る遠距離洋上救助の典型例だと思う。往復約3000km、まさにアシの長い飛行艇の特性が活きた救助活動だった。

観艦式で飛行するUS-2。胴体には着陸脚と車輪(ランディングギア)が格納されており、陸上の滑走路へ着陸することもできる。

そもそもUS-2の前身には「US-1A」という救難飛行艇の代名詞的な存在がある。US-2はUS-1Aの改良発展版だ。そして先の大戦期には「二式飛行艇(大艇)」というものも生み出していた。

今日まで飛行艇の開発や整備、運用が連綿と続いているのは、我が国は島国・海洋国であり、漁業や海上輸送、マリンレジャーなどが活発に行なわれる結果、洋上救難態勢の維持は必須のものであるからだ。とくに沿岸部や近海での救難態勢は海上保安庁をはじめとして消防・警察・自衛隊と諸機関協働での態勢が固められているのは心強い。

この先の季節は、水辺での事故や大雨等の自然災害などの増加は否めないと思う。注意や警戒するとともに、日本の救難態勢についても関心を持ちたい。ちなみに海の事件・事故の通報は「118」番だ。海上保安庁への緊急通報用電話番号である。これは陸上での「110」番、「119」番に相当する。ぜひ、覚えておいて欲しい。

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…