しかし、ゼロではない。低速でエンジンがかかる理由にはふたつあり、ひとつはバッテリーの残量が少なくなったとき。もうひとつは、ブレーキブースターの負圧がなくなったときだ。一般的に、クルマはブレーキのペダル踏力をアシストするためにエンジン吸気管の負圧を利用している。ところが、バッテリーのエネルギーのみで走行しながら駐車場などを移動した際にブレーキを繰り返し踏んでしまうと、アシストに使う負圧が底を突いてしまうことがある。その際は、負圧を生成するためにエンジンがかかる。
「バッテリー残量は結構あるのに、なんでエンジンがかかる?」と疑問に感じる状況は大抵の場合、負圧生成のためと思えばいい。エンジン始動の理由がわかってしまえば、ストレスは軽減される(だろう)。エンジンの最高効率点は2400rpmで、この回転数で発電するのが最も効率が高く、燃費は良くなる。しかし、走行音が低い低速域でいきなり2400rpmまで回してしまうと、エンジン音が耳につく。そこで、キックスのe-POWERは(実はセレナe-POWERから採用済み)、いったん1600rpmで抑え、車速の上昇とともに徐々に2400rpmまで回転数を上げるようにしている。
車速が上がってロードノイズや風切り音などの走行音が大きくなるにつれ、エンジンの始動頻度は高くなる。だが、メーターにエネルギーフローを表示させて注意深く観察していない限り、エンジンがかかったことに気づかない。音に変化がないし、ショックも感じないからだ。キックスはベース車に対して骨格を強化して剛性を上げるなどし、振動伝達感度を大きく下げた(乗員に伝わりにくくした)という。ダッシュパネルに厚いインシュレーターを入れて、振動・騒音を抑えてもいる。これらの対策が奏功している印象だ。エンジンがかかるとうるさかったノートe-POWERに比べ、キックスは格段に静かで、大きな進化を感じる。
バッテリーの能力以上に出力要求があった場合、例えば、強い加速を欲しがってアクセルペダルを深く踏み込んだ場合などはバッテリーの出力だけでは足りないので、エンジンをかけて発電機を駆動し、バッテリー+発電機の合わせ技でモーターを駆動する。そんな状況でもキックスは騒々しくならない。さすがに回転数が3000rpmを超えるとエンジンの音をはっきり意識するようになるが、音質が丸められているので、わずらわしく感じない。
前掲のように、開発に携わる技術者に言わせれば、キックスが搭載するe-POWERは「第1段階の完成形」とのことだが、その言葉どおりで、洗練されているのは事実だ。エンジンの存在感は多くの走行シーンで感じず、モーター駆動の気持ち良さばかりが際立つ。
最後に、小田厚燃費をお知らせしていこう。小田原厚木道路の小田原西〜厚木間の約32km(制限速度70km/h)を、左側車線を基本に走行した際の区間燃費を測った。過去に計測したセレナe-POWER(車重1760kg)は21.6km/ℓだったが、キックス(車重1350kg)は24.5km/ℓだった。1.8ℓ直4ディーゼルを積むマツダCX-3(車重1370kg)と同じ数値である。CX-3を引き合いに出したところで気づいたが、後席と荷室の広さは、キックスの美点のひとつだ。
日産キックス X(FF)
全長×全幅×全高:4290mm×1760mm×1610mm
ホイールベース:2620mm
車重:1350kg
サスペンション:Fストラット式 Rトーションビーム式
エンジン形式:直列3気筒DOHC
エンジン型式:HR12DE
排気量:1198cc
ボア×ストローク:78.0mm×83.6mm
圧縮比:12.0
最高出力:82ps(60kW)/6000rpm
最大トルク:103Nm/3600-5200rpm
過給機:×
燃料供給:PFI
使用燃料:レギュラー
燃料タンク容量:41ℓ
モーター:EM57型交流同期モーター
定格出力:95ps(70kW)
最高出力:129ps(95kW)/4000-8992rpm
最大トルク260Nm/500-3008rpm
最終減速比:7.388
バッテリー容量:1.47kWh
駆動方式:FF
WLTCモード燃費:21.6km/ℓ
市街地モード26.8km/ℓ
郊外モード20.2km/ℓ
高速道路モード20.8km/ℓ
車両価格○279万9900円
OP:インテリジェントアラウンドビューモニター&インテリジェントルームミラー6万9300円