再エネ目標達成万歳!でも、日本のエネルギー関連企業が海外資本に乗っ取られてもいい?

これで地上戦突入まちがいなし 中国製電池がテスラ経由で日本へ

テスラ製 大型蓄電池 Megapack
テスラ製 大型蓄電池 Megapack
アメリカ・カリフォルニア州に本拠を置くテスラが日本向けに定置型蓄電システムの出荷を開始するようだ。菅義偉首相「肝いり」のカーボンニュートラル化政策にとっては、太陽光や風力といった再エネ発電の比率向上が大きな目標であり、商機に敏感な民間企業は素早い動きを見せている。しかし、利益を得るのが日本企業や日本国民ではなくなるとしたら、手放しでは歓迎できない。
TEXT◎牧野茂雄(MAKINO Shigeo)

再エネ発電について言えば、すべてが「日本抜き」という状況だ

福岡に本社を置く電力系事業・グローバルエンジニアリングは8月19日付けでテスラ製の「メガパック」を北海道の千歳バッテリーパワーパークに導入し2022年に運用を開始する予定であることを発表した。菅義偉首相「肝いり」のカーボンニュートラル化政策にとっては、太陽光や風力といった再エネ発電の比率向上が大きな目標であり、商機に敏感な民間企業は素早い動きを見せている。しかし、利益を得るのが日本企業や日本国民ではなくなるとしたら、手放しでは歓迎できない。

テスラ製「メガパック」は、太陽光発電などの再エネ発電で起こした電力を貯めておくシステムだ。雨の日でも、風が吹かない日でも、蓄電設備があれば再エネ発電に頼っていられる。しかもテスラ製は、日本での同型製品の相場に比べて格安と言われている。電池の仕様にはいくつかのバリエーションがあるようだが、テスラの上海車両工場が購入しているCATL(寧徳時代新能源科技)製も使われている。日本経済新聞は「同じ電池容量でコストは5分の1」「1kWhあたりの納入価格は5万円弱」と報じた。これだけ価格差があれば国産品は太刀打ちできない。

ただし電池の仕様がわからない。テスラはCATLから正極にLFP(リン酸鉄リチウム=LiFePO4、いわゆるオリビン酸鉄)を使うLiB(リチウムイオン2次電池)を購入している。セル当たり2.6V程度のためBEV(バッテリー・エレクトリック・ビークル)に使う場合は航続距離が短くなるが、電位が低い分だけ寿命が長く、オリビン構造という鋼鉄に似た頑丈な骨格を持つためPO4のO=酸素が放出されにくく安全性が高い。

いっぽう、メガパックがNCM(ニッケル/コバルト/マンガン)系だとしたら、これは超格安だが、定置型にNCMを使うメリットはあまりない。この線はまずあり得ない。おそらくはLFP電池ではないかと思われる。ただしLFPでも負極側はLiC、いわゆるグラファイト系なので「金属リチウム析出」現象は防げない。金属リチウムは尖った鋭利な結晶であり、これがセパレーターを突き破ると内部短絡が発生し、最悪の場合は発火に至る。

それでも、定置型バッテリーとしての蓄電性能と価格から判断すると、LFPは有力な選択肢である。ただし、メーカーはCATLを筆頭に国軒高科、比亜迪(BYD)など、ほとんどが中国勢である。日本で非NCM系電池として実績があるのは東芝のSCiBくらいのものだ。負極にLTO(チタン酸リチウム)を使う安全性の高い電池だが、価格では中国製にはかなわない。

日本が再エネ発電網を本気で構築するのであれば「発電できないときのために電気を貯めておく」ことのできる定置型2次電池は必須である。そして、市場原理に則れば、安く提供してくれる企業が有利になる。テスラは中国企業から電池を調達し、独自の充電・放電マネジメントシステムと組み合わせて出荷している。アメリカではすでに納入実績がある。日本向けのテスラ製メガパックがLFP電池なら価格5分の1はあり得ない話ではないが、筆者は「お試し価格」であると思う。

テスラはMegapackを複数組み合わせて1GWh(ギガワットアワー)にすれば、サンフランシスコの各家庭の6時間分の電力を供給できるという。

テスラは日本進出に意欲満々だろう。日本には原発アレルギー症状があり、スウェーデンやフランスのように腹を括っていない。政府が決断を逃げているいうちに売り込み、多くのユーザーを獲得すればデファクト・スタンダードになれる。これは電力というエネルギー政策への発言力とイコールである。テスラがBEV(バッテリーEV=電気自動車)メーカーであるというのはもはや大きな間違いであり、電力を国家ではなく企業または個人が自由に利用できるエネルギーとして解放するためのシステムと「物」を売る企業であり、BEVはその御神体に過ぎない。

再エネ発電について言えば、すべてが「日本抜き」という状況だ。風力発電の風車も、台風の強風に耐えられる「クラスT」は欧州メーカー製の独占。太陽光パネルは中国製が安い。電池も中国製が安い。そして充電・放電マネジメントのノウハウとメンテナンスも含めてテスラのような企業がパッケージで売り込んでくる。

言い換えれば日本企業の経営陣がだらしない。いま何が重要分野なのか判断できないでいる。もうすぐ上陸部隊が日本に押し寄せて激しい地上戦(売り込み競争)になるという空気も読めていない。経済産業省には、いま日本にどれだけの技術資産があり、どのように組み合わせれば外国籍企業に対抗できて日本国内にお金を循環させることができるかを考えているフシはない。

太陽光発電に使われるパネルは、いま一般的に実用化されている唯一の「物理電池」である。物理反応によって生じるエネルギーを利用する。しかし、電力を貯めておくことができない。太陽光発電は2次電池(繰り返し充電して使える電池)との組み合わせでなければ安定供給できるシステムにはならない。だから、これを選択したら2次電池は必須になる。あるいは発電できないときのためのバッファーとして火力発電を利用するか。この二者択一である。しかし、日本ではこの議論がなされないまま民主党政権が補助金付き普及へと走ってしまった。ここがそもそもの不幸の始まりである。

再エネ目標達成! 万歳!

しかし土地もシステムもインフラも魂も、すべて外国企業に握られる。日本のエネルギー関連企業はことごとく海外資本に乗っ取られる。何もしなければ、これが日本にとっての2035年になる。

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著者プロフィール

牧野 茂雄 近影

牧野 茂雄

1958年東京生まれ。新聞記者、雑誌編集長を経てフリーに。技術解説から企業経営、行政まで幅広く自動車産…