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100℃で磁力を失う“永久源磁”を改善
前回は佐川眞人氏がこれまでになく強力なネオジム・鉄・ホウ素磁石を発明したことを述べた。この磁石は極めて深い論理的な検討と、独自での数多くの実験を繰り返して実現したものである。この意味で科学的にも実用的にも高度な発明であった。この結果について、佐川眞人氏自身がとても大きな喜びを感じたであろうことは想像に難くない。
ところが間もなく、社内での評価からこの磁石は温度特性が悪いという結果がもたらされた。磁石はどんなものでも高温になると磁力が次第に弱くなる。弱くなった磁石は常温に戻ると再び磁力を取り戻す。これを減磁という。しかし、ある温度を越えると磁力が元に戻らなくなる。これを永久減磁という。するとその磁石は磁石として機能しなくなる。
ネオジム・鉄・ホウ素磁石は100℃を越すと永久減磁が起こることが分かった。その結果、これの応用をしたとしても用途が限られてしまう。
その結果を見て佐川氏とその研究グループは、この問題を解決する方法について研究を始めた。約1年の集中的な研究の結果、希土類元素の中でも重希土類の1つであるディスプロシウムを合金として加えると、永久減磁が起こる温度を高くすることができることを突きとめた。しかも混入量を増やし、磁石全体の10%にまで上げると、200℃の温度にも耐えられることが分かった。
磁石の特性は、第33回で示した残留磁束密度と保磁力の大きさで表される。永久減磁が起こる温度と保磁力は密接な関係にあり、磁石の特性を表すために縦軸に残留磁束密度、横軸に保磁力を取った図が用いられる。そして横軸には同時に永久減磁を起こす温度も示されることが多い。
この磁気特性の図を作ると、ディスプロシウムを入れるとその量に応じて保磁力が大きくなる。その量を10%とすると、約200℃までの温度まで使えるということになる。その代わり、ディスプロシウムを混ぜた分だけ残留磁束密度は小さくなり、それだけ磁石の強度が下がる。このため現在磁石メーカーから発表されている磁石は、ディスプロシウムの混入量に応じて多くの製品が作られている。
高性能磁石の実用化が「省エネ家電」を産み最新電気自動車へ
こうして佐川氏は1983年にディスプロシウムを合金化したネオジム・鉄・ホウ素磁石を世に発表して、大きな反響を得ることになる。その後、住友特殊金属では工業化のチームにより急速に商品化が進められ、1990年には製品として販売されるに至った。
販売後、この磁石は次第に生産量を増やし、それに伴い価格の低下も進み、2000年には価格も家電製品に用いるモーターに利用できるまでに下がってきた。
2002年頃から「省エネ家電」という言葉が使われ出した。これは結局何のことだったというと、家電の中で特に電力を使うのは冷蔵庫とエアコンであるが、そのためのモーターに佐川氏が発明した磁石が使われるようになった、ということが最も大きく貢献している。これによりモーターの効率が極限に近く高くなり、大きさも小さくなった。
その結果として、冷蔵庫については省エネ化と同じ外形サイズながら冷蔵のための空間も拡げられるという2つの効果を持ち急激に省エネ家電の普及をもたらした。
これは私見であるが、1988年に温暖化の問題が世界的に顕在化したが、その後の省エネの努力の中で最も大きな効果があったのは佐川氏が発明した磁石だと考えている。
そして、佐川氏の磁石は電気自動車用モーターの磁石としてもなくてはならないものとなり、現在、ほぼすべての電気自動車用のモーターにはこれが使われている。
こうして爆発的に普及が始まったネオジム・鉄・ホウ素磁石であったが、その後順調に発展しているかというと、新たな問題も発生している。これについては次回述べることとする。