これはナニ? 地味装備シリーズ①:通常見られない潜水艦の重要装備「錨(アンカー)」に肉迫する!【自衛隊新戦力図鑑|海上自衛隊】

先日の海上自衛隊国際観艦式での「たいげい」型潜水艦。てつのくじら館の「あきしお」より新しい世代の潜水艦だが、同じようにアンカーも装備しているだろうし、その搭載位置も潮上に艦首を立てる(潮流に艦首を向ける)基本法則から艦首底部に置かれていると思われる。
海中に潜んだ潜水艦が脅威となるのは発見が難しいから。どこにいるかわからない潜水艦に、いつ攻撃されるかわからないという状態は相手の野心を挫く。潜水艦が抑止力となる考えの根本がこれだろう。今回は、潜水艦が「船」であることを示す装備であることと同時に、その活動を支える使い方にも能力を発揮するはずの「錨(アンカー)」に注目してみたい。
TEXT&PHOTO◎貝方士英樹(KAIHOSHI Hideki)

潜水艦の錨「アンカー」とは?

これが潜水艦の錨「マッシュルーム・アンカー」。名称通りキノコに鎖を連結した形状。成長したキノコのように大きく開いた傘形状が特徴的。ここが海底堆積物層に食い込む。

船とは、人や荷物を乗せて水上を行き来する乗り物だ。船を示す第一の要件は「水に浮かぶ乗り物」ということになる。なにを当たり前のことを言っているのかと憤られるかもしれないが、沈みがちな船では仕事にならないから、浮くことは重要なのだ。

続いて第二の要件は「錨(いかり、アンカー:Anchor)」を持っていることだ。錨を海底に沈め、繋げた錨鎖(びょうさ、錨に接続されたクサリ)」で船体を固定する。船体をキチンと定置できない船は漂流物と同じで迷惑だし事故にも繋がる。それでは困るから、定置できる装備の搭載は最重要事項のひとつ、錨は船の必須装備なのである。

潜水艦も人や荷物を乗せて海中(水中)を行き来する乗り物だから、船である。だから、第二の要件の錨を必ず装備している。それが今回紹介している潜水艦の錨「アンカー」だ。

マッシュルーム・アンカーを別角度から見たもの。傘部分はえぐれたような形状。窪んでいることでよりしっかりと食い付くのだろう。
マッシュルーム・アンカーを前方から見たもの。写真上部は「あきしお」の艦首底部で、円形に窪んだ部分に巻き揚げられたアンカーがピッタリと納まる。

水上艦艇の錨は下向き矢印のような形状をしている。しかし潜水艦の錨は写真で紹介したように独特の形状だ。キノコのひとつ「マッシュルーム」の形にも似ていることから「マッシュルーム・アンカー」とも呼ばれるようだ。マッシュルームというよりシイタケの方が筆者にはしっくりくるが、名称はまぁどっちでもいい。まずは、なぜ水上艦艇と同様に矢印形状でなくマッシュルーム形状なのかを考えてみる。

マッシュルーム・アンカーを艦体に格納した場合、潜水艦のボディの流線型状にピッタリとフィットするように納められる。これで艦体にまとわりつくように流れる水の抵抗を抑えられるわけだ。水上艦艇の錨のような形状で舷側に張り出すように取り付けると、海中を潜航する潜水艦にとっては抵抗物でしかない。だから潜水艦の錨は水中抵抗を低減させるためキノコ形状となった。

次に錨の使用時を考えてみる。潜水艦が錨を降ろす海底は表面を堆積物で覆われた底質であることが多いと思われる。海底堆積物とはシルト(砂と粘土との中間の粒径を持つ砕屑物)や粘土が多いそうだ。超微細な粒子の集合体で覆われたおそらく柔らかめの海底表面層に、キノコの傘の部分が食い込む役目を果たして固定され、繋がった太い鎖である錨鎖で艦体は定置される。

水上艦艇の矢印形状の錨では、柔らかいと思われる海底堆積物の表面に食い込みはするものの、潜水艦の艦体を繋ぎ止めるまでの抵抗を稼げないのだと思われる。キノコの傘状部分の面積が効くのだろう。

潜水艦がマッシュルーム・アンカーを使うのは潜水中に限られる。港などに停泊する場合は水上艦艇と同じく「舫綱(もやいづな、太いロープ)」で桟橋などと甲板を繋ぎ止める。

潜水艦はどんなシチュエーションで錨を使う?

てつのくじら館/海上自衛隊呉資料館の外観。2004年(平成16年)に除籍となった「ゆうしお」型潜水艦「あきしお」が陸上展示されている。呉港沿いの道路を車で走ってくると巨大な艦体がイキナリ現れてビックリする。
マッシュルーム・アンカーを降ろしている状況の説明板も設置されていてわかりやすい。艦首底部に錨が効いていることで、潮流や風向に対して艦首を向けられることになり、安定して停泊できることがわかる。
「あきしお」の陸上展示は、通常見ることのできない潜水艦の底部を見学できるのが嬉しい。この写真も艦底部分のひとつ。浮上や潜航、水中での姿勢制御などで機能する注排水スリットだ。

潜水中に錨を降ろす状況とはどういうものか想像してみると、何かを継続的に監視する、調査するなど、ある時間や期間で定点保持したい場合に錨を使うのではないか。それなら駆動電力など消費電力を抑えられることになるから、行動時間の延伸に繋がるものと考えられる。たとえば、海中を封鎖するため長期間海中の定点に留まるような場合に使われるのではないか。これに加えて、故障や事故などの場合に定置するため錨を打つことも考えられる。

オペレーション中や緊急時にも重要な機能を果たす潜水艦の錨だが、水上艦艇の錨のように生で見る機会はほとんどない。横須賀港や呉港は潜水艦を間近で見られる有名スポットなのだが、潜水艦が海に浮かんでいる場合、艦体のほとんどは海中に没しているからだ。

では、潜水艦の錨はその艦体のどこに装着されているのか? これを実地で見られるのが広島県呉市にある「てつのくじら館(海上自衛隊呉資料館)」だ。ここに引退した「ゆうしお」型潜水艦「あきしお」が陸上展示されていて、艦首側にマッシュルーム・アンカーがズバリ展示されている。ここで紹介している写真も現地で撮影したものだ。解説も読めて理解が深まるし、艦内の見学もできる。呉観光の有名拠点のひとつなので知っている方も多いと思いますがオススメです!

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著者プロフィール

貝方士英樹 近影

貝方士英樹

名字は「かいほし」と読む。やや難読名字で、世帯数もごく少数の1964年東京都生まれ。三栄書房(現・三栄…