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ハイブリッドだけじゃないトヨタの全方位戦略が始まった!
「全部本気」。トヨタの豊田章男社長がテレビCMで次世代車の開発について、そんな表現を使っています。
トヨタのエコカーといえば、ハイブリッド車「プリウス」の名前を思い浮かべる人が多いでしょう。
ところが、最近のトヨタは「BEVに対する本気」や「水素燃料を使ったクルマへの本気」についても、強く主張するようになりました。
こうした、トヨタの次世代車に対する全方位的な戦略の背景には、いったい何があるのでしょうか?
では、時計の針を少し戻して、これまでのトヨタの動きを振り返ってみましょう。
まずは、初代「プリウス」が登場した90年代後半です。その頃、ユーザーが「ハイブリッド車は燃費が良い」という見方はあったものの、地球環境という大きな視点でハイブリッド車の存在を考えるという風潮ではなかったように思います。こうした傾向はグローバルでも共通でしたが、2代目「プリウス」が普及した2000年代の中頃になると、世の中の状況が徐々に変化していきました。
とくに目立ったのは、アメリカのカリフォルニア州内での社会現象でしょう。例えば、ハリウッド周辺では有名映画俳優や人気スポーツ選手などが、地球環境を念頭に置いたクルマ選びを主張し始めてプリウスに乗る人が増えたり、シリコンバレー周辺では大学教授など学識者がプリウスや、当時はまだ普及数が極めて少なかったBEVなどに積極的に乗るようになっていきます。
こうしたカリフォルニア州でのトレンドが、欧州自動車メーカー各社の次世代車開発に大きな影響を及ぼすことになるのです。
とくに、自動車産業界を長年けん引してきたメルセデス・ベンツが、ライバルである地元ドイツのBMW、さらにクライスラー(当時)と3社共同で中大型SUVなど向けのハイブリッド車を量産することを決定しました。
メルセデス・ベンツ関係者は当時、筆者の問いかけに対して「少し前まで、ハイブリッドはトヨタの“飛び道具”という特殊分野だと考えていたが、時代の流れが大きく変わった」とクルマの電動化に対する認識の変化を吐露しています。
一方で、メルセデス・ベンツは燃料電池車の開発については、トヨタなど世界の有力メーカーと合同で実証試験を行うカリフォルニア州フューエルセルパートナーシップ(CaFCP)に参画するなど、中長期的な次世代車開発を着々と進めていきます。
また中国では、2000年代後半から2010年代にかけて、上海万博や北京オリンピックなど国の大規模イベントをきっかけにして公共交通機関のBEV化政策が進みます。この影響は、その後の2010年代半ば以降に乗用車のBEV化を後押しするようになります。
これに対して、トヨタは中国市場でBEVではなく、ハイブリッド車の普及に向けて中国政府との交渉を続けていきます。
このようなグローバルでの動きの中で、トヨタは次世代車のロードマップを公開し、それを定期的に書き換えていきます。
基本的には、まずはハイブリッド車の販売比率を上げ、その中からプラグインハイブリッド車の普及を進めていくという流れでした。BEVについては、市街地周辺での短距離移動を行うシティコミューターの位置付けに留める一方で、都市間移動での次世代電動車は燃料電池車を想定しました。
2017年9月に公開したロードマップを見ると、2030年時点ではBEVと燃料電池車の普及台数は極微少で、2050年になってもEVはトヨタ車全体の10%以下という予想です。
そのため、トヨタに部品を納める自動車部品メーカー各社や、トヨタ新車販売店では、
「トヨタの次世代車は当分の間、ハイブリッド車が主流。BEV普及はまだ遠い先の話」という認識を持っていたのが事実です。
ところが、2010年代末にかけて、グローバルでの電動化の流れが急変します。きっかけは、欧州委員会(EC)が打ち出した欧州グリーンディール政策です。その中で「2035年までに欧州域内の新車100%を(事実上)ZEVに限定」という目標を掲げました。
これに伴って、メルセデス・ベンツが「市場環境が整えば、2029年までにグローバルで新車の100%をBEV化する」という事業の大転換を発表するなど、欧米メーカーでのBEV専業メーカーへのシフトが加速している状況です。
こうした業界動向を踏まえて、トヨタは、2021年12月にBEVに対する事業戦略の見直しを公表しました。それよりますと、2030年までにグローバルで年間350万台のBEVを製造・販売するといいます。つまり、トヨタ全体の約1/3をBEVにするという大きな決断です。
その発表前の時点では、2030年までにBEVと燃料電池車の合計で200万台としていましたので、先に紹介しました2017年から4年ほどで、トヨタの電動車戦略は大きく変化したことが分かると思います。
また、トヨタは水素燃料については燃料電池車のみならず、ガソリンエンジンを改良して水素を直接燃焼させる研究も加速させているところです。
グローバルでの社会の動き次第で、トヨタの事業戦略がさらに変化する可能性も、否定できないと思います。
今後もトヨタの動きには、要注目です。
著者PROFILE●桃田健史
1962年8月、東京生まれ。日米を拠点に、世界自動車産業をメインに取材執筆活動を行う。インディカー、NASCARなどレーシングドライバーとしての経歴を活かし、レース番組の解説及び海外モーターショーなどのテレビ解説も務める。日本自動車ジャーナリスト協会会員。
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[スタイルワゴン・ドレスアップナビ編集部]