打田准教授らは、希土類元素であるユウロピウムが特徴的な三角格子を形成しているヒ化ユウロピウムEuAsに着目し、分子線エピタキシー成長[用語4]によるEuAs単結晶薄膜の作製に成功した。系統的な測定の結果、EuAsが 1)低いキャリア密度[用語5]、2)強い交換相互作用、3)有限のスピンカイラリティ[用語6]という、巨大な異常ホール効果の実現に必要な三拍子が揃った稀有な材料であることを発見した。さらに、理論計算が予測する通り、異常ホール効果により電流が曲げられる割合を示す異常ホール角[用語7]が0.1を超え、この巨大応答が磁気秩序温度よりもはるかに高い温度から現れることを明らかにした。今回の成果は、図3右に示すようなスピンが非共面的に並んだ構造が、半導体において巨大な磁場応答を生み出すことを示しており、トポロジカルな磁気秩序構造を持つ磁性半導体の材料開拓と、その巨大磁場応答を利用したスピントロニクスデバイス応用につながると期待される。
少数のキャリアによる電流の流れ方とスピンの並び方が互いに関係した磁性半導体は、これまでも盛んに研究が進められてきたが、そのスピンの並び方は単純な強磁性・反強磁性状態に限られていた。一方、近年スキルミオン[用語8]に代表されるような、スピンが非共面的に並んだトポロジカルな磁気秩序構造に注目が集まっているが、そうした構造に関連する伝導特性の研究は大量のキャリアを持つ金属に限られてきた。そこで打田准教授らは、スピン配置に強く影響する格子構造に着目して、磁性半導体の研究を開始した。
代表的な磁性半導体には、EuOなどユウロピウムカルコゲナイドや、磁性元素で一部を置換した 「(Ga,Mn)As」(ヒ化ガリウム:GaAsのガリウムをマンガンで置換)などの半導体(図1上)があり、その磁気特性や伝導特性が長年にわたり研究されてきた。一方、本研究で対象としたヒ化ユウロピウムEuAsについては、これまで1970年代に結晶構造が報告されているのみであり、磁性体であるのか、さらには半導体であるのかという点すら一切明らかになっていなかった。打田准教授らは、他の希土類モノニクタイド[用語9]が単純な塩化ナトリウム型構造をとるのとは異なり、EuAsではユウロピウムが特徴的な三角格子を形成している点に注目した。
EuAsはこれまで多結晶のみが合成されていたが、本研究では、面内格子定数が近いAl2O3(アルミナ)を基板に用いることで、分子線エピタキシー成長によるEuAs単結晶薄膜の作製に成功した。この薄膜について電子エネルギー損失分光測定[用語10]を実施したところ、薄膜中のユウロピウムは巨大なスピンモーメントを持つEu2+イオンとして歪んだ三角格子面(図1下)を形成し、ヒ素は面直方向に二量体を形成し[As-As]4-として安定に存在することがわかった。
このEuAs薄膜の電気伝導特性を調べたところ、抵抗率が半導体的な温度依存性を示し、23Kで磁気秩序を示すことがわかった(図2左)。また、磁場をかけながら同じ測定をおこなったところ、磁気秩序温度よりもはるかに高温の200K程度から巨大な磁気抵抗効果[用語11]が現れ始め、伝導キャリアと局在スピン間に強い結合があることが明らかになった。さらに大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)[用語12]の中性子小角・広角散乱装置(大観)で偏極中性子を用いて磁気構造を調べたところ、ゼロ磁場ではユウロピウムのスピンモーメントが三角格子面に平行に配列しており、三角格子面内で隣接するスピンモーメントの間には反強磁性的な相関があることが分かった。これは磁気秩序温度以上において、面直方向に磁場を加えることでスピンが三角格子面から起き上がり非共面的に並ぶようなスピンゆらぎがあることを示唆している。これはEuAsが、近年新たに提唱された理論において巨大な異常ホール応答の実現に必要とされている、1)低いキャリア密度、2)強い交換相互作用、3)有限のスピンカイラリティという3つの条件を満たす物質であることを示す結果である。
実際に、パルス強磁場を用いてEuAs薄膜のホール抵抗率を測定したところ、磁場及び磁化に比例しない異常ホール抵抗成分が現れ、温度低下とともに急激に増大することが明らかになった(図2右)。その成分の大きさは、異常ホール角0.1を超える巨大なものであり、磁気秩序温度よりもはるかに高温から現れる(図3左)。このことは、歪んだ三角格子上においてスピンカイラリティのゆらぎがキャンセルせずに残り(図3右)、少数のキャリアと強く結びつくことで、巨大な異常ホール応答を生み出していると理解できる。半導体中におけるキャリアのホッピング伝導を考慮したモデルにおける理論計算でも、スピンカイラリティに比例した巨大な異常ホール効果が現れることが確認でき、EuAsの実験結果とよく一致することが明らかになった。
今回の成果は、これまで単純な強磁性・反強磁性状態が研究対象とされてきた磁性半導体において、スピンが非共面的に並んだ磁気秩序構造が異常ホール応答の巨大化に有効であることを示している。今後、元素置換や電界効果によるキャリア制御の研究や、より高い磁気秩序温度を持つ材料の開拓によって、巨大な磁場応答を持つ半導体デバイスの利用が実現すると期待される。
本研究は、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究推進事業 さきがけ「薄膜技術を駆使したトポロジカル半金属の非散逸伝導機能の開拓」(No. JPMJPR18L2)、CREST「トポロジカル絶縁体ヘテロ接合による量子技術の基盤創成」(No. JPMJCR16F1)、日本学術振興会科学研究費補助金 基盤研究(B)(No. JP18H01866, No.JP19H01856, No.JP17H02815, and No.JP21H01804)、公益財団法人 稲盛財団の支援を受けて行われた。 本研究成果は、米国科学誌「Science Advances」に日本時間12月23日(米国東部時間12月22日)に掲載された。
[用語1] 磁性半導体 : 磁性体と半導体の性質をあわせ持つ材料系。少数の電荷キャリアによる電流の流れ方と局在したスピンの並び方が互いに強く結合しており、電場や磁場などの外場によって両者をあわせて制御することが可能である。
[用語2] 磁気秩序温度 : スピンがある規則に従って配列する温度のこと。
[用語3] 異常ホール効果 : 面直磁場下において縦方向に電流を流すと横方向に電圧が生じ、これを一般にホール効果と呼ぶ。磁性体ではホール電圧にスピンとの相互作用による寄与が加わり、これを異常ホール効果と呼ぶ。
[用語4] 分子線エピタキシー成長 : 主に半導体に用いられてきた結晶成長手法で、高真空中において各元素の供給量を独立に制御することで、非常に高品質の薄膜を作製することができる。
[用語5] キャリア密度 : 体積あたりの電荷キャリアの密度。
[用語6] スピンカイラリティ : 隣り合う3つのスピンがなす立体角(の半分)のこと。図 3右のような非共面的なスピン配置の場合に有限となる。
[用語7] 異常ホール角 : 異常ホール抵抗率を縦抵抗率で割ったものと定義され、縦方向に流した電流のうちどれだけの成分が異常ホール効果によって横方向に曲げられるかを表している。
[用語8] スキルミオン : 渦状の模様を形成するようにスピンが配列した構造のこと。
[用語9] 希土類モノニクタイド : 希土類元素をR (=Sc, Y, La-Lu)、第15族元素をA=(N, P, As, Sb, Bi)として、RAで表される化合物のこと。
[用語10] 電子エネルギー損失分光測定 : 電子が試料を透過する際に原子との相互作用により失うエネルギーを測定することで、物質に含まれる元素やその価数を分析することができる。
[用語11] 磁気抵抗効果 : 物質に磁場をかけた際に電気抵抗が変化する現象のこと。
[用語12] 大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF) : 大強度陽子ビームを炭素標的及び水銀標的に衝突させることで発生する大強度パルスミュオン及び中性子を用いて、物質科学、生命科学、素粒子物理学等の最先端の学術及び産業利用研究を行う施設。