アイシンが持っている電動化関連の製品は、モーター、ギヤボックス(減速機)、インバーターのキーコンポーネントを一体化した電動駆動モジュールのeAxle(イーアクスル)、回生協調ブレーキ、冷却モジュール、電池骨格部品、空力デバイスに大別できる。これらの製品に関し、2035年に向けてどのようなロードマップを描いているのか。「正直に言うと、そこまでイメージできていません」と、第1EV先行開発部の須山大樹氏は話す。その理由は後述するとして(もちろん、無策なわけではない)、ロードマップを描き切れている2030年までの取り組みについて見ていくことにしよう。
アイシンの次世代モビリティへの取り組みは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成が根っこにある。なかでも重要なのは、カーボンニュートラル(CN)の実現だ。CNを実現するには効率を上げたり、損失を減らしたりといった開発に取り組んでいくことになるが、単に数字を追いかけているわけではない。SDGs/CNに取り組むスタンスについて、須山氏はアイシンの企業姿勢を次のように代弁する。
「社会貢献を考えています。SDGsだとひと言で済ませるのではなく、弊社が持つ技術で何をすることがモビリティで社会に貢献できるのか。それを本気で考えています。乗り心地なのか、運転の楽しさなのか。乗り降りのしやすさなのか、室内空間の拡大なのか。先進国では高齢化がますます進む。ハンディキャップを抱えた方々もいる。そうした人たちに移動を楽しんでもらうためにはどうすればいいんだろうと。CNはマストです。それをやりきったうえで、どうすれば社会に貢献できるかを考えています」
2035年はイメージできていないと伝えたが、社会貢献のスタンスは揺るがない。
主軸のeAxleに関しては、2021年から22年にかけて第1世代と呼ぶべき製品を量産化した。2025年をめどに第2世代、2027年を目処に第3世代に進化させる。バッテリーEV(BEV)の市場規模はまだ、それほど大きくはない。中国では低価格BEVが出ているが、成長途上のフェーズでは高級車が中心だ。
第2世代eAxleはその次のフェーズを狙い、出力/トルクの違いでスモール、ミディアム、ラージプレミアム、より俗っぽく表現すれば大中小の製品をそろえる。もちろん、技術進化によって効率を高めるし、求めやすくするために原価低減は図る。他社を圧倒する高効率化を果たし、航続距離の向上に結びつける。これと同程度に重要視しているのが、ラインアップを拡大して選択肢を増やすことだ。
第3世代eAxleは第2世代に対して出力が同等だと仮定すると、体積をなんと2分の1にする。社内では『2分の1アクスル』と呼んで開発に取り組んでいるという。すでに試作品はできており、クルマが走るレベルには達していて、「開発は計画どおり進んでいる」状況だという。「第3世代の要素技術は目処が立ちつつあります。ただ、同じパワーで小さくするとどうしても音や振動の問題が出てきます。今の社会期待であれば製品化できるレベルですが、2025年以降に出すとなると、今より静かであることが求められるでしょう。そこまで想定するともう少し時間が必要になります」
2分の1の体積を実現するブレイクスルー技術のひとつは、ギヤトレーン(減速機)だ。
「こなれた技術だと思うかもしれませんが、まだ鉄本来のポテンシャルを使い切れていない状態です。例えば、焼き入れなどで組成に手を入れることで、まだまだ硬く、粘り強くすることができる。そうすると、ギュッとギヤを小さくすることができます」
もうひとつのブレイクスルー技術は、モーターの高回転化だ。どうやら、これまでの倍程度の回転数で回すよう。一般論でいえば、高回転化すると減速比を大きくする必要があり、そうなるとギヤの径は大きくなる。だが、アイシンにはギヤを小さくする技術があるので、径を大きくせずにしっかりギヤ比が取れるギヤトレーンを構築することができるという。
「弊社が持っている加工技術や材料技術、切削技術を使い、本気で詰めました」
ギヤとモーター、いずれの要素技術も自社で持っているがゆえに、合わせて考えることで2分の1が夢ではなく現実になるということだ。
「モーターは高回転で回すほど、損失は増える方向に向かいます。詳細には触れませんが、次の世代にはある技術で損失を増やさずに実現する要素技術を入れています。さらに、接合やコイルの加工など、生産技術の革新とのセットで高回転化を実現しています」
高回転化すると遠心力で潤滑や冷却のためのオイルが外に飛ばされ、留まってほしい歯面や軸受から離れてしまう。オイルが飛びすぎず、留めておきたいところに留めておく技術が必要。かつ、引きずり抵抗を増やさない(むしろ減らす)技術もセットで要る。長年ATの開発で蓄積した知見に、新たな技術をプラスして、小型軽量化だけでなく高効率化を図っている。
「第3世代のeAxleは大幅に小さくできるので、クルマづくりを簡素にしたり、車室内空間を広くしたりするのに貢献できると思っています。2020年代はBEVの世界をしっかり作っていくフェーズ。それより先は自動運転と絡んでくるので、大パワーが欲しいかというと、自動なので必ずしもそれは要らないかもしれない。『高いクルマ=大パワー』は現在の価値感。将来は高いクルマ=大パワーを志向する人がいる一方で、そうではない人も増えてくるでしょう。そういうニーズが現れた際、小さくしておく技術には普遍の価値があると思っています。従来と同じスペースで大パワーにもできるし、車室内空間を拡げるのにも使える。2030年以降、小さくする技術を何に使うか、新しい価値をどう提供するかはしっかり考えなければなりません」
かつては「大は小を兼ねる」だったが、将来は「小は大を兼ねる」時代になる。
冒頭で、2035年のイメージは描けていない旨を記したが、その理由は「社会期待の変化が大きいから」だと須山氏は言う。
「10年前を振り返ってみてください。まさかここまでカーボンニュートラルが軸になろうとは思っていなかったでしょう。(1997年の)京都議定書があったにしても、燃費、排ガス、エネルギー資源リスクに温室効果ガスの削減などについて、『みんなで下げるんだ』という社会期待になるとは思っていなかったはず。そう考えると、とても2035年はこうなっている。だから、こうしようとは言い切れません」
ただし、SDGsネイティブの子供たちが大人になり、消費者層のピークになっていることは予測ができる。今の大人は大人になってからSDGsの概念に触れ、受け身で動いているようなところがある。だが、義務教育でSDGsが刷り込まれた子供たちが大人になり、消費をリードするようになると、モビリティに対する期待は今の大人と違っている可能性はある。
どう変化するかは読み切れていないが、電動化が進むのは間違いない。会社としては上振れ・下振れ双方を見ながら事業検討をしていくが、開発サイドとしては最もBEVが普及するシナリオを前提に開発に取り組んでいる。
「同じ要素技術を活用するにしても、SDGsの旗印のもとに何を提供するかが重要になっていくでしょう。持っている技術をどうアプリケーションとして生かすか。それが問われていくことになると思います」
社会期待がどう変化するにしても、「省電費は永遠の価値」であることに変わりはなく、損失低減を主体とした高効率化に取り組んでいく。