次世代eアクスルはクルマをどのように変えていくか——アイシンの次世代モビリティへの取り組み

2030年に向けたアイシンのeAxleラインアップ; 電動ユニットのロードマップを示す。モーター、ギヤボックス、インバーターを一体化したBEV向けの第2世代eAxleは、2025年の量産化に向け、小型化、高出力化、高効率化を図りながら、出力違いの大中小3タイプを開発中。2027年の市場投入を目標に開発中の第3世代も大中小をそろえるが、革新的な技術によって体積2分の1を実現するのが特徴。発展途上の技術領域のため各世代のライフは短く、2035年には第4世代が登場していると予想できる。
電動パワートレーンの普及にはモーターやバッテリーだけではなく、駆動力を伝えるギヤセットの体格やNV性能、回生ブレーキ効率、そしてコストと、まさに全方位のブラッシュアップが必要だ。アイシンは蓄積してきた知見をいかに活用していくのか。
TEXT:世良耕太(Kota SERA) PHOTO:水川尚由(Masayoshi MIZUKAWA) FIGURE:AISIN

アイシンが持っている電動化関連の製品は、モーター、ギヤボックス(減速機)、インバーターのキーコンポーネントを一体化した電動駆動モジュールのeAxle(イーアクスル)、回生協調ブレーキ、冷却モジュール、電池骨格部品、空力デバイスに大別できる。これらの製品に関し、2035年に向けてどのようなロードマップを描いているのか。「正直に言うと、そこまでイメージできていません」と、第1EV先行開発部の須山大樹氏は話す。その理由は後述するとして(もちろん、無策なわけではない)、ロードマップを描き切れている2030年までの取り組みについて見ていくことにしよう。

アイシンの次世代モビリティへの取り組みは、SDGs(持続可能な開発目標)の達成が根っこにある。なかでも重要なのは、カーボンニュートラル(CN)の実現だ。CNを実現するには効率を上げたり、損失を減らしたりといった開発に取り組んでいくことになるが、単に数字を追いかけているわけではない。SDGs/CNに取り組むスタンスについて、須山氏はアイシンの企業姿勢を次のように代弁する。

「社会貢献を考えています。SDGsだとひと言で済ませるのではなく、弊社が持つ技術で何をすることがモビリティで社会に貢献できるのか。それを本気で考えています。乗り心地なのか、運転の楽しさなのか。乗り降りのしやすさなのか、室内空間の拡大なのか。先進国では高齢化がますます進む。ハンディキャップを抱えた方々もいる。そうした人たちに移動を楽しんでもらうためにはどうすればいいんだろうと。CNはマストです。それをやりきったうえで、どうすれば社会に貢献できるかを考えています」

須山 大樹氏(株式会社アイシン EV推進センター 第1EV先行開発部 部長)

2035年はイメージできていないと伝えたが、社会貢献のスタンスは揺るがない。

主軸のeAxleに関しては、2021年から22年にかけて第1世代と呼ぶべき製品を量産化した。2025年をめどに第2世代、2027年を目処に第3世代に進化させる。バッテリーEV(BEV)の市場規模はまだ、それほど大きくはない。中国では低価格BEVが出ているが、成長途上のフェーズでは高級車が中心だ。

第2世代eAxleはその次のフェーズを狙い、出力/トルクの違いでスモール、ミディアム、ラージプレミアム、より俗っぽく表現すれば大中小の製品をそろえる。もちろん、技術進化によって効率を高めるし、求めやすくするために原価低減は図る。他社を圧倒する高効率化を果たし、航続距離の向上に結びつける。これと同程度に重要視しているのが、ラインアップを拡大して選択肢を増やすことだ。

電動ユニット生産数は急速に増加
第2世代eAxleの量産化を目指す2025年は、HEV/PHEV向けユニットを含めて年間450万基の生産を目論む。eAxleはフルラインアップ化で対応。BEVが増えていくのは間違いないが、地域によってはCO2削減効果の面からもHEV/PHEVに相応のニーズがあると予測。「そのとき一番いいもの」を選んでもらえるよう全方位で開発していく。
フルラインアップを見据えて開発中の第2世代eAxle
第2世代ミディアムはほぼすべての領域に手を入れ、同業他社比で30%の損失低減を目指す。また、グリルシャッターなどの空力デバイスを組み合わせることで、トータルで約15%の電費向上を実現する。ラージは登坂/牽引性能が求められる。地域によってはヘビーデューティーな使い方をするユーザーもいるので、将来的には悪路走破性を担保するための変速(ローギヤ)が必要になるかもしれない。
第1世代ミディアムのeAxle、トヨタbZ4Xなどがフロントに搭載

第3世代eAxleは第2世代に対して出力が同等だと仮定すると、体積をなんと2分の1にする。社内では『2分の1アクスル』と呼んで開発に取り組んでいるという。すでに試作品はできており、クルマが走るレベルには達していて、「開発は計画どおり進んでいる」状況だという。「第3世代の要素技術は目処が立ちつつあります。ただ、同じパワーで小さくするとどうしても音や振動の問題が出てきます。今の社会期待であれば製品化できるレベルですが、2025年以降に出すとなると、今より静かであることが求められるでしょう。そこまで想定するともう少し時間が必要になります」

2分の1の体積を実現するブレイクスルー技術のひとつは、ギヤトレーン(減速機)だ。

「こなれた技術だと思うかもしれませんが、まだ鉄本来のポテンシャルを使い切れていない状態です。例えば、焼き入れなどで組成に手を入れることで、まだまだ硬く、粘り強くすることができる。そうすると、ギュッとギヤを小さくすることができます」

もうひとつのブレイクスルー技術は、モーターの高回転化だ。どうやら、これまでの倍程度の回転数で回すよう。一般論でいえば、高回転化すると減速比を大きくする必要があり、そうなるとギヤの径は大きくなる。だが、アイシンにはギヤを小さくする技術があるので、径を大きくせずにしっかりギヤ比が取れるギヤトレーンを構築することができるという。

「弊社が持っている加工技術や材料技術、切削技術を使い、本気で詰めました」

EV本格導入期と予想する2027年に投入予定の第3世代
2027年の実用化に向けて開発中の第3世代eAxleは、ギヤトレーンとモーターに革新的な技術を適用することにより、体積2分の1を実現。すでに走行可能な試作機はできている状況。既存の自動車メーカーを中心に、BEVの開発は内燃機関をeAxleに置き換える発想で進められてきたが、極めてコンパクトな1/2アクスルが実用化すれば、クルマに新しい価値を持たせることも可能になる(どんな価値を持たせるかが重要であり、課題だ)。

ギヤとモーター、いずれの要素技術も自社で持っているがゆえに、合わせて考えることで2分の1が夢ではなく現実になるということだ。

「モーターは高回転で回すほど、損失は増える方向に向かいます。詳細には触れませんが、次の世代にはある技術で損失を増やさずに実現する要素技術を入れています。さらに、接合やコイルの加工など、生産技術の革新とのセットで高回転化を実現しています」

高回転化すると遠心力で潤滑や冷却のためのオイルが外に飛ばされ、留まってほしい歯面や軸受から離れてしまう。オイルが飛びすぎず、留めておきたいところに留めておく技術が必要。かつ、引きずり抵抗を増やさない(むしろ減らす)技術もセットで要る。長年ATの開発で蓄積した知見に、新たな技術をプラスして、小型軽量化だけでなく高効率化を図っている。

変速機の開発/量産で蓄積した知見を活用
ATの開発を通じて培ってきた知見が、第3世代eAxleのキー技術であるギヤトレーンの小型化に寄与している。写真はレクサスLSやLCなどが搭載するアイシン製の10速縦置きAT。ギヤの設計や製造のノウハウだけでなく、軸受や潤滑に関する知見もeAxleの開発に生かされる。加えてモーターの開発・生産に関する技術が手の内にあるのが強み。
ユニット進化が早いEVの量産に対応するファクトリー
eAxleは第1世代ですでに多機種混合のフレキシブルな生産ラインを構築済み。これにより、第2世代の生産を始める際は、設備投資、CO2排出量、準備期間を大幅に短縮することができる。世代間のインターバルは短いことが予想されるため、eAxle向けに構築したフレキシブルなラインを上手に共有しながら、要素技術だけ変えて対応する考え。
回生協調ブレーキも着実に機能を向上
アイシンのBEV関連製品はeAxleのほか、回生協調ブレーキ、冷却モジュール、アルミを使った電池骨格部品、グリルシャッターなどの空力部品がある。回生協調ブレーキは電費貢献効果が大きく、攻めどころのひとつ。トヨタbZ4Xなどに適用済みの第7世代は前後輪で独立して制御できるのが特徴。前輪の回生量が増やせるため、4輪同圧制御に対してWLTCモードで2%の電費向上が期待できる。ピッチの制御など、ばね上の制御にも活用可能。

「第3世代のeAxleは大幅に小さくできるので、クルマづくりを簡素にしたり、車室内空間を広くしたりするのに貢献できると思っています。2020年代はBEVの世界をしっかり作っていくフェーズ。それより先は自動運転と絡んでくるので、大パワーが欲しいかというと、自動なので必ずしもそれは要らないかもしれない。『高いクルマ=大パワー』は現在の価値感。将来は高いクルマ=大パワーを志向する人がいる一方で、そうではない人も増えてくるでしょう。そういうニーズが現れた際、小さくしておく技術には普遍の価値があると思っています。従来と同じスペースで大パワーにもできるし、車室内空間を拡げるのにも使える。2030年以降、小さくする技術を何に使うか、新しい価値をどう提供するかはしっかり考えなければなりません」

かつては「大は小を兼ねる」だったが、将来は「小は大を兼ねる」時代になる。

冒頭で、2035年のイメージは描けていない旨を記したが、その理由は「社会期待の変化が大きいから」だと須山氏は言う。

「10年前を振り返ってみてください。まさかここまでカーボンニュートラルが軸になろうとは思っていなかったでしょう。(1997年の)京都議定書があったにしても、燃費、排ガス、エネルギー資源リスクに温室効果ガスの削減などについて、『みんなで下げるんだ』という社会期待になるとは思っていなかったはず。そう考えると、とても2035年はこうなっている。だから、こうしようとは言い切れません」

ただし、SDGsネイティブの子供たちが大人になり、消費者層のピークになっていることは予測ができる。今の大人は大人になってからSDGsの概念に触れ、受け身で動いているようなところがある。だが、義務教育でSDGsが刷り込まれた子供たちが大人になり、消費をリードするようになると、モビリティに対する期待は今の大人と違っている可能性はある。

どう変化するかは読み切れていないが、電動化が進むのは間違いない。会社としては上振れ・下振れ双方を見ながら事業検討をしていくが、開発サイドとしては最もBEVが普及するシナリオを前提に開発に取り組んでいる。

「同じ要素技術を活用するにしても、SDGsの旗印のもとに何を提供するかが重要になっていくでしょう。持っている技術をどうアプリケーションとして生かすか。それが問われていくことになると思います」

社会期待がどう変化するにしても、「省電費は永遠の価値」であることに変わりはなく、損失低減を主体とした高効率化に取り組んでいく。

車両全体でさらなる電費向上を目指す
アイシンはパワートレーンだけでなく、ボディとシャシーの会社でもあることを上の図は示している。冷却モジュールはeAxleが発する熱を上手に回収し、熱の輸送効率を高めて電費向上に貢献。もともと強みがあったポンプとバルブを一体化し、小型化して車室内空間の拡大に貢献する。アルミの押し出し技術による、衝撃吸収機能を備えたロッカー材(電池を側突から守る)も手がける。

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