HUDは、運転に関連する情報をフロントガラス上に表示することで、運転中に進行方向から目線が逸れることを防ぎ、ドライバーの安全性向上に貢献する運転支援技術である。現在は、フロントガラスの運転者正面の一部分に、速度や交差点案内などの情報表示が行われていますが、近年、マップナビゲーションや警告表示などのタイムリーな運転支援情報を、より広い範囲に鮮明に表示するための新たな投影技術の検討が進んでいる。たとえば、パノラマHUDと呼ばれるフロントガラス下側全面に情報表示する技術では、運転席周辺のダッシュボードをコンパクトにできるため、広く快適なコックピット空間を創出できる。さらに将来的には、フロントガラスの大面積にわたり、近方・遠方の情報を同時に表示する技術も検討されている。
現在のHUD技術は、ガラス面で反射しやすいS偏光※3の映像をフロントガラスに投影することで情報表示するが、一般的なフロントガラスの場合、ガラスの表面と裏面それぞれで反射されるため、映像が二重に見えてしまう。そのため、二重の映像にならない特殊なガラスが採用され、鮮明な表示を部分的に実現している。また、S偏光を吸収する機能をもつ偏光サングラスが欧米等では広く使われますが、着用時に映像が見えなくなる課題も残ってしまう。

上:従来HUD技術、左下:パノラマHUD技術、右下:AR-HUD技術
東レは、独自のナノ積層技術と光学設計技術により、正面から見た際にはガラス並の透明性を備え、斜めからの光に対して選択的に反射率を制御できる、PICASUS VTのHUDへの用途展開を進めてきた。PICASUS VTは、ガラス面で反射しないP偏光※4の映像を発する光源と組み合わせることで、上記課題を解決でき、HUD用投影部材として以下の特徴を発現している。
- フィルム面でのみ映像を反射することで、大面積にわたり高鮮明な情報表示が可能
- 偏光サングラス着用時でも高い視認性を確保
- 手前から遠方までの奥行き感のあるAR(拡張現実)※5表示にも対応
東レは、本フィルムに関する材料設計や製造設備・プロセス技術を深化させた結果、ほぼすべての自動車フロントガラスに適用可能な1600mm幅のフィルムロールを供給できる体制を構築した。現在、顧客評価も本格的に開始されている。
二重像レスの高鮮明かつ偏光サングラスにも対応した情報表示が実現できれば、運転支援情報を少ない視点移動でドライバーへ伝達できるとともに、日差しの強い環境下でも視認性を確保できるため、運転時の安全性向上が期待される。また、パノラマHUDにおける表示性の課題を解決することで、開放感のあるデザイン性に優れた車内空間の実現に貢献する。さらに、フロントガラス大面積表示やAR-HUD表示※6の実現が目指される。
■模擬テスト結果 ※マネキン:10m以上先に設置
【注釈】
- PICASUS(読み:ピカサス):
ナノメートルスケールの厚み制御が可能な東レ独自のナノ積層技術を駆使したポリエステルフィルムの総称。
製品サイト:https://www.films.toray/products/picasus/ - HUD (ヘッドアップディスプレイ)
ドライバーが視線を下げずに運転に必要な情報を確認できるようにするために、視界内に映像を直接表示するディスプレイ技術。 - S偏光:
波の振動方向が、光を照射する面に対して垂直である偏光。平滑な表面での反射に寄与しており、水面の煌めきやガラス面での光の反射はS偏光に因るものである。偏光サングラスは主にこのS偏光をカットするように設計されている。 - P偏光:
波の振動方向が、S偏光に対して垂直で、光を照射する面に対して平行な偏光。平滑な表面に特定の角度で照射すると、反射しなくなる特性を示す。 - AR(拡張現実):
現実の世界に仮想のデジタル情報を重ねて表示する技術 - AR-HUD (拡張現実型-ヘッドアップディスプレイ):
AR技術を利用して、視界内に奥行きのある映像を表示するディスプレイ技術。車窓の風景に重ねて情報表示ができるため、より直感的な情報伝達が可能となる。